音声”で広がるバーチャル・エクスペリエンスeビジネスが生み出すエクスペリエンス(5)(2/2 ページ)

» 2001年12月04日 12時00分 公開
[鈴木貴博(ネットイヤーグループ株式会社),@IT]
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ブロードバンドにより出現する新しいエクスペリエンス

 さて、読者の中で何割ぐらいの方がADSLへの加入を視野に入れているだろうか。今年はADSL元年といってもいいぐらい、一般ユーザーのADSLへの本格移行が始まった年といえよう。実際、申し込み数が各社ともさばき切れないような状態で、もう何カ月も予約待ちの状態になっている方も多いのではないだろうか。

 ブロードバンドインターネット接続に加入する前には、ブロードバンドになることでインターネットのスピードが上がり、快適な環境になるというのがユーザーが最も期待する価値なのだが、加入後にはそれとは別のメリットを発見することになる。

 ADSLに加入することで最も生活が変わる部分は常時接続にある。電話代を気にしないでインターネットと接することができるようになるため、パソコンも常に起動した状況になるし、インターネットとの接続はじっくりできるようになる。

 私自身の体験として、常時接続になった2カ月後には新聞の定期購読をやめてしまった。これまで新聞を読んでいた時間が、インターネットのポータルサイトでじっくりニュースを読む時間に代わり、テレビ欄はON-TVのサイト上でチェックするようになった。最初はテレビ欄だけは新聞の方が一覧性がいいと信じていたのだが、ON-TVの横型6時間番組表は新聞と同等の使い勝手があるし、ジャンル別検索機能やタレント別番組検索などの機能を使いこなしていくと、新聞よりもよほど使い勝手がいい。

 実際、常時接続になるとダイヤルアップのときとは違って、じっくりWebサイトの機能を確認していくようにユーザー行動が変化する。何時間つないでも同じ値段だと思うと、あのタクシーの料金メーターがどんどん上がっていくような不安感がきれいさっぱりなくなってしまい、Webサイトとじっくり付き合えるようになってくるのだ。そうすると、それまで目立たなかったWebサイトの便利な機能が次々と目に入ってくるようになる。かくして、常時接続後2カ月でわが家からは新聞が消えることになったのである。

ロールプレイ・コミュニケーションというエクスペリエンス

 このように常時接続になることにより、まずはユーザーのインターネットに対する取り組み方や時間の使い方に大きな変化が起きるのだが、このことを念頭におくと、次に述べるブロードバンドのキラーコンテンツにかかわるエクスペリエンスがより理解しやすい。

 そのブロードバンドの本命コンテンツとはビデオクリップのストリーミングでも音楽のダウンロードでもない。実はオンラインゲームだ。なぜ、オンラインゲームが注目されているかというと、ブロードバンドにオンラインゲームが乗ることで、「仲間と会話をしながらゲームを楽しむ」という新しいエクスペリエンスが出現する。このエクスペリエンスがインターネットユーザーの心をつかみ始めているということで、ブロードバンド関係者は一斉にオンラインゲームに注目し始めているのである。

 ユーザー同士の会話が楽しめるブロードバンド版オンラインゲームのトップランナーは「ウルティマオンライン」だろう。ウルティマはウィザードリィと並ぶロールプレイングゲームの老舗だ。ファミコンでドラゴンクエストがブームになるよりもずっと以前から、パソコン上でテキストベースで楽しまれてきた“古典”ともいえるゲームである。米国を中心にコアユーザーを抱えながらバージョンアップし続け、現在ではインターネット上に巨大なグラフィックベースの仮想王国を築くに至っている。

 さて、今年の5月時点でウルティマオンラインの全世界ユーザー25万人のうち、実に8万人が日本人という状況になっており、全世界で二十数カ所あるサーバのうち6台が日本に設置され、Yamato、Mizuhoなど日本人が直接日本語で楽しめる入り口が多数用意されている。圧倒的なユーザーの支持を得てサイトは日夜非常ににぎわっている。このウルティマオンラインをホストしているのが日本テレコムであるために、このウルティマを一番快適な環境で楽しみたいという理由だけでJ-DSL(日本テレコムのADSLサービス)に加入するユーザーがたくさんいるということだ。そうであればこれはもう、1つのキラーコンテンツといえるまでの地位を確保しているといえよう。

 ウルティマオンラインの世界では、ドラゴンクエストやファイナルファンタジーのようにシナリオに沿ってモンスターと戦うという本来の楽しみとはまた異なった楽しみが存在している。それがゲームの登場人物として互いにチャットすることだ。ウルティマオンラインにログインすると、自分がその世界に作った自分の家が存在し、外に出ると、ほかのプレイヤーと交流できる町が存在している。町には酒場や市場もあり、戦いに必要な武器や衣類もそこでは入手できる。この店を開いている人がまたゲームのプレイヤーだったりする。つまり、ゲームをするのではなく、その世界に住み着いて木を切り出して武器を作って武器屋を開いて生活を楽しんでいるユーザーも存在する。これらのユーザーにとって楽しいのはユーザー同士で気楽に交わす会話である。会話自体はたわいもないオンライン上のやりとりかもしれないが、深夜、見も知らぬオンライン仲間と交わすちょっとしたやりとりが現代社会におけるいやしを提供している。

 セガが提供している「ファンタシースターオンライン」なると、さらにオンラインの参加者同士で固いきずなが生まれてくる。4名の参加者同士(これも見知らぬ他人である場合も多い)でチームを組んで、モンスターと戦う前にチャットで作戦を確認し合う。ゲームに入る段階で「初めまして、ジャックです。よろしく」などと会話しあうのが、まだたどたどしいプロトタイプ的なやりとりでほほえましい。おそらくこの分野は1〜2年で大きく進化を遂げて、チャットとオンラインゲームがシームレスに融合するような歴史的ゲームが登場するに違いない。

 その際に、おそらく実装されているのがボイス機能だろう。Windows XPが搭載するWindows Messengerはインターネットを介したオーディオ、ビデオ、データのリアルタイム通信機能、すなわちインターネット電話を利用できるので、次世代のオンラインキラーゲームには音声でチャットする機能がゲームの中心機能として使われるようになるだろう。お互いがPCの画面を眺めながらマウスでプレイヤーを操作し、イヤホンマイクを通じて「よーし、右に回れ」「オッケー、左下のやつを頼む」「よしやった、ちょっときつかったな」「上出来上出来、ちょっと休憩してスタバでだべろう」といったオンラインでのコミュニティ感覚を実感できる世界が出現するのは間違いない。

 私個人としては、オンラインのビデオストリーミングが普及する際にもこのボイス機能が重要な役割を果たすとにらんでいる。フジテレビのドラマ「北の国から」の中で、成長した主人公の純くんが遠距離恋愛の彼女と同じ時間に同じレンタルビデオを借りて見て、その後に電話で感想を話し合うというエピソードが登場したが、これは意外にアリの世界ではないかと考えている。

 つまり、ブロードバンドが普及した世界では、単にコンテンツをストリーミングして楽しむだけではなく、おのおのの自宅で仲間と同じコンテンツをダウンロードして、同時にボイスで会話をしながら同じ時間を共有するような楽しみ方が実現する。そうすれば、いまはまだ浜崎あゆみのコンサートはエイベックスのネットワークに申し込んで1人で参加するといった使われ方にとどまっているが、仲の良い友達何人かと自宅で同時にコンサートを体験して「最高」「ほんと、気分いいね」とコカ・コーラを飲みながらバーチャルコンサート体験を堪能できるように生活が変わってくるのではないだろうか。

 このように、ブロードバンド、モバイルという次世代のインターネットの世界において、「音声」というキーワードが加わることにより、これまでになかったさまざまな新しいエクスペリエンスが出現することが予想される。

 さて、次回は次世代のもう1つのキーワードであるWebサービスの世界を一緒に見てみようと思う。端末同士がつながって会話をしてくれる環境が整うと、これまでなかったどのような新しいエクスペリエンスが出現するのか、非常に楽しみである。


次回は、2001年1月下旬の予定です。


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著者紹介

鈴木貴博(すずき たかひろ)

ネットイヤーグループ株式会社取締役SIPS(ストラテジック・インターネット・プロフェッショナル・サービス)事業部長。SIPS事業部全体のマネージメントを担当している。組織改編以前は取締役チーフストラテジックオフィサー(CSO)としてビジネス戦略に携わる。

ネットイヤーグループ株式会社入社以前は、コンサルタントとしてボストンコンサルティンググループに勤務。ビジネス戦略コンサルティングを専門とし、13年間にわたり超大手ハイテク企業等、経営トップをクライアントとしてきた。エレクトリックコマース戦略、メディア戦略、モバイル戦略など未来戦略に 関わるプロジェクトの責任者を歴任。

ハイテク以外の業種に対してもCRM(顧客リレーションシップマネジメント)、金融ビッグバン対応、規制緩和戦略、日本市場参入戦略などさまざまなプロジェクトを経験。ネットイヤーグループ入社直前には、米国サン・マイクロシステムズ社のためM&Aの戦略立案を行った。

ネットイヤーグループ株式会社

日本で初めてのSIPS(戦略的インターネットプロフェッショナルサービス)会社。SIPSは「戦略」「テクノロジー」「ユーザーエクスペリエンス

デザイン」の専門チームにより成功するeビジネスを支援し、大規模なeビジネスのパートナーとしてビジネスモデル構築、ソリューション開発、ユーザーインターフェースデザインなどをエンド・トゥ・エンドで提供する。2001年2月にはeCRM事業部を立ち上げ、SIPS事業における戦略分野として、eCRM事業を推進している。

メールアドレス:jack@netyear.net

ホームページ:http://www.netyear.net/


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