ビジネスの“モジュール化”メタファで語るSOA特集 ビジネスから見るSOA(1)

昨年来、SOA(サービス指向アーキテクチャ)という新たな言葉がIT業界・メディアから発信されるようになってきた。ここでは“モジュール化”という概念を補助線に、ビジネスと企業システムの関係からSOAを考えてみよう。

» 2004年06月12日 12時00分 公開
[岡崎勝己,@IT]

ビジネス・キーワード、「モジュール化」とは──

 経済学や経営学の世界で、モジュール化(modularity:モジュラー化、モジュール性とも)という概念が一種のブームとなっている。

 その火付け役となったボールドウィン&クラークの論文※1では、モジュール化を「一つの複雑なシステムまたはプロセスを一定のルールに基づいて独立に設計されうる半自立的なシステムに分解すること」と定義している。

 全体をサブシステムに分けるという話は、コンピュータやソフトウェアに詳しい人にとってはごく当たり前のことだが、ここでいうシステムとは工業製品やソフトウェアだけではなく、生産などの業務プロセス、組織、あるいは産業なども視野に入っている。

『デザイン・ルール――モジュール化パワー―』 東洋経済新報社、2004年より

「ある複雑なシステムは、より小さな部分に分割し、それぞれを別々に見ることで管理できる。ある要素の複雑さが一定の限界を超えるときには、単純なインターフェースを持つ別個の抽出を定義することで、その複雑さを隔離できる。抽出によって、その要素の複雑性が隠される。すなわち、インターフェースは、より大きなシステムにおいて要素がどのように作用するかを示す」



 ボールドウィン&クラークの著書『デザイン・ルール』※2では、もともと垂直統合型企業による寡占業界だったコンピュータ産業が、“モジュール化”されたメインフレーム「システム/360」の登場によって、製品モジュール(部品)の互換メーカーが台頭、その結果、産業全体が部品製造企業の集合体“モジュール・クラスター”化したと論じられている。つまり、製品がモジュール化されたことによって、産業全体がモジュール化したというわけだ。

 これをもう少し具体的に、デスクトップPCで説明しよう。デスクトップPCは高度にモジュール化された工業製品で、例えばHDDを入れ替えようとすれば簡単に行うことができる。PC本体とHDDを接続する部分(インターフェイス)が標準化されているからだ。これは同時に、PCを製造するプロセスにおいて、PCメーカー(上位システム)はHDD部品の納入業者(下位システム=モジュール)を簡単に入れ替え可能であることを意味する。

 同時にモジュールはシステム全体に比べれば構造が単純なので作りやすく、製造者は市場参入しやすい。また全体システムのアーキテクチャが一定である限り、モジュール内部は独立して設計できるので、さまざまな試行錯誤を行うことができる。すなわち、業界内での競争が強く促進されるのだ。これが、IT業界の劇的なイノベーションを生み出してきたという。

ビジネスプロセスを“アーキテクチャ”として考える

 モジュール化論は、コンピュータ業界研究から始まっているのでコンピュータ用語に満ちている。モジュール化論では、アーキテクチャ、インターフェイス、標準という“明示的なデザインルール”に則っていれば、モジュール内部の仕組みや構造はモジュール製造者が自由にデザインし、柔軟な試みが可能であるとする。

 これをビジネスプロセスに当てはめてると、どうなるだろう。例えば、製品を製造・販売するというビジネスでは、「設計」「部材調達」「製造」「マーケティング」「セールス」「配送」「サポート」などの流れが想定できる。この一連の流れ、構造が“アーキテクチャ”だ。

 「配送」は、「仕入」や「セールス」から独立した配送部門が行う。配送部門にはその内部に「トラックの手配」「配送担当者への指示」「商品ピックアップ」「配送センターでの仕分け」「配送先への配達」「商品の受け渡し」などのサブ・プロセスがある。これは、上位プロセスには無関係だ。セールス部門はどのトラックが商品を取り来るかは知らなくてよい。つまり、“隠ぺい”されているといえる。

ALT 図1 ビジネスプロセスは、多層的な入れ子構造になっている

 また、配送部門は独立しているので、外部の配送業者に入れ替え可能だ。このとき、前プロセスのセールス部門は、社内配送部門であれ、外部配送業者であれ、「いつ」「どこに」「何を」届けるのかという情報を伝達すればよい。つまり、“インターフェイス”が統一され、業務が“標準”化されていれば、入れ替え可能なのだ。

 こうした“プロセス”や“分業”はごく当たり前の話だ。しかし、こうした思考をコンピュータ・システムに当てはめていこうとすると、いろいろな無理があった。それはビジネスの世界で語られる分業の単位と、コンピュータ(ソフトウェア)が扱う情報化や部品化の単位があまりに違うからだった。

SOAは“インターフェイス指向”

 企業組織やビジネスプロセスは1つのシステムである。また、企業のコンピュータ・システムももちろん、システムである。

 同じく“システム”でありながら、1つの企業の中で両システムはきれいな対応関係を示していなかった。対応していたとしても、それは抽象レベル──システム設計者の頭の中や設計書の上で、込み入った形で関係が示されているだけだった。

 この両方の構成単位をそろえよう──それがSOA(サービス指向アーキテクチャ)の根本思想だと考えると理解しやすい。SOAでいう“サービス”は、ビジネスプロセスでいう業務の単位である。コンピュータ・システムを構成する単位にも“サービス”という概念を取り入れるというわけだ。

 SOAという言葉は、米調査会社ガートナーが1996年に公表したレポートで使ったのが最初ともいわれるが、そのころからソフトウェアとしての“サービス”はインターフェイスとして論じられている。もちろん、コンポーネントの1つ1つを“サービス”の粒度で作り直してもよいのだが、システムの総入れ替えはあまり現実的でない。

 ここへきてミドルウェアベンダ、EAI/BPMツールベンダ、アプリケーションサーバベンダが、既存システムをつなぎ直し、“サービス”を整理・再構成する製品を投入し始めた。実現性が高まってきたことにより、SOAという言葉が巷をにぎわすようになってきたといえる。

ALT 図2 ビジネスプロセスの写像としてインターフェイスを用意することにより、システムは隠ぺい化され、ビジネスレイヤーからは整理された形に見える

 システム側が“サービス”を用意すれば、ビジネス側からは(込み入った)システムは隠ぺい化され、“サービス”のみ見える形になる。また、たとえコンピュータ同士がやり取りする処理(プロセス)であっても、“サービス”が定義されていれば、その処理を実際のビジネスと同じ言葉で語ることができる。これがSOAのメリットだといえよう。

欠かせない“サービス”の定義

 SOAを実践するには、企業組織やビジネスプロセスのモジュール化(業務の標準化)と、コンピュータ・システムのインターフェイスの実装・再構成という、両面からの“サービスの定義”が欠かせない。

 CORBAおよびWebサービスのミドルウェアベンダとして知られ、1996年よりSOAを実践しているアイオナ・テクノロジーズのクリス・ホーンCEOは、SOAの進め方を次のように語る。

ALT アイオナ・テクノロジーズ CEO
クリス・ホーン氏

 「まず最初にしなければならないことは、ビジネスでどういうものが使われているのかを見極めることです。

 “サービス”は、ERPパッケージかもしれません。CRMシステムということもあるかもしれません。あるいはその会社が自社開発したもの、またはメインフレーム・アプリケーションかもしれません。場合によっては自動化されていないサービス……つまり、人の手を介するもので、ソフトウェアを使っていないものもあるでしょう。しかし、これもサービスには違いありません。

 それからサービスの重要度の見極めたり、分類をします。英語でチャンネルといいますが、サービスの提供方法でも分類できます。例えばWeb経由か、携帯電話を通じてか、店舗の窓口なのかなどです。

 次にサービスがいったい、何をするものなのかを明確にします。Webサービスなどのテクノロジを使ったサービスであれば、このときに使われるのがWSDLです。その定義付けさえできれば、インプリメンテーションをやり直すことなくサービス内容はそのまま、チャンネルだけを変更するといったことも容易に行えるようになります。

 場合によっては、これまでは人がやっていたようなサービスを自動化するといったこともできますし、自前のソフトウェアを使っていたサービスをサードパーティのパッケージにしたり、ネットワーク経由でサービス提供を受けたりといった形に変更できます。

 また、サービスの定義・分類を行った場合、企業内のいろいろなところで同じサービスを重複して使っていると気付くことがあります。これが共有できるものであれば、コスト削減につながります」


 今日の企業は経営環境の変化に合わせ、“システム”を迅速かつ柔軟に変更できる環境を整えることが求められている。そこで注目されているのが、“モジュール化”戦略だ。

 M&Aするにも、アウトソーシングするにも、自社の企業構造を把握し、コア・コンピタンスを見極めることが欠かせない。業務の標準化は、経営品質といった面からの要請もあり、特に欧米大企業では積極的に進められてきた。SOAは、そうした“モジュール化”戦略の一環として位置付けることが可能だろう。

 SOAは、ビジネスプロセスを考える人と、システム・アーキテクチャを考える人をつなぐ“界面”を提供する概念だ。極言すれば、SOAはビジネス側の視点からシステムを見つめ、システムを構築するための手法といえるのではないだろうか。

profile

岡崎 勝己(おかざき かつみ)

通信業界向け情報誌の編集記者、IT情報誌などの編集を経てフリーに。ユーザーサイドから見た情報システムの意義を念頭に取材活動に従事。他方、情報システムうんぬんは抜きに、面白ければ何でもやる一面も。


参考書籍
※1 『モジュール化時代の経営』 カーリス・Y・ボールドウィン、キム・B・クラーク著/ハーバード・ビジネス・レビュー/1997年、邦訳「モジュール化」東洋経済新報社/2002年収録
※2 『デザイン・ルール――モジュール化パワー―』 カーリス・Y・ボールドウィン、キム・B・クラーク著/東洋経済新報社、2004年

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