知られざる中国通信インフラの実態海外進出企業のためのITナビ(2)(2/2 ページ)

» 2004年11月26日 12時00分 公開
[佐々木俊尚,@IT]
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通信品質と速度の問題

 そのようにしてようやく回線が引かれたとしよう。しかし問題はまだ全然終わらない。品質に問題が出ることが多いのだ。中国のブロードバンドの多くは、ADSLが利用されている。そしてADSLはご存じのように、電話局からの回線長が長くなると、信号が減衰してスループットが急激に落ちてしまうという特性がある。

 国土の狭い日本では、山間地でもない限り、多くの事務所や住宅は最寄りの電話局から2km程度の距離に収まるケースが多い。回線長による減衰はさほど大きな問題にはならない。ところが中国では、その距離が5〜10kmに及ぶのはざらだという。「高速回線の敷設は不可」という回答を通信キャリアから受け取り、あわてて理由を問い合わせると、「電話局からの距離が遠すぎてロスが大きすぎる」と説明されることもあるようだ。

 また最大スループットも、24〜40Mbps程度の高速サービスが当たり前になってきている日本と比べ、中国では都市部でもせいぜい最大512kbps程度だ。128kbpsも少なくなく、ブロードバンドとはいいがたい。回線長が比較的長いため、回線が遮断されたり、つながらなくなってしまうことも多いようだ。こういう状況だから、日中間で最先端のネットワークサービスを活用する……というのは難しい。例えば日本で大流行しているインターネットVPNも、中国ではかなりの困難を伴うようだ。

 「インターネットVPNは、比較的費用が安価に済むため、問い合わせも相応に来ています。しかしインターネットVPNの場合は、ロスが生じるだけでなく、問題が起きてほとんどつながらなくなってしまうというケースが多いようです。日中間のネットワークがアメリカ経由で遠回りになってしまっていて、遅延が多すぎてVPNのセッションが張れないというケースも少なくありません。回線状況もまちまちで、同じ時刻に北京からは東京とセッションが張れたのに、天津からは張れないため、しかたなく天津から北京を経由して東京にセッションを張ったりといった工夫を強いられることもあります。リアルタイムで確実に動作させなければいけないような業務システムなら、インターネットVPNではなく、高くても安全なシステムを設置していただくようにお客様にはお願いしています」(今城氏)

サポート、ウイルス、ビル内配線にも配慮を

 おまけにいったん接続がとぎれてしまったら、通信会社がすぐに対応してくれないことも多いようだ。電話対応のオペレーターはもちろん存在するのだが、平日の営業時間のみ対応というケースも少なくないのだ。日本のように24時間いつでも即座、といった対応を求めるととんでもないことになる。土曜日にネットワークが使えなくなり、月曜日の朝まで待たされることだってあるのだ。

 KDDI中国では、こうした問題が生じないよう、日本企業に対してさまざまサポートを行っている。苦労は絶えないようだが、それでも以前に比べればかなり状況は改善されているという。10年前から中国の通信に関わっている今城氏は、「10年前には日本企業のオフィスにPBXを入れるのだけでも苦労しました。予定通り回線を引き込めなかったり、当日になっても発注した機器を持ってきてもらえなかったり、苦労の連続だったんです。そのころに比べれば、今はずいぶん状況はよくなったと思います」と苦笑するのである。

 KDDIの業務は、回線の敷設にからむサポートにはとどまらない。顧客から問い合わせを受け、回線の品質について調べるようなことも頻繁に発生している。また最近では、コンピュータウイルス対策も業務の大きな部分を占めるようになっている。

 「とにかく中国では、ウイルスが非常に多い。現地の人は企業も個人もウイルス対策をほとんど行っていないようです。このためお客様にはネットワーク側でウイルスチェックを行うソリューションを提案させていただいています」

北京市内は、ビルの建設ラッシュだという

 またオフィスという「箱」の問題もある。例えば開発区と異なり、都市部では回線などのインフラはかなり整ってきている。北京や上海などではここ数年、東京をしのぐ規模の超高層ビルがどんどん建設され、風景は一変しつつある。

 だが内実を見ると、かなり日本とはルールが異なっている。オフィス用途であってもビル内の配線料は、借りる側の企業が支払わなければならないのだという。しかもその料金は非常に高く、電話会社の回線料金と同じぐらいの金額を要求される。

 また自家発電の設備を持っているビルは少なく、いわゆるインテリジェント化されているオフィスビルはほとんどない。配線のための床上げが行われていないどころか、たいていのビルは借りる際は内装がコンクリートむき出しになっており、入居する側が自由に内装工事を行い、退出の際に内装を取っ払って現状復帰するという仕組みになっている。つまりオフィスのインテリジェント化は、すべて入居企業の負担で行わなければいけないということになる。

「没問題」を鵜呑みにしない

 その一方で、日本と同等か、それ以上に普及しているサービスなどもある。例えばIP電話は相当に普及しており、ビジネスユースでの利用度も非常に高い。安価なサービスも登場しているという。このように日本や欧米と通信事情がかなり異なってしまっているのは、中国政府が通信事業への外資系参入を認めていないことも背景にあるようだ。

 KDDI海外事業開発部 中国市場開発グループリーダーの真鍋了氏は「通信事業への外資系企業参入については、まだ見通しは立っていません。ただデータセンターやASPといった付加価値通信については、中国政府は徐々に開放するという方針を持っているようです」と話す。

 中国の通信事業は2002年5月、旧中国電信が南北に2分割され、北京や天津、大連などの北部10省を中心とする中国網通(CNC)と、上海や江蘇省、広東省など南部21省を中心とする中国電信(China Telecom)が誕生した。だが両社はお互いのテリトリーに相互参入を始めており、競争がかなり激化しつつある。また携帯電話に関しては、旧中国電信の移動通信部門が独立した中国移動通信(China Mobile)が市場の約70%、中国最初のNCCとして1994年に設立された中国連合通信(China Unicom)が約30%を握り、2大ガリバーになっている。いずれにせよ少数の企業が市場を独占しており、競争原理があまり働いていないのが現状のようだ。

 将来的には通信事業も対外開放され、さらにインフラ整備が進んで状況は改善されていく可能性も高いだろう。だが中国での通信事情は、「日本の『当たり前』が当たり前じゃない世界。『大丈夫ですよ』と明るく言われて鵜呑みにしてきてしまうと、あとからいろんな問題が出てきてしまう可能性がある」(今城氏)という。心して進出を段取りしたほうがよいだろう。

著者紹介

佐々木 俊尚(ささき としなお)

元毎日新聞社会部記者。殺人事件や社会問題、テロなどの取材経験を積んだ後、突然思い立ってITメディア業界に転身。コンピュータ雑誌編集者を経て2003年からフリージャーナリストとして活動中


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