続・いまのIT組織でいつまでやっていきますか?何かがおかしいIT化の進め方(16)(2/4 ページ)

» 2005年05月24日 12時00分 公開
[公江義隆,@IT]

CIOは必要か

 企業においては経営目的である事業に対して、ITは方法・手段であり、その効果は事業・業務部門(ユーザー部門)の業務を通じて発現される。IT部門はシステムの開発や運用を通じて道具としてのITのコストのコントロールはできるが、効果発現については権限の及ばない部分が残る。つまりITはIT組織では完結しない。

 資本主義の社会では、効果(利益)と投資・コストを一対のものとして扱うのが普通である(*)。目的は効果の担い手であり、手段はコストの発生源だ。


(*)
かつての社会主義国には、このような考え方はなかった。「“利益=売上?費用”という関係や、“利益”という概念を相手に理解してもらうのに大変苦労した」という話を、その昔ある社会主義国で合弁事業に携わっていた知人から聞いたことがある。売り上げとコストは、上から下まで縦割りで別問題として扱われていたのだろう。経済破たんしたこともトップだけにしか分からない、自律性の働かない構造だったようだ。


 一般的にいっても、目的と手段の担当が組織的に別になっているというのは問題が多い。

 目的と手段、効果とコストは一対のものとして1つの部門、1人の人の中で完結させるのが自然な形である。この完結先の“1人の人”が経営トップやCIOという形では、現実問題として無理があり過ぎはしないだろうか。

 営業の情報システムは、営業活動を効果的・効率的に行うための手段であって、“本来は”営業の問題である。

 世の本に書かれているCIOの責任と権限の多くは、“本来は”各事業・業務部門の責任者が果たすべきものだ。手段や道具は、目的や問題に従うのが筋である。ITの問題はその普及や理解の度合いの推移に合わせ、事業・業務部門の中で自己完結性を高めていく方向で考えていくべきだと思う。

 事業・業務部門にとって必要なITの理解は、経営レベルから担当者レベルでそれぞれの立場によって具体的な内容に違いはあっても、突き詰めれば「ITによって自社の事業や業務がどのように変えられるか」「ITで世の中がどのように変わるか」「この道具をうまく使うためには、やらなければならないことは何か」に尽きる――ITの技術知識などでは決してない。これらの理解は、自部門の業務のIT化の体験や、IT化された業務にかかわることによる体感を通じて会得されるものだ。

 将来、IT化の進んだ企業では、実質的なCIOは各事業・業務部門の責任者ということになると思う。

なお、社内にITの組織機能がある以上、これをうまく機能させるため、また多額の投資や万一の場合の影響の大きさを考えた場合、経営責任上からも統括する担当役員はいずれにせよ必要である。しかし、その責務内容は企業の経営形態や組織のIT習熟度によって大いに異なってくる。

 例えば、現時点では「いかに事業・業務部門をIT課題に参画させていくか」が、CIOやIT部門にとっての重要な課題になる。「自分がやらないと相手は動きださない、しかし自分が出過ぎると相手は引っ込む」といった世の中によくあるたぐいのバランス感覚を求められる問題だ。

 あるいは、第14回「ITの動向や他社の状況を、気にし過ぎていませんか?」で触れた、“顧客へのサービスの付加を情報システムで行おうとする企業”では、顧客の好みの変化と競合企業の動きとのはざまで、IT投資合戦の泥仕合を避けるため、投資内容や投資タイミングへの高度な判断が求められる。事業部門に十分なIT理解が育つまでは、CIOにとっての大変重要な役割・責任になる。

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