そんな指示じゃできません!中国企業の叫びオフショア開発時代の「開発コーディネータ」(9)(2/3 ページ)

» 2005年05月25日 12時00分 公開
[幸地司,アイコーチ有限会社]

日本と中国ではトイレ掃除後の「あるべき姿」が違う

 品質やサービスレベルを議論するうえで、「あるべき姿」の意識を統一することは、今後ますます重要になってきます。筆者が主宰する中国オフショア開発実践セミナーでは、より実践的な数値目標による品質計画手法を学びますが、その前提として品質やサービスレベルの「あるべき姿」が、両国の共通ビジョンとして周知されていることを見逃してはいけません。理想の姿が共有されていないところでは、どんなに厳格な定量指標を置いたとしても、品質向上にはほとんど役立たないでしょう。

 ひと昔前、口の悪い人は中国製品を手にして「安かろう、悪かろう」といいました。しかし、多くの日本人が感じる「悪かろう」という感覚は、実際のところ、品質に対する両国民の価値観の違いにすぎないことが少なくありません。このことを証明するために、日本人が中国人にトイレ掃除を頼む場面を例に取って説明します。

 日本人はよく「中国のトイレは汚い」といいます。最近では、北京や上海など大都市のトイレはずいぶんきれいになりましたが、それでも日本のトイレと比べると歴然とした差があります。

 日本と中国の品質に対する価値観の違いを示すために、頭の中で1つの実験をしてみましょう。

 上海のオフィスビルの中から、日本を訪れたことのない複数の中国人を無作為に抽出します。そして、日中文化の比較実験と称して、選ばれた人々にトイレをできるだけきれいに掃除してもらうようにお願いします。

ALT 海老の串刺し

 その結果、トイレはどうなるでしょうか。「日本並み」にきれいに掃除されると思いますか?

 「日本並みのキレイさ」を言葉で表現するのは難しいことですが、結果は読者の皆さんが予想されたとおりになるでしょう。中国都市部の平均的なトイレしか見たことのない人間は、いくら「できる限りきれいに掃除せよ」と依頼されても、絶対に「日本並みのキレイさ」にはならないはずです。

 それは「日本人は清潔」で「中国人は不潔」という批判とはまったく異なります。要するに、日本と中国では、トイレ掃除をした後の「あるべき姿」が違うのです。日本のトイレを見たことのない中国人にとっては、ベストを尽くして掃除しても、日本人になかなか満足してもらえません。一方的に「品質が悪い」と非難される側には、ぬぐい切れない不公平感が残ります。

 以上のことは、中国オフショア開発の品質問題にも通じるものがあります。お手本を示さないままでトイレ掃除を依頼する実験は、前出の「絶対に完成しないジグソーパズルの法則」とまさに同じ構造です。

 ここで1つ疑問が生じます。日本の状況をまったく知らない中国人に、日本人が満足するレベルでトイレ掃除をしてもらうには、いったいどうすればいいでしょうか。

回答例

 まず、日本の平均的なトイレを5〜6カ所見学させるとよいでしょう。写真やビデオではなく、実際に現場で確認すると効果的です。可能であれば、日本人と一緒にトイレ掃除する経験を持つとよいでしょう。採算を度外視すれば、日本に2〜3カ月の間、研修で滞在するという選択もありえます。

 トイレ掃除に限れば、作業の手順を細かく定義して、作業ごとの「あるべき姿」を体感させれば、日本に長期滞在する必要はないと考えます。トイレ掃除の達人が何度も手本を示して、日本が要求する「完ぺきなやり方」でトイレ掃除を体験させてあげることを意識してください。



 過日、筆者が発行するオフショア開発メールマガジンの読者から、次のような意見をちょうだいしました。

-------Original Message--------

Subject:北京の家、昔はきれいだと思っていたのですが

私は北京から日本に移り住んで10年が経ちました。

先日、北京に帰ったとき、昔はきれいだと思った実家がどう見ても汚く感じます。

頑張っても適応できなかったので、結局はホテルに泊まってしまいました。

この感覚は、中国オフショア開発の品質でも同じかもしれません。

-----Original Message Ends-----

 北京出身の読者からの指摘のとおり、明確な基準がない限り品質やサービスレベルは相対的な価値観にすぎません。オフショア開発で発生する大半のトラブルの原因が、この点に集約されます。

「部屋をさっと掃く」

「動くことを一通り確認する」

 われわれが頻繁に使う言葉が、人によってどれだけ差が生まれるのかを再認識しましょう。

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