JR脱線事故からマネジメントを学ぶ何かがおかしいIT化の進め方(20)(1/4 ページ)

今年4月にJR西日本で痛ましい事故が起きた。この事故では、同社の利益優先体質を問題視する声が出ていたが、果たしてそういうことで解決する問題なのだろうか。今回は事故を題材として、組織とマネジメントの問題を考えてみる。

» 2005年09月13日 12時00分 公開
[公江義隆,@IT]

まえがき

 最近、新しくマネージャになった人から、コミュニケーションのヒューマン・スキルなど人間関係に関する能力についての悩みを聞くことがある。この問題に対してのハウツーに関心を持つ人が多いが、マネジメントの問題には安直なハウツーなどはないと私は思っている。

「直面する課題の特性」や「自分の特性」と「相手の特性」という三者の組み合わせでやり方は変わる。他人のやり方をまねしても、必ずしもうまくいくものではないし、前回成功したやり方が、今回のメンバー相手でうまくいくという保証もない。自分の周囲で日々起こっている出来事を、問題の特性と人間の行動や組織の行動という観点からあれこれ考えてみることが、マネジメントのよい勉強になると思う。

 会社全体でも1つの部門でも、自分が担当する1プロジェクトであっても、問題は基本的には同じである。組織は形を決めれば終わりでなく、それが始まりなのである。マネージャの運用のやり方次第で、結果は天と地の違いになる。摩擦(無駄なエネルギー)を少なく運営するには、仕組みと仕掛け、価値観の共有に基づく信頼関係が大切だ。

 今回の話も、ベテランのマネージャ諸氏には“釈迦に説法”だと思う。しかし、このような問題について、ベテランと若手のコミュニケーションがもう少しあってもいいような気がして筆を執った。

JR西日本の事故から学ぶバランスの問題
――IT分野にも同じ種類の問題の芽はないか

 昨今、大手有名企業/名門企業の不祥事が続く中で、経営体質・組織風土という言葉を見聞きすることが増えた。今年4月のJR西日本・福知山線の脱線事故では、利益優先体質が問題にされた。しかし、いまの日本で利益を重視しない会社はないだろう。売り上げの大きな成長が望めない多くの業界では、利益確保のためにコスト削減に力を入れてきた。今回の事故で問題とされた“利益優先”は、“安全性より利益を優先させる施策が取られていたのではないか”ということをいいたいのだろうが、それでは具体的にどうなれば良いのだろうか。

 筆者とJR西日本とは一乗客としての関係以外に何もないし、今回の事故にかかわる問題でこの会社のやっていたことを弁護するつもりは毛頭ない。しかし、安全性施策への投資は「ここまでやれば絶対安全」という問題ではない一方で、この投資が増えれば短期的には利益を圧迫するという一面がはっきりしている。また、長期的に見れば、高い安全性を求めて投資を続けていくためには利益が必要であり、利益が伸びれば投資も容易になるという好循環を生む。他方で、投資を怠って事故を起こせば収益に影響が出て、必要な安全性への投資が難しくなるという悪循環に陥る。

 要はバランスが問題なのだが、現実問題として投資が不足であれ、あるいは過剰であっても、バランスが崩れていても、よほど極端でない限り問題が発生するまでなかなかそれには気が付きにくい種類の問題だ。そもそもバランス・ポイントがどこかは、現実には誰にも簡単には分からない厄介な問題である。

 事故を起こせば、弱った相手をたたきまくるマスコミも、従来、とにかく利益を上げる会社を“勝ち組”と称して褒めたたえてきた。スピードアップと乗換駅での神業的ダイヤの恩恵を受けて通勤していたマスコミ関係者もいたはずである。遅れが出れば文句をいう乗客はいても、事前に安全性への不安を口にすることはなかった。事故を起こした鉄道会社の役員を社外取締役に迎える会社もあった。世の中全体が利益優先体質、飽くなき便益要求体質に陥っている。われわれが常識としているバランス・ポイントは、どうも大きく振れている可能性が高い。

 公共交通機関以外の分野でも、潜在的なアンバランス問題を抱えている組織は数多くあるだろう。IT投資で“効果を求める部分”と“セキュリティ対策”のバランスは大丈夫といい切れるだろうか。最近のIT関連企業での情報漏えいやネット犯罪のありさまを見ても、IT分野の人たちのバランス感覚もまた、利益優先・便益要求側にかなり傾斜し、リスク対策は大きく遅れているように感じる。

 百数十名の犠牲者を出した鉄道事故を題材にすることには大変心が痛むが、バランスの崩れの要因を、組織構造という観点から考えてみることにする。なお、以下は今回の事故をヒントに、組織の構造と一般的に生じやすい特性の関係を考察して、読者に自社のITマネジメント問題検討の参考へ供したいというのが狙いであって、事故の背景や同社の組織の分析を目的にするものではないことを、あらかじめご了承いただきたい。

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