激突する女と静かなプロジェクトの幕開け(第8話)目指せ!シスアドの達人(8)(2/4 ページ)

» 2006年01月21日 12時00分 公開
[那須結城(シスアド達人倶楽部),@IT]

ついにプロジェクト企画書が承認される

 企画書のプロジェクト内のレビューが終わって営業部長にも説明し、承認が得られたので、坂口はプロジェクト企画書の承認を得るため、社長の西田や関連部門長への説明会を実施した。説明会では、坂口がプロジェクトメンバーとともに準備したプレゼン資料を基に、ビジュアルな画面も盛り込み、分かりやすく説明した。

 西田はプレゼン内容を気に入った様子で、「すぐ開発をスタートし、早々に大々的に運用開始できないか?」という要望を出してきた。また、先日あった配送トラブルの話を例に出し、「物流管理、在庫システムとの連携はどうなっているのか?」と質問してきた。

 それに対し、坂口は「物流管理、在庫システムとの連携も必要であり検討もしましたが、今回は営業支援システムに限定し、将来の連携を視野に入れた開発をしたいと考えています」と説明した。

 それに対し、

西田 「製造部や配送センターは反対しているのか?」

坂口 「いえ、一部に反対の声はあるようですが、製造部の木村さんからも、ぜひやりたいという声を聞いています」

西田 「それなら、思い切ってやったらどうなんだ? わたしは、業界に強烈なインパクトを与えるような派手なことをやってほしいんだ!」

坂口 「他社のベンチマーク結果からは、確かに物流管理や在庫システムと連携したシステムで成功している例があります。ただし、それらの成功している会社は、もともと物流管理や在庫システムが完成しており、それらと営業支援システムを連携したシステムで効果を上げています。当社の場合、別会社になっていることもあり、いますぐ簡単に連携できる状態ではありません」

西田 「それじゃあ、『うちの会社はきちんとやっているんだ!』とアピールできるような材料は何かないのか?」

 西田社長は、来期サンドラフトの役員に戻る予定であり、業界に強烈なインパクトを与える派手な成果を早く上げたがっているようであった。

 坂口は、以前、社長と話したときの「とにかく、パァ〜!! としたものを作ってほしいんだ。パチパチ、ピッでドーン!! というやつを!」という社長の発言とともに、豊若からの「本来ならば、サンドラフトサポートの規模や営業実態に合わせたシステムにしないと、まるっきり無駄な投資になるはずだ。まずは、企画立案のときに目的をよく把握するんだ。それが不条理なものでないかどうかをな」というアドバイスも思い出していた。

 そこで、坂口は、事前に検討していたPDAの先行配布とプロトタイピングを提案した。この提案に対し、西田にはまだ少し不満が残っているようであったが、まずはPDAの先行配布とプロトタイピングの実施は承認された。

 また、今後の推進には体制の強化・充実が必要で、現在のように片手間でやっていると予定どおり来年度のリリースが難しいことをそれとなく説明した。この件は、田所部長と西田社長があずかることになった。

プロジェクト発足の裏側では……

 週末、田所と西田の2人は釣り糸を垂れていた。プロジェクト承認後の西田の動きは早かった。西田は親会社のサンドラフトに会議に行った際、製造部長と配送センター長と話をし、豊若に電話をかけた。

 その翌日、課長の浜崎は、田所からプロジェクト新体制の相談をされ、営業第1課からのメンバーを5名選出することに合意した。ただし、プロジェクト優先とすると営業第1課の業務が厳しくなるので、来期からの人員増を強く要望した。その後、プロジェクト体制強化の全体の話の中で、田所は西田が豊若に支援を求めることを考えていると聞かされ、浜崎に相談したのだ。

浜崎 「田所部長もご存じだと思いますが、豊若は例のグループウェア導入プロジェクトで失敗し、当社を辞めさせたのも同然なので、いまさら頭を下げたくないですね。何で社長に別の人材を捜してくれといってくれないのですか?」

田所 「西田社長と豊若は、以前からの釣り仲間だって知っているか?」

浜崎 「あ……、いや、知りませんでした」

田所 「例のグループウェアの経緯は知っているが、社長にお気に入りの豊若に頼んだぞっていわれたので、いまさら駄目だなんていえないぞ」

浜崎 「まぁ、仕方ないですね。社長はいい出したら、ほかの意見など聞かないでしょうから。まぁ私は、このプロジェクトに直接関与しないからいいですけど……」

 江口は、坂口の仙台での活躍や異動早々に松下と一戦交えたことなど、坂口を一目置く存在として見るようになっていた。最近の坂口のプロジェクトにおける活躍は、江口の目にも留まっていた。また、プロジェクトに外部からコンサルタントを呼ぶといううわさも耳にしていた。ある日、江口は帰り支度をしている坂口に声を掛けた。

江口 「坂口、最近調子良さそうじゃないか」

坂口 「いやぁ、全然そんなことないっすよ! いまだって風邪ひいて病み上がりっす」

江口 「おまえ、システムのことはどうやって勉強してるんだ? 毎日営業で忙しいだろうに」

坂口 「まぁ、自主トレでやってます」

江口 「誰か良い先生でもいるんじゃないのか?」

坂口 「それより、江口さんの方こそ、誰か良い人を紹介してくださいよ!」

江口 「なにいってんだ、おまえ! ほんっとに鈍い奴だなぁ、もっと周りをよく見ろよ! ボーっとしてると張り手を食らわすぞ! 俺が恋愛のイロハってやつを教えてやるから、今日は1杯付き合え!」

坂口 「すいません、今日は予定があるので、明日連れてってください! それじゃ!」

 そそくさと出て行く坂口の後姿を見送る江口の脳裏に、1人の男が浮かんだ。その思いを確かめるべく、江口は坂口の後を追った。恵比寿駅で山手線を降りる坂口の少し後ろを江口が歩いていく。そして、坂口が向かった先は、坂口と豊若が通っているホテルのバーだった。江口は、坂口がバーラウンジに入るのを見届けると、タバコに火を付け、そのままロビーのソファーに身を沈めた。

 それから、1時間ほどが過ぎただろうか。腕時計に目をやる江口の横を、坂口が江口に気付かずに通り過ぎていった。バーラウンジの前で坂口を見送る豊若を見つけた江口は、おもむろに立ち上がり、豊若の方へとゆっくりした足取りで近づいていった。

江口 「やはり、おまえがついていたのか。坂口の活躍もうなずけるな」

豊若 「フッ、おまえは相変わらず、足で稼いでるみたいだな。よくここが分かったな」

江口 「におうんだよ、豊若。坂口からおまえのにおいがな」

 豊若はフッと苦笑いした。

江口 「で、受けるのか? 新営業支援プロジェクト」

豊若 「西田社長からどうかって電話で打診をもらった。正式に依頼が来れば断るつもりはない。古巣を救うのもいいだろう」

江口 「おまえの助けなど要らん! といいたいところだが、プロジェクトリーダーは坂口だからなぁ。あいつがおまえを必要としているんだから、まぁ、それもいいだろう」

 と語りながら江口はニヤリと笑った。豊若は江口をじっと見詰め、

豊若 「あいつなら、俺たちが埋められなかった溝を埋められるかもしれないな」

 とつぶやくと、江口の肩口をかすめて、ホテルのロビーを出て行った……。

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