本連載では、これまでITスキル標準の概要を説明し、ユーザー企業での使い方などを紹介してきた。今回は、実際にユーザー企業でITスキル標準を活用する事例を挙げて、その事例を分析することから学び取れるものを紹介する。
前回は、ユーザー企業でITスキル標準をどのように使うことができるか、いくつかの視点に分けて説明を行いました。今回は、実際にユーザー企業でITスキル標準を活用する事例を挙げて、その事例を分析することから学び取れるものを紹介したいと思います。以下、携帯電話事業会社のA社を例に挙げて考えてみます。
A社は従業員3000名の携帯電話事業会社だ。同社では、早くから情報システムの整備を意識し、それに併せて情報システム部門の強化も図ってきた。
携帯通信ビジネスの経営環境は、常に激しいスピードで移り変わっている。A社の情報システム部門も目先のサービス競争のために、事業部門からのリクエストに応えていくのに精いっぱいというのが現状であった。当面はそれで何とか回っていたのであるが、やがて社内の情報システムがどんどん膨張していった。
その結果、情報システムそのもののメンテナビリティが徐々に落ち始め、システムの保守に時間がかかったり、ちょっとした機能追加に多額の費用が掛かったりといったことが起こるようになってきた。ついには、情報システムがネックでビジネス展開の足かせになるようなケースが目立ち始め、A社経営陣の頭を悩ませ始めていた。
一方、情報システム部門の中にいる社員は、常にシステムの改修や保守に追いまくられ、常に受け身の姿勢で案件に対応していた。やがて、この受け身の姿勢が当たり前のことに思えるような雰囲気となり、この状況に慣れ切ってしまっていた。その結果、情報システムが、利用部門のいうがままの場当たり的な改修を続け、ますますメンテナビリティが悪化し、情報システムの費用対効果が下がるという悪循環に陥っていた。しかし、情報システム部門内にいる人間には、それがA社にとって、どれほどの問題なのかが分からなかった。
このような、情報システムに掛かる費用はどんどん上がっていくのに比べ、情報システムが生み出す効果が思うように上がっていないことに対して、経営陣はついに大きなメスを入れなければならないと判断した。情報システム部門が、受け身の姿勢から、事業サイドに提案のできるような部門へ何とか転換できないものか、何かしらの手を打たなければ、数年先のA社はとんでもないことになると危機感を抱いたのである。
経営陣のニーズを一言でいうならば、「これからの情報システム部門に求められる人材とは、『自社の情報システム全体をプロデュースできる人材』であってほしい」ということである。すなわち、一部のユーザー部門のニーズに振り回されるのではなく、全社横断的に情報システム化を施すべきところに、的確に対応できる人材になってほしいということなのだ。
ただし、そのような人材は、一朝一夕に育成できるようなものではなく、長期的視点で徐々に整備していく必要がある。これを行うのは並大抵のことではない。具体的には、目先の業務に追われて、長期的にものを考えることができなかったという反省に立ち、先に作業の優先順位付けと取捨選択を行う必要もあった。
これらの方向転換には、ユーザー部門の大きな反発もあった。なぜなら、ユーザーからの情報システム化要件の相当数が、凍結を余儀なくされるのが目に見えていたからである。しかし、経営層からの強いトップダウンで、半ば強引に情報システム部門の当面の負担を軽くし、情報システム部門の人員自らが、少し先を見て物事を考えることができるようにしたのである。
A社の情報システム部門では、外部の人材コンサルタントの力を借りながら、経営陣の期待に応えられるような人材の定義から取り掛かった。先に述べたように、情報システム部門の役割を「情報システムのプロデューサー」と位置付けるとなると、そこに必要な能力(スキル)として、まず次のようなものを考えた。
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