ユーザー企業の情シス人材にITスキル標準を活用するユーザー企業から見た「ITSS」(4)(3/3 ページ)

» 2006年03月15日 12時00分 公開
[島本 栄光,@IT]
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対応:ITスキル標準の活用へ

 A社の情報システム部門の人材育成について、再度考え直さなければならなかった。求める人材を定義し、それに必要なスキルを明確にし、それに応じた研修を行うという流れは間違っていない。それ以外のどこかに抜けがあるのは間違いなかった。

 A社情報システム部門の人材育成担当が閉塞感に襲われていたとき、「ITスキル標準」をあらためて見てみてはどうか、という考えが浮かんだ。実は、ITスキル標準の存在は知っていたのであるが、そもそもベンダ側のものだという先入観があり、ユーザー企業であるA社とは関係ないものだと思い込んでいた。

 また、部分的に使えるかもしれないという気もしたのであるが、読みにくく使いにくいという状況で、真剣に取り込むことに対し、否定的な印象でもあった。ただ、わらをもすがる思いでITスキル標準の概説書から読み始め、部分的に活用できそうな部分から「つまみ食い」してみると、結構うまく使えそうだということが分かってきた。

 むしろ、これまでA社情報システム部門が独自で考えてきたことが、すでにスキル項目や知識項目で洗い出されて整理されており、そのまま使える部分があることも分かった。なんと大きな遠回りをしたのだろうかという思いすら抱いたのである。さっそくA社では、ITスキル標準を用いて、人材像の見直しや必要なスキルや知識項目の棚卸しを行うところから始めた。さらに、「研修ロードマップ」を参考にしながら、カリキュラムの構築をあらためて着手することにした。

 ただし、これだけだと、問題の解決にならない。いままでのやり方に足りなかったこと。これが、ITスキル標準を意識することによって見えてきたのである。つまり、社員1人1人の現状スキルの把握である。

 これまで、とにかく「これでやれ」という感じの研修計画であった。これではついていける人はなかなかいない。「いま、自分がどういうスキルを持っており、将来こういう方向へ行くためにはこの部分が足りない」といったところを、各人に認識させることで、その研修の狙いが自分自身の問題になってくる。そういう前提で研修を受講すれば、取り組みの態度も変わってくる。研修受講後に、再度スキルの診断を実施することにより、自分自身の成長が把握できるとなると、当然受講者の態度も変わってくるのである。

人事考課への展開

  スキル診断を年に1回定期的に行いながら、研修カリキュラムも個人レベルに目的を持たせた形で行い始めて、ようやく地に足の付いた人材育成施策が動き始めた。この人材育成施策は、やがて別の副産物を生むことになる。それは人事考課とスキルの緩やかな結び付きである。

 人事考課とは、当然実績が大きな要素であり、スキルそのものが給与や処遇には直接つながらないのは事実である。ただし、スキルがあるのに結果がたまたま出ないからといって評価が下がってしまうと、本人のモチベーション維持が難しい。

 これまでは、この辺りが明確でなく、ともすれば評価者の気持ち一つのところでもあった。これが、個々人のスキルが可視化でき、また成長の度合いが見えるようになることで、評価者が評価する際に、1つの判断基準になるのである。つまり、直接評価には結び付かないまでも、間接的には関与していくのである。その期の実績を確認するような面談の場面において、個人目標に具体的なスキルアップを盛り込んで評価を行うということも可能になったのである。

今後の課題

 ひとまず、人材育成の仕組みとしては一通り動き始めることができた。少しずつであるが、A社情報システム部門の雰囲気も変わりつつある。ただし、これで安心していてはいけない。仕組みそのものは、いつ陳腐化するか分からないので、常に継続的な見直しを考えておかなければならない。特に、ITスキル標準に定義されていない人材やスキル、知識項目については、A社独自のものが反映されている制度であるがゆえに、これらのブラッシュアップが必要であろう。

 さらに、ITスキル標準は、外部協力会社のメンバーを調達する際の評価指標のベースにもできると考えられる。同じITスキル標準を、少し見方を変えて活用すればすぐにできそうな気もするが、そのための工夫が別途必要だろう。こういった点への展開も考えていきたい。


 以上、A社の事例を紹介しましたが、いかがでしたでしょうか。実際のユーザーの企業の現場で、ITスキル標準を活用していくイメージを、少しつかむことができたのではないかと思います。

 おそらく、いきなり最初から、ITスキル標準をそのままはめ込むような導入の仕方をするケースはまずないでしょう。自社の求める人材はどういうものかということの議論を繰り返し、その人材を育成していくためには、どのような制度を確立していかなければならないかと考えていく際に、ITスキル標準の各項目や考え方そのものなど、多くの要素が参考になると気付く場面もあると思うのです。

 ところで、この事例を見ても、既存のITスキル標準そのままユーザー企業の組織に適用するのは骨が折れるというのも感じ取られたのではないかと思います。それはユーザー企業ならではの、情報システムに関するスキルが存在し、既存のITスキル標準では、その点が見えにくいためだと思います。

 そこで第5回では、ユーザー企業ならではのスキルを含めた、ユーザー企業独自のスキル標準の必要性についてお話をしたいと考えています。なお、次回記事につきましては、番外編として、2005年6月に社団法人日本経済団体連合会(経団連)が提言した「産学官連携による高度な情報通信人材の育成強化に向けて」を題材に、情報化人材育成に関する記事をお送りする予定です。ご期待ください。

Profile

島本 栄光(しまもと さかみつ)

KDDI株式会社 システム企画部勤務。情報化人材育成および研修企画を担当。

広島市生まれ。広島大学工学部第II類(電気系)卒業。

東京都立大学大学院(経営学専攻)修了。

ITスキル標準に関する活動としては、ITスキル標準センターアプリケーションスペシャリスト委員会主査、ITプロフェッショナル育成協議会委員、JUAS人材育成研究部会副部会長などに携わる。

そのほか、情報処理学会情報システムと社会環境研究会運営委員、上級システムアドミニストレータ連絡会副会長など、特にユーザーとしての情報システムの在り方について関心が高い。


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