次に、日本のオフショア開発発注側が最も頭を悩ませる問題の1つである「中国オフショア開発成功の定義」をきっかけに、中国オフショア開発が日本企業に与える影響について考察します。
製造工程において大幅な原価削減ができた場合、それを「開発は成功」と考えるのが一般的なのかもしれませんが、私にはぬぐい切れない疑問があります。
(メーカー系列SIer/日本人)
「中国オフショア開発成功の定義」は究極の問題です。筆者は過去、数百人のセミナー受講者に向かって「貴社にとってオフショア開発の成功とは?」を問い続けてきました。最近のセミナー受講者の多くは、プロジェクトマネージャではなく、現場から離れたプロジェクト推進部隊の方が多いため、それなりにもっともらしい答えが返ってきます。しかしながら、セミナーが進んでいくうちに、半数以上の方は前出の質問に満足に答えられないことを自覚することになります。
筆者が知る範囲では、業務系システム開発を一括請負契約で中国ベンダに発注した場合、その後の保守・運用を継続して中国オフショアで実施する事例はほとんどありません。ご存じのとおり、大企業の系列に属する多くのシステム開発会社は、中国発注の権限を持ち合わせていません。
彼らは「自社こそ、中国オフショア開発によって市場から退場させられるのでは?」と常にアンテナを張っています。彼らは本当にオフショア開発の犠牲者なのでしょうか。以下、中国オフショア開発が日本のシステム開発会社やIT技術者の人月単価に与える影響を具体的に見ていきましょう。
10年前、中国のGDPは九州地方とほぼ同レベルでした。現在GDPを対前年度比で見ると、経済成長率9.9%増です。その中国の経済規模は、昨年イギリスを抜いて、ついに世界第4位になりました。
2005年度 国別GDP(単位:兆ドル) |
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1位 |
アメリカ | 12.5 |
2位 |
日本 | 4.7 |
3位 |
ドイツ | 2.8 |
4位 |
中国 | 2.3 |
5位 |
イギリス | 2.2 |
6位 |
フランス | 1.9 |
この調子でいくと、2007年にはドイツを抜いて世界第3位に躍り出る可能性があるといわれています。こういった中国の影響を最もマイナスに受けるのが、沖縄県や首都圏から離れた経済規模が小さい地方都市のソフトハウスです。
しかし、筆者は中国人民元切り上げのリスクは意外に小さいと判断します。従って、為替変動リスクが中国オフショア開発の成否に与える影響は極めて限定的だと予測します。その理由には、以下の2つが挙げられます。
前者については、一般的な国際経済の知識が必要なので、本稿では深く扱いません。あえていうならば、日本もかつて円が強烈に切り上がりましたが、国際市場における競争力は維持されたことを思い出してください。
後者については、われながら大胆な予測だと思います。これは、筆者が上海や大連に足を運んでインタビューした結果や、さらに中国各都市のIT政策の内容から判断しました。こんな面白いデータもあります。
これまで、現代中国は計画経済の仕組みで動いてきました。これは、一度全体が動いてしまうと、途中の軌道修正はほとんど利かないことを意味します。上記データが示す中国経済は、例えは悪いですが、田畑を食い荒らして自らの食料源を駆逐させてしまうイナゴのようなものではないでしょうか。ブレーキのない機関車といってもよいでしょう。
「鉄鋼や自動車などの工業製品と人材は違う!」と思われる読者もいるかもしれません。ところが、中国では特定の資格に注目が集まると、あっという間に資格保有者が増殖するのです。例えば、現在中国にはMBA取得者が200万人ほどいます。
200人や2000人ではありません。「200万人」です。
実際、筆者は大連にある東北財形大学MBAコースの教授・受講生らと交流したことがあり、MBA教育の現場の様子を肌で感じたことがあります。中国では、MBAでさえも大量生産できるのです。これは本当の話です。
本連載の熱心な読者なら、中国の各都市が競うように膨大な数のIT技術者を輩出していることをご存じでしょう。2008年には、中国全体のIT技術者は100万人に達すると予測されていますが、実際にはもっと早く到達するかもしれません。
今後も、優秀なIT技術者&マネージャの奪い合いは続きます。と同時に、実践で“使い物にならないプログラマ”の大量生産も続けられるのです。10〜20年の長期的視野で考えるとさほどの問題ではありませんが、向こう4〜5年で解決する問題ではありません。優秀なIT人材の育成がどれほど難しく、時間を要するかは、あなたがよく知っているはずです。
中国国内で稼働しないIT技術者は、当然ながらすべて海外向けのオフショア開発に回されます。その結果、日本市場において人月単価が下落することは容易に推測できます。後述するように、この仮説は現実味を帯びつつあります。そして、日本のIT業界は「3K」職と正式に認知されるようになります。このような状況は、筆者にとってもあまりうれしくない展開なのですが……。
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