親会社へ逆出向し、「新生産管理システム構築プロジェクト」担当となった坂口。早速主要メンバーを集めたキックオフミーティングを開催するも、CIOの佐藤や営業企画部長の天海のワガママに振り回され、坂口は途方に暮れるしかなかった。しかし、この配属は、西田副社長の「セクショナリズムの強い本社の社風を坂口に変えてほしい」という強い希望からだった……。
坂口 「伊東君、ちょっといいかな?」
ここは、東京・汐留にあるサンドラフトビール本社のIT企画推進室。
「新生産管理システム構築プロジェクト」のキックオフミーティングが先日行われ、坂口たちのプロジェクトもようやく第一歩を踏み出した。しかし、そのミーティングにおいて出席者のワガママな意見にさんざん振り回された坂口は、早くもこのプロジェクトが前途多難であることを身をもって感じていた。
坂口 「まずは各部門へのヒアリングを通じて、現状の課題を把握することから始めようと思ってるんだ」
伊東 「ヒアリング……ですか? でもヒアリングって何を聞けばいいんですか? 僕は初めてなんで見当も付かないんですけど……」
坂口 「うん、そうだと思った。だから、ちょっとこんなのを作ってみたんだ」
そして坂口は1枚の用紙を取り出した。「課題整理シート」と名付けられたその用紙には、「現在の業務」「問題点・課題」「改善の方法」などの項目がきれいにレイアウトされ書き込めるようになっていた。
坂口 「このシートを使えば、質問内容の漏れを心配しなくてもよいし、後で課題の整理もしやすくなるだろ?」
伊東 「へぇ?。坂口さん、それもシスアドってやつの役割ですか?」
坂口 「まぁね。課題を解決するために、『どんな方法や手段を取るのか?』を考えるのもシスアドの役割だよ」
部門間をまたがるシステムを構築するには、各部署の業務の流れと、部署間でそれがどのようにつながっているのかを把握することが必要だ。課題整理を開始するに当たって、坂口がまず考えたのは、現状をきちんと整理することであった。
坂口 「じゃあ、俺はちょっと各部署にヒアリング日程の調整に行ってくるから。伊東くんはこのシート、部署ごとのファイルに分けておいてくれない?」
伊東 「は、はい!! 坂口さんが戻ってくるまでに仕上げておきます!」
そして坂口は情報システム部がある18Fへ。18Fの情報システム部は、キーボードを打つ音以外シーンと静まり返っており、ある種独特な雰囲気のあるところだ。
坂口 「IT企画推進室の坂口です。八島主任、ちょっとお時間をいただけないでしょうか?」
八島 「あぁ、君かー。そういえば、こないだのミーティングで何かいってたよね。で、今日の用件は何?」
坂口 「はい、例の新システム構築の件なのですが、まずは現状における課題の把握をしたいと思っています。そこで情報システム部の皆さんに、現状のシステムや今後の課題についてお話をお伺いしたいと思いまして」
八島 「うーん、今後の課題ねぇ……。別に聞くのはいいけどさぁ、みんな自分の担当しているシステムでいっぱいいっぱいだから、全体的な課題っていわれても誰も分からないと思うよ?。それにいま、生産管理システムの担当は休暇中だしぃ。ほかのメンバーだと、自分のシステムのことは詳しく知ってても、生産管理システムの細かい部分は分からないから聞けないと思うよ?」
八島は続けて、「メンバーはみんな忙しいから、坂口君が自分で適当に声掛けちゃってよ」と言い残し、会議があるからと席を立ってしまった。坂口はのっけから肩透かしを食らった気分で、営業企画部のあるフロアへと向かった。
営業企画部では、部長の天海が電話でテキパキと指示を出していた。そして、電話を終えると坂口に気が付き、満面の笑みを浮かべる。
天海 「あら、坂口君。早速進ちょく報告に来てくれたの? それとも気が変わってうちの部署に来る気になったのかしら?」
坂口 「いえ、今日は別件でお願いに参りました」
そして坂口は、営業企画部メンバーへのヒアリングをさせてほしいことを伝えた。
すると、天海は急に表情を曇らせ、
天海 「そんなの必要ないわ!! そんなことしなくても、私に直接聞けば済む話じゃない。私は部署内の問題をすべて把握しているし、わざわざ現場に聞きに行くなんて、時間の無駄よ」
坂口 「でも、実際にシステムを使うのは現場のメンバーなんです。部長のおっしゃることも分かりますが、ご協力いただけませんか?」
天海 「部外の人間にチョロチョロ動かれて、いままでやってきていることが変に変わっても困るのよね。いい、この部の責任者は私よ。ほかの部署はどうだか知らないけど、何かするときには、必ず私を通してちょうだい!」
自席に戻った坂口は製造部主任の藤木、さらには配送センター副センター長の岸谷に電話をかけた。2人ともヒアリングには賛同してくれたものの、どんな準備をすればいいのか戸惑っているようだ。特に配送センターの岸谷は、「情報共有できるのはありがたいが、いままでの業務が大きく変わるのは困る」と、消極的な意見だった。電話を終えた坂口は思わずため息を漏らした。そんな坂口に伊東がコーヒーを差し出す。
伊東 「どうでした? ヒアリング、行けそうですか?」
坂口 「うん……。何とかね」
伊東 「あ、いわれていたファイル、メールで送っておきましたのでチェックしてください。後でひとまとめにできるようにExcelにしてみました。こういうの作るのって面白いですねぇー!!」
坂口 「お、工夫したな。ありがとう、後で見ておくよ」
現場の消極的な姿勢に坂口は疲れていた。そして、気を取り直して伊東のファイルをチェックしようと、PCのメーラーを立ち上げ受信トレイを開くと、メールが届いていた。
『久しぶり。本社に逆出向したそうじゃないか。頑張ってるな。こっちもいろいろと忙しくしてる。どうだ、しばらく間も開いたし、今度の金曜日にでも飲まないか。近況を聞かせてくれ。 豊若』
豊若からのメールだった。豊若は上級システムアドミニストレータとして現在はコンサルティング会社で働いている。これまでも坂口にいろいろなアドバイスをくれており、坂口がひそかに目標としている人物だ。
坂口 「(そうだ、豊若さんならこんなときどうするだろう?)」
坂口はメールに返信した。
『豊若さん、お久しぶりです。本社でのプロジェクトもようやくキックオフにこぎ着けましたが、まだまだ前途多難です。ところでお誘いありがとうございます。ぜひ、ご一緒しましょう。場所はいつものバーで。 坂口』
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.