そして週明け。坂口と伊東は東京都町田市にある「東京配送センター」にいた。ここは東名高速道路の横浜町田インターから程近く、首都圏へのサンドラフトビールの出荷をコントロールする重要な拠点だ。
坂口 「すごいだろ、ここ。伊東はここに来るのはもちろん初めてだよな?」
伊東 「は、は、はい! いやーすごいですねぇ」
目を丸くしている伊東とともに坂口は岸谷を訪ねた。
坂口 「こんにちは、今日はよろしくお願いします」
岸谷 「来てくれてありがとう。事前の準備は何もできなかったけど、取りあえずメンバーを会議室に集めておいたよ」
会議室に通された坂口は、不安そうな従業員を前に趣旨を説明した。今回のシステム構築のために、いま現場で困っていることを教えてほしいこと。遠慮は不要で普段感じていることをそのまま教えてほしいことを伝えた。しかし、従業員は誰一人として口を開こうとしない。会議室は静まり返ったままだ。
そのような雰囲気に坂口は不安を覚えつつ、伊東にヒアリングシートを配るようにいった。
伊東 「は、は、は、はい。あ、あのすぐ配ります、あっ、あぁ!!」
緊張のあまり、伊東は手にしたシートを落とした。そして、シートを拾い上げようと立ち上がった瞬間……。
ゴツッ!!!!
テーブルに頭をぶつける伊東。従業員の間に笑いが広がった。
従業員 「お兄さんさぁ?、何もそんなに緊張しなくったって(笑)」
従業員 「そうそう、こっちなんて毎日配送ミスに気を使って緊張しっぱなしだけどね」
その一言がきっかけだった。
商品ロットの管理に多くの時間を取られてしまっていること。本社からの連絡はシステムから出力された帳票で都度送られてくるため、送付タイミングによって納期に遅れが出るケースがあること、など。従業員の口からは次々に現状への不満が出てきた。坂口と伊東はそれらの意見を必死に書き留め、気が付いたころには2時間が経過していた。
従業員 「これだけいったんだから、全部対応してくれるんですよね?」
坂口 「いえ、ほかの部署の方の意見も聞いてから、システム化の範囲や順序は……」
従業員 「でも、うちのを一番に対応してよね?(笑)」
当初心配していたヒアリングの1回目はこうして終了した。
伊東 「坂口さん、なんだかいろいろな意見が聞けましたね!」
坂口 「そうだな、やっぱり現場のメンバーに聞くのが一番だな」
本社に戻った2人は続けて営業企画部に向かった。
営業企画部に天海の姿はなかった。坂口は在席していたメンバーに時間をもらうようお願いし、会議室でのヒアリングを開始した。
メンバーからは次々と意見が出た。配送センターの従業員と同じく、中には「ほかの部署より、うちの部署を優先的にシステム化してほしい」などという困った意見もあったが、何とかヒアリングを無事に終えた坂口と伊東は、席に戻ってひそかな充実感を覚えていた。
伊東 「坂口さん、何だか今日はすごく充実してましたね!! 僕、入社してからこんなこと初めてですよ!」
坂口 「まぁ、まだ始まったばかりだけどな。さ、今日の結果をいまのうちに整理しておこうか」
伊東 「は、はい!」
そして作業を開始しようとパソコンに目をやった矢先、坂口の電話が鳴り響いた。
坂口 「はい、IT企画推進室の坂口です」
女性 「ちょっと!! あなた、何勝手なことしてるのよ!!!!」
営業企画部の天海からだった。自分が不在の間にメンバーへのヒアリングを行ったことに対する抗議の電話だ。
天海 「よぉーく覚えておきなさい!! 今度同じようなことがあったら、名間瀬さんにいってそれなりの対応をしてもらうからね!!」
たたきつけるように切られた電話に坂口は力なく受話器を置いた。
いやはや、やっぱりこれくらいキツくないと女性で部長になることはできないのか……。サンドラフトサポートのころは男女関係なくみんなで和気あいあいと仕事をしていたのに……。当時を思い出す坂口の脳裏にはいつしか谷田の顔が浮かんでいた。
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