ユーザーが満足する提案ができませんシステム部門Q&A(38)(2/2 ページ)

» 2007年02月08日 12時00分 公開
[木暮 仁,@IT]
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家庭医的SEこそが重要なのだ

 ここまでで、筆者はベンダは非IT活動の支援ができないし、ユーザーもそれを求めるべきではないといいました。

 実際、ユーザーは非IT活動にまでベンダの提案や協力を求めているわけではありません。非IT活動の動向に対して、IT活動が迅速に対処できるための提案を求めているのです。ところが、ユーザーは質問の仕方が分からないために「質問をしない」か「不適切な質問をする」し、ベンダ側も勝手な解釈をするため、結果としてピント外れな提案になってしまうのです。

 ベンダSEは対象業種の知識を得ることが重視されています。これは、ユーザーと意思の疎通を円滑にして適切な解釈をするのに重要なことです。しかし、その知識は業界一般の知識あるいは類似企業での知識であり、対象とするユーザー企業の知識ではありません。以前にも述べましたが、同じ業種の企業であっても用語の定義はまちまちです。中途半端な知識は、逆に誤解の原因になることもあります。しかも、要求事項の裏にはユーザー企業独特の事情があります。それを理解するには、ユーザー企業の内情を知っている必要があるのです。

 その昔、IT部門が対象業務を理解していたころは、IT部門が経営や業務のニーズとベンダへの要求との翻訳ができました。ところが近年のIT部門の能力低下(第37回「IT部門が頼りなくなった原因はなんだ?」参照)によって、適切な翻訳ができなくなってしまったのです。

 また、当時はフィールドSEと称して、ユーザー企業に長期間常駐するベンダ社員がいました。彼らはIT部員と同じユーザー企業の知識を持ち、翻訳能力を持っていました。従って、ユーザー企業の要求が不十分な表現であっても適切な理解ができたのです。

 筆者がIT部門の管理者であったころ(当然レガシーシステムの時代です)の話です。A君というフィールドSEがいました(他社の人を君で呼ぶくらい親しかったのです)。当時はセキュリティへの関心も低かったので、A君はオペレーション室にも自由に出入りしていました。

 ある日、A君が筆者にいいました。

「今年は大丈夫ですが、来年の月末処理ではパンクしそうです。それが顕在化した時点で取り組むと、時間が足りないので、ハード増強に走ることになります。Bさん(IT部門のSE)と調べたところ、月末処理のいくつかのジョブがネックになっています。いまのうちに手を打っておいたらどうでしょう。そうすれば数年は現状のハードでしのげると思います」


 この発言どおりに実行すると、ベンダの売り上げが増大する機会を逃がすことになるので、A君の成績は上がらないかもしれませんが、ユーザーにとっては有益な提案です。このような、“家庭医的なSE”は貴重な存在でした。「ほかのベンダに乗り換えることがあっても、A君を失いたくない」のがIT部門の意見でした。このような人員は、結果としてベンダにとっても大きな貢献になったのです。

 ところが現在では、ベンダに大規模な合理化の必要性が高まりました。表面的な数値での成果主義が行われ、(Project Management Office)の管理統制が厳しくなりました。そのために、このような家庭医的なフィールドSEは存在できなくなってしまったのです。ベンダSEは、プロジェクトに無関係な作業をする余裕はなく、精神的な余裕も持てなくなりました。このような状況では、非IT活動を含む提案どころか、IT活動に関する提案すらできないのは当然です。

 家庭医的SEの復活はコストの上昇につながるので、単純に昔のような状況に戻すことはできないでしょう。しかし、何らかの対策を取らないと、ユーザーとの長期的な関係が保てず、結果として見積もり競争に陥り、多大な負担を被る危険があります。

 近年では、IT化の成熟度が低い中小企業がターゲットになってきました。中小企業では経営者が独裁的権限を持っていることが多いため、経営者と直接接触することが必要です。ところが、経営者はITに何を期待するのかをベンダに適切に表現する能力がありません。自分の症状を的確に示せない患者に適切な治療をするためには、患者の体質や日常の状況をよく知っている家庭医が求められます。家庭医SEの重要性はますます高くなっているのです。

○まとめ

  1. ベンダはユーザーの非IT活動を支援するといっているが、現実には無力もしくは大きな限界がある
  2. ベンダから経営者に非IT活動の重要性を説いてもらうのは良いことだ。しかし、適切なアプローチをしないと逆効果になる危険性もある
  3. ユーザーとしても、ベンダに非IT活動への支援を求めるべきではないし、実際に求めているのは、非IT活動の動向に即応できるIT活動なのだ
  4. ところが、ユーザーとベンダの間での意思疎通ができていないので、真の要求が解釈できず、適切な提案ができないのだ
  5. その意思疎通を円滑にしていたのが“家庭医的SE”であるが、近年はそれが存在できない状況になっている。それを復活させるための工夫を検討する必要がある

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筆者プロフィール

木暮 仁(こぐれ ひとし)

東京生まれ。東京工業大学卒業。コスモ石油、コスモコンピュータセンター、東京経営短期大学教授を経て、現在フリー。情報関連資格は技術士(情報工学)、中小企業診断士、ITコーディネータ、システム監査など。経営と情報の関係につき、経営側・提供側・利用側からタテマエとホンネの双方からの検討に興味を持ち、執筆、講演、大学非常勤講師などをしている。著書は「教科書 情報と社会」(日科技連出版社)、「もうかる情報化、会社をつぶす情報化」(リックテレコム)など多数。http://www.kogures.com/hitoshi/にて、大学での授業テキストや講演の内容などを公開している


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