連載
» 2007年03月13日 12時00分 公開

ソフトウェア開発をちゃんと考える(11):「価値工学」批判

価値はモノの側ではなく、モノを使う側にあるはずであり、もっというと価値はモノとモノの間にあるように思えないだろうか。

[山田正樹,メタボリックス]

 前回は「価値工学」というものについて見てみた。どうやら「価値」というものが重要そうなのだが、それが一体何か、どうやって価値を測ればいいのか、どうやって価値を上げればいいのか、よく分からなかったからだ。しかし、どうも価値工学もいまいちな感じ、つまりわれわれが重要だと思う価値の側面をよく表し切れていない感じだった。それはなぜだろうか。

 価値工学では、価値は独立した製品やサービスに付与されるものであった。何かモノを作り、計算をすると「価値Xを持つ製品」というものが存在することになる。価値工学のおかしさはどうもその辺りにあるのではないか。あるモノそれ自身に価値が張り付いているというのはおかしくはないか。価値はモノの側ではなく、モノを使う側にあるはずであり、もっというと価値はモノとモノの間にあるように思えないだろうか。

 価値工学では、価値の定義は「価値(V)=得られる効用(F)÷支払う犠牲(C)」で与えられた。ここではそれとは異なる定義、もう少し自分たちの直感に近いと思われる定義を与えてみよう。

 「価値とは、それを使って別の価値を生み出す可能性である」

 再帰的になっている。何かお金にも似ている。まぁ、お金は価値を抽象化したものだから当然なのかもしれない。ただし一般的に価値はお金のように蓄えることができないし1人1人によっても価値観、価値の尺度は異なる。でも価値は「流れる」。

 例えばAさんという旅行代理店を経営している人がいたとする。いままでの形態の旅行代理店では駄目だ。何とかしようということで素晴らしいアイデアを思い付いた。もちろんアイデアだけではビジネスはできないので、設備や人やお金などと一緒に、アイデアを具体化した「動くソフトウェア」も必要になる。ITというやつですな。ここでわれわれソフトウェアを作る人間の立ち位置はどこだろう。

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 箱にくっついている風船みたいなものは、それぞれの「価値」と思ってほしい。この図には「Aさんのアイデア」というモノを「動くソフトウェア」というモノに「変換」するのが「ソフトウェア開発」というコトだ。ということが描かれている。

 このようにあらゆる仕事を「あるモノ(の状態)を別のモノ(の状態)に変換するコト」ととらえる考え方は「もの・こと分析」(中村善太郎著:『もの・こと分析で成功するシンプルな仕事の構想法』、日刊工業新聞社、2003)から借りてきた。

 この本では主に金物(ハードウェア)が扱われている。ソフトウェアやサービスについても少しページが割かれているが、ちょっと物足りない。もの・こと分析では「ムダを省くこと」ではなく、「要のもの・ことをつかんで、できるだけシンプルにする」ことを重視する。これはわれわれにとっても本質的な点だ。

 さて、開発の価値「v1」、Aさんのアイデアの価値「v2」、動くソフトウェアの価値「v3」はいくらになるだろう。「v1」はわれわれがいただくおまんまに相当することになる。最も単純に考えれば、

v1 = v3 - v2

となる。とすると、次に「v3」と「v2」はいくらになるだろう。まず「v3」を考えるにはこのソフトウェアの立ち位置を考えなければならない。

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 この図でBさんはAさんの旅行代理店の顧客だ。いままで出張の1週間前には日程を決めなければならなかったのが、このシステムを使うことによって、日程は1日前に決めればよく、経費も10%下げることができた。とすると、v3 = v5 - v4ということになる。

v1 = v3 - v2 = v5 - v4 - v2

 もちろんBさんの出張も仕事だから、何かから何かへの変換に違いない。「v4」と「v5」はその変換の価値によって決まるはずだ。

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v5 = v9 - v8, v4 = v7 - v6

v1 = v5 - v4 - v2 = v9 - v8 - (v7 - v6) - v2

 「v2」も同じ。以下いつまでも続く。下にも続くし、上にもあるだろう。Bさんの仕事もいつかは回り回って、われわれの開発に価値を与えてくれるかもしれない。もちろんこの図は世の中というものを極端に単純化している。それでもこんなにややこしいのである。だから、この考え方だけではわれわれがいくらお金をちょうだいするのがちょうどいいのかは、永遠に決まりそうにない[注]。どこかでえいやっと決めるしかないのだ。残念ながら……。


<注> しかし、こんな難問に果敢に挑んでいるプロジェクトもある。PICSY(Propagational Investment Currency System、伝播投資貨幣)である。いまの貨幣システムにすぐに取って代わるとは思えないし、いろいろな問題も山積であるが、本質的な何かに触れているような気がする。


とはいえ、いままでの議論からいくつか分かることもある。1つは、ここには価値の流れ(というよりも実際には価値の網の目というべきか)があるということだ。

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 何を価値とするかはそれを受け取る人(ここではAさんやBさんなど)によって異なるのだけれど、どんな価値にしろ、価値の流れがなければ、仕事(われわれにとっては開発業務)というものは意味がないのである。

 もう1つは、この中から1つの変換過程だけを取り出して見たとき、

  • 始めのモノ(の状態)と終わりのモノ(の状態)をうまく適切に定義すること
  • 変換過程(コト)をできるだけシンプルでスピーディにすること

だ。なぜならそれが価値の流れを決定するから、この流れの中に「詰まり」があると、その流れはやがて干上がってしまうか、あふれてしまう。あるいはやがて、その詰まりをよけて新しい流れができるかもしれない。

 ここまでは「価値の流れ」というものを見てきた。しかし、実はここに流れているのは価値だけではない。価値の流れに沿って(方向は逆の場合もあるし、別の経路をたどる場合もあるかもしれない)さまざまな流れがある。だからこそ価値も流れる。そういう意味では、価値の流れは単純な川(stream)というよりは、電流や血流に近いのかもしれない。

 まず、たいていの商業的な開発の場合には「お金」、あるいはそれに相当する何らかの報酬が価値の流れとは逆方向に流れているだろう。この2つの流れはバランスしていなければならない。しかし、それだけではダメで、価値の流れには次のようなものが流れているはずだ。

  • 制約
  • 情報、暗黙的/形式的知識
  • 信頼
  • 感情
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 制約は価値の流れと同じ方向に流れる場合もあれば、逆方向に流れることもある。制約の多くは技術的なものであったり、政治/制度/ポリシー的なものであったりする。制約の流れは目に見えない、伏流である場合の多いことが問題を困難にする。価値の流れを良くするためには、それに伴うこれらの流れも良くすること、透明度を上げることが重要になるだろう。

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