こんな行為はパワハラですよ!読めば分かるコンプライアンス(5)(2/4 ページ)

» 2008年05月20日 12時00分 公開
[鈴木 瑞穂,@IT]

やっぱり反省しない鬼上司

講師 「……というわけでありまして、パワーハラスメントは、部下のモチベーションを低下させ、職場の雰囲気を重苦しくさせ、最終的には生産性の低下をもたらすものであります。皆さまは業務ラインのマネージャの方々だと伺っております。部下を持つ管理職として、本日の講義を参考にしていただいて、パワーハラスメントのない職場を実現していただきたいと思います。これで、私の本日の講義を終わりとさせていただきます。ご清聴ありがとうございました」

 グランドブレーカーのトレーニングセンターでは、ちょうど『パワハラ研修会』が終わったところだ。

 壇上では産業カウンセラーの資格を持つ講師が、受講生であるマネージャ連中に頭を下げ、マネージャ連中はおざなりの拍手を送っていた。

 鬼河原は、両腕を組み、天井を見つめながら思った。

鬼河原 「(講師は気楽でいいよな。なんかの本で仕入れた知識を、さも自分の考えのようにしゃべっていればいいんだからな。現場を知っているのかよ! こちとら、客を相手に切った張ったの真剣勝負をしてるんだ。部下は思い通りに動かない、客は勝手なことをいってくる。そんな状況でコンプラもテンプラもねぇってんだ。コンプラを守れば客がカネを払ってくれるとでもいうのかよ? 客は成果にカネを払うんだ。成果を出すために部下に活を入れるのをパワハラだというのなら、中途半端な成果で構わないってことか!? 部下のモチベーションが低下する? そもそも、間違いを指摘されてやる気をなくすようなやつはコンサルタントの資格がねぇんだよ。職場の雰囲気が暗くなる? 職場は仲良しサークルじゃねってんだ。生産性が低下する? 生産性を下げないように活を入れてんだろうが。まったく、くだらん!)」

 磯崎が予言した通り、鬼河原にとって『パワハラ研修会』は何の役にもたっていないようである。マネージャ連中の最後に、鬼河原は『パワハラ研修会』のテキストを机の上に置いたままトレーニングセンターを後にした。

これがパワハラだ!

 『パワハラ研修会』が行われてから数日後。

鬼河原 「成瀬、ちょっとミーティングルームに来い!」

 応接室でクライアントと今後の業務の打ち合わせを終え、エレベーターに乗り込むクライアントを最敬礼で見送った直後、鬼河原は成瀬にそういって、ミーティングルームの方へ歩いていった。(またかよ、今度は何だってんだ?)暗い気持ちを引きずりながら、成瀬はその後をついて行った。

 鬼河原も心中穏やかではなかった。このクライアントとの打ち合わせの直前、サービスグループ部長に呼びつけられて、鬼河原チームの残業代はここ数週間で2倍にも増えていて、サービスグループ全体の利益率を圧迫し始めている、チームの動きをマネージできていないのではないか、マネージャとしてしっかりやってもらわないと困る、と怒鳴られてきたばかりだったのだ。

 ミーティングルームのテーブルにつくなり、鬼河原は成瀬に向かって投げ付けるようにいった。

鬼河原 「お前はバカか?」

成瀬 「は?」

鬼河原 「は? じゃねぇよ! 何なんだよ、さっきの説明は!? スケジュールを守るためには昼夜分かたず働かせていただきますだと? おれのチームメンバーは、精神論だけで突っ込んでいく日の丸特攻隊じゃねぇんだ、深夜まで働きゃ残業代が出るだろうが! 残業代が増えたからって報酬を増やしてくださいとはいえねえだろ! そうすりゃ、会社の利益率が下がるってことは、小学生でも分かることだろ! お前のオツムは小学生以下か!?」

成瀬 「そ、そ、そんなぁ……。今回の第2フェイズのキックオフミーティングで、『とにかく進ちょく度重視で行く、連日残業も辞さないからそのつもりでいろ』っていったのは、鬼河原さんじゃないですか。あの時私が第1フェイズでも残業が多かったから、第2フェイズではメンバーの体調を考えなければならないといったけど、鬼河原さんはそんな甘い考えでどうする、進ちょく度重視のスケジュールで行けって命じたじゃないですか!」

鬼河原 「成瀬、じゃ何か? お前はおれがあいつを殺せといったら殺すのか? 何でもおれのいう通りにするってのか? 進ちょく度重視イコール残業ベースということじゃあるまい? シニアにまでなって、そんなことも分からないのか! おれは、そろそろお前もそのくらいのことは分かっているだろうと思ってスケジューリングを任せていたんだが、どうやら買いかぶりだったようだな!」

成瀬 「キックオフミーティングの後でスケジュール案をレビューしてもらったとき、鬼河原さんは、まだ残業を避けた線引きにこだわってるのか、それでクライアントの期待を上回る成果を上げられるのかって、却下したじゃないですか! あのスケジュール案がダメなら、基本的に残業ベースのスケジュールしかないじゃないですか!」

鬼河原 「そこを工夫するのがシニアの役目だろうが! その工夫ができないから、お前はいつまでたってもマネージャになれねぇんだよ! まったく、一から十まで、手取り足取り教えなきゃ何もできねぇのか? お前はこれまで、いつも親からああしろこうしろといわれてきたんだろう。そんでもって、これかからはかみさんにああしろこうしろといってもらうんじゃねぇのか? まったく情けねぇ人生だな、え?」

成瀬 「私の人生と仕事は、関係ないじゃないですか!」

鬼河原 「一事が万事って言葉を知らないのかね、君は? そんな情けない人生を送るようじゃ、いつまでたってもシニアのままでマネージャにはなれねえんだってことをいってるのが分からないのか? ……。なんだ、その目つきは?」

成瀬 「あ、あ、……あなたにそこまでいう資格はありませんよ。あ、あ、あなたが残業ベースのスケジュールを指示したのは事実だ。それなのに今度は、その指示通りにした僕を非難する……。いったい、何のためですか? 今回だけじゃない。僕がこのチームに移籍してきた時から、何かっていうと自分の思い通りにさせようとしたし、僕がそれに従わないと、バカだアホだとわめきちらすし……。自分がマネージャだってことを押し付けたいだけじゃないですか!?」

鬼河原 「だからバカだっていうんだ! 上司の叱咤(しった)激励が分からないようじゃ……」

成瀬 「そんなのは叱咤激励じゃない! ただのパワハラだ! 僕はパワハラ上司の下ではやっていけません!」

鬼河原 「何ぃ、パワハラだとぉ? まったく最近のやつらは、ちょっときついことをいわれるとすぐにパワハラだとわめきやがる。じゃあ聞くが、パワハラの定義をいってみろ。いえるか? いえないだろうが! パワハラの定義もいえないくせしてパワハラだとかいうんじゃねえ! パワハラといえば上司がビビルと思ったら大間違いだ! ……。なんだよ、どこに行くんだ? 話はまだ終わっちゃいねぇんだぞ、おい、成瀬!……」

 成瀬は、震える手で自分の書類をまとめるとさっと立ち上がり、まだわめき散らしている鬼河原を残して、ミーティングルームから出て行った。

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