事の本質を見極めよう何かがおかしいIT化の進め方(37)(2/3 ページ)

» 2008年06月23日 12時00分 公開
[公江義隆,@IT]

「思考すること」を放棄した現代人

 こうした中、「インターネットをどう位置付け、方向付けるか」は、いま、われわれの考えるべき重大問題である。広告収入に頼る商用サイトは加入者数や閲覧数を重視せざるを得ず、多くの面でマスコミ的だ。テレビは頭を使わなくさせてくれたが、例えばインターネット通販のように、こちらは体を動かす必要まで省いてくれる。

 ミニコミ的、あるいはその延長線上のものとしてインターネットを見れば、また別の側面が浮かび上がる。例えば、隠蔽(ぺい)されていた独裁政権国の内情や企業内の不正など、従来なら知り得なかった情報を入手できるようになった。この点で、「権力の不正に対する強力なけん制手段」という側面が評価される一方、「いじめや不正の温床」といったマイナスの側面が問題となっている。インターネットの「匿名性」から生じたトレードオフ(二律背反性)である。トレードオフに対しては、自分はどちらに重点を置くかを決めたうえで、他方に対するリスクへの覚悟と対策を実行しなければならない。

 情報源としてのインターネットも同様だ。玉石混交のデータベースとして、使う人次第で知を高めるツールにも、思考力や想像力の退化を助長するメディアにもなり得る。最近の学生に課題を出せば、唯一の正しい答えがネットの彼方にあると信じているような行動を取る学生が多い。調べることには熱心でも、自ら考えるという習慣がないようだ。「答えはあなたの頭の中にある」といってもピンとこないらしい。想像する、仮説を立てる、考えるといった訓練が圧倒的に不足しているのだ。

 企業も同じような状況にある。情報活用・共有といった掛け声に応じて、IT関係者は「データベースの整備がその答えだ」といった行動に走りがちだ。だが、「問題意識を共有しよう」「問題解決への意欲を持とう」「仕事の質と能力を向上させよう」──すなわち「自ら考えよう」といった意識が社員になければ、IT部門が準備したデータの入れ物は、ただのごみ箱か、成果が上がらないことへの文句や言い訳のよりどころになる。教育・訓練により、自ら想像し、考える習慣を身に付けさせていかなければ、情報活用・共有への期待とは逆の結果を招くことになる。

複雑に見える問題こそ、本質を吟味しよう

 一連の食品期限偽装事件の中、責任を取って辞めた三重県の某老舗店の会長は、記者会見の席で、「すべての問題の根源は、鮮度を求める商品を大量生産・大量販売することに決めた自分の間違いにあった」と述べていた。

 企業の経営は常にトレードオフという問題を抱えている。成功の道を駆けているつもりの足元で、油断やおごりなどリスク要因もまた成長している。20〜30年前の意思決定にまでさかのぼって反省の弁を述べたこの経営者は、事件の後、「質」と「量」の問題について、よほど悩み、考えたのであろう。

 筆者の自宅近くには、かなり名前の売れたフランスパンの店と洋菓子店がある。前者は開業30数年、フランスパン作りの伝統を守り、無添加と素材を生かした味で顧客から長年の信頼を得ている。ほかの地域にも数店の展開をしてはいるが、店にはパンを焼く工房を置き、焼きたてのパンを店頭に並べるという方針をかたくなに守り抜いている。もし成長を望み、このような方針にこだわらなければ、いまよりひと回りは大きな規模に成長させることも可能であったかもしれない。

 一方、パン屋と同じころにできた洋菓子店は、女性雑誌への紹介記事掲載などイメージ作りがうまかった。しかし名前が売れ始めたころ、デパート進出、全国展開など、大量販売への成長路線を歩み出し、工場での大量生産に移行した。このころから微妙に味が変わっていったように感じ、何となく足が遠のくようになった。

 職人のこだわりで実現できていたことが工場での生産に十分反映できなかったのかもしれないし、あるいは輸送や保管など、新たに発生する問題に対して、日持ちを確保するための材料変更や添加物が必要になったのかもしれない。この店もハイイメージのブランドは維持しながら、現在も量的成長を続けている。

 「質」と「量」の問題は、経営戦略的にはトレードオフの選択として扱われる。しかし、これも実は「本質」の問題である。経営者が商品の本質をどう考えたか、企業の目的をどう考えたか、という経営理念の問題なのである。

 前者のパン屋にとっては、「おいしいパン」が最優先事項となっている。後者は「より多くの消費者に……」との考えはあっても、品質は一定水準を維持していれば良しとする成長・業績重視の米国流の考え方が強いように思う。見方を変えれば誰をお客さんと考えるかという問題でもある。

 昨今、マスコミや評論家が絶賛する企業の成功事例は、ほとんどが後者のパターンであるが、これからの日本にとって本当にそれでいいのだろうか。そこにはもっと多様な成功への選択肢があるはずなのだ。

モグラたたきのIT業界

 IT業界はどうであろう。筆者には、大も小もほとんどが後者のような考え方で、必要以上の苦労をしているように見えて仕方がない。

 また、ITのように新しい分野では、上記のような質と量のトレードオフに加えて、自己矛盾を抱えているようなケースもときに見られる。SNSなどはその典型例であろう。インターネット上のコミュニティの参加者を知人やその紹介者に限定することにより、匿名性に潜む危険を排除するというのが売り文句であった。しかし、その一方で、友達が増え、友達の友達が参加して、会員が増え、コミュニティが大きくなり、複数のコミュニティに参加する人が増えて、全体の規模が増大することを期待している。

 時の法務大臣の友達の紹介でもアルカイダかもしれない世の中なのだ。 多少言い過ぎになるかもしれないが、SNSはその仕組みとして「発展すれば特長を失う」という矛盾をはらんでいる。

 また、IT分野では十数年のサイクルで、同じような内容の考え方や手法が、新しい言葉や表現にレーベルを張り替えて、目先の問題の救世主のようにして紹介される。目先の問題は解決しても、それが別の問題を作る要因になっているといった連鎖──モグラたたきの構造には注意しておかなければならない。新しい名前のものに慌て飛びつくことは禁物だ。

 このように、トレードオフの関係にあったり、自己矛盾を抱えていたりと、物事は一見、複雑に見えるかもしれない。だが、事を運ぶうえで、そんなにうまい方法や、抜本的な新しい考え方などそうあるものではない。自ら考える姿勢を保ち、目先の話をうのみにすることなく、まずは事の本質をじっくりと吟味すべきである。「本質」は常に単純である。

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