ヤクザが会社にやってきた! どうする?読めば分かるコンプライアンス(7)(2/4 ページ)

» 2008年08月05日 12時00分 公開
[鈴木 瑞穂,@IT]

ヤクザがイチャモンをつけてきたぞ!

 応接室に入ってみると、1人の男性が長い足を組み、ソファーの背もたれに両腕を乗せ、くわえたばこで天井を見つめていた。体つきは細身で身長はおよそ175cm、顔つきはキツネがクシャミを我慢しているような細面で、髪形は軽くウェーブのかかった長髪をオールバックにしていた。

 年齢は赤尾文子がいったように、30歳前後のようだった。しかし、その年齢に似合わず、服装は確かにフツーではなかった。黒地に鈍い銀色のストライプの入ったスーツの下にはグレーのワイシャツとペイズリー模様のネクタイ、足元は黒のストッキングに黒のエナメルの靴で固めていた。橋本は、38歳の自分の方が明らかに年長であると思いながらも、どことなく気おされてしまっていた。

橋本 (これはやはり、ヤクザみたいだな……。参ったなぁ……)

橋本 「初めまして。グランドブレーカーの橋本と申します。ここの長野分室を取り仕切っております」

 といって、橋本は名刺を差し出した。清水は特に急ぐふうでもなくたばこを灰皿できちょうめんにもみ消し、ゆっくりと立ち上がって橋本の名刺を受け取った。

清水 「これはどーも、大東亜商会の清水です。よろしぅ、お見知りおきを……」

 そういって差し出した名刺には、『大東亜商会株式会社 営業部長 清水政男』の名前が、縦書きの行書体で記されていた。

 しかも、会社のロゴか何か分からないが、会社名の上部に一見すると菊の御紋のような模様が金色で印刷されていた。住所の番地や電話番号、ファクス番号は漢数字で表記され、妙なことにいまでは常識のようになっているメールアドレスは表記されていなかった。単なる流行遅れのデザインというよりは、一種異様な雰囲気を漂わせている名刺だった。

橋本 「それで、清水さん……。本日はどういったご用件でしょうか」

清水 「その前に、橋本さん。名刺には『マネージャ』とありますが、ここの責任者ということでよろしいんですか?」

橋本 「あ、は……。はい」

清水 「そうですか。責任者ということでよろしいんですな。分かりました。時に、橋本さん、御社は最近この街で商売を始めたようですなぁ」

橋本 「え、ええ、この分室は2カ月ほど前にオペレーションを始めていますが、それが何か…?」

清水 「オペレーション…て、あぁた、日本人なら日本語で語らんかいな。要は、2カ月前にこの部屋を借りた……と、そういうことですわな」

橋本 「は、は、はい」

清水 「いえ、実はね、このビルのオーナーはウチの社長の古い友人でしてね。最近、6カ月という短い期間で部屋を借りた会社があるんだが、期間が中途半端で困っている。とこぼしてたんですわ」

橋本 「は、はぁ……」

清水 「そこで御社のことをインターネットで調べてみたんですけどね。これがさっぱり分からん。コンサルティング……ですか。失礼ながら、御社は何で銭を稼いでるんでしょうかねぇ?」

橋本 「はい、当社は、ファイナンス、アカウンティング、ヒューマンリソース、サプライチェーンなど、企業のファンダメンタルなファクターについてのユニークなソリューションを提供し、それをソフィスティケートされたITテクノロジでシステム化し、クライアントのワークフィールドにインストールすることにより、クライアントのプロダクティビティの向上に貢献しております。はい」

清水 「……。よくまぁペラペラと……。自分で何いってんのか、分かってんのか? 要は、客の要求に従ってソフトウェアを開発して納める……と、そういうことだろうが」

橋本 「はぁ、まぁ、簡単にいうと、そうなりますか」

清水 「だったら……だ。客にソフトウェアを納めたら、後は何があっても知りませんてわけにはいかねぇだろう。その、何だ、そう。アフターケアってやつが必要になるんじゃないのか?」

橋本 「はぁ、いつもというわけでもありませんが、時と場合によっては……」

清水 「時と場合によって……とは、これまたずいぶんと無責任なご発言ですなぁ。ソフトウェアを作りました、納めました。後は自分で面倒見なさい、はいさよなら、はないだろうが」

橋本 「い、いえ、何も、そのようなことは……」

清水 「橋本さん!」

橋本 「は、はい」

清水 「あぁた、瑕疵(かし)担保責任て言葉、知ってますか?」

橋本 「かし、たんぽ、せきにん、ですか?」

清水 「そう。……何、知らない? いかんですなぁ。瑕疵ってのは、平たくいえば、欠陥ですわな。あんたらの商売は請負契約になるんですぜ。請負人が納めた成果物に欠陥があれば、請負人はその欠陥を修理しなければならないし、下手すりゃ、損害賠償を払わなくちゃならない。民法の634条によれば、請負人は成果物を納めてから1年間はその責任を持つとされてんですよ。あぁたね、英単語をペラペラとしゃべってるのもいいけど、日本のビジネスマンとして、民法ぐらいは知ってなきゃだめでしょうが!!」

橋本 「は、はぁ。(やばい。まったく知らなかった。予想外の事態だ。こいつ、何で法律を知ってるんだ?)」

清水 「はぁ……。じゃなくて。だからいってるだろう。成果物を納めてから1年間は瑕疵担保責任があるって。なのに、何でこの部屋の賃貸期間が6カ月なんだ? おかしいだろうが」

橋本 「い、いえ、でも、その……。成果物といっても、今回のジョブのプロダクトはあるべきエバリュエーションシステムについてのレポートでして、だから、その、欠陥とかそういったものは想定されないわけでして……」

 その時だった。いきなり清水が拳でテーブルをドン!とたたいてまくしたてた。

清水 「黙っておとなしく聞いてりゃつけあがりやがって! 欠陥は想定されないだと! ふざけんのもいい加減にせぇや!」

 まるで人が変わったように、それまでの物静かな語り口をかなぐり捨てて大声で怒鳴り、みけんにしわを寄せながら橋本をにらみ付け、上半身をぐいっと乗り出してきた。橋本は度肝を抜かれてしまい、すっかり落ち着きを失って、頭の中がパニック状態になってしまった。

橋本 「え、あ、あの、ど、どういった、こと、でしょう……」

清水 「どういったもこういったもねぇんだよ。瑕疵担保は企業の社会的責任だろうが! それを半年でずらかろうったって、そうはいかねぇんだよ。この部屋の賃貸期間を少なくとも1年間にしなきゃなんねぇんだよ。それが真っとうな会社のやるこった!!」

橋本 「そ、そういわれましても、私の一存でどうにかなるわけでもないし……」

清水 「橋本さん、一番最初に確認しただろうが。あぁたはマネージャでここの責任者だって!」

橋本 「で、ですから……。マネージャといいましても、業務のクオリティに対するマネジメントでありまして、経営に関するデシジョンメーキングはアウトオブスコープでありまして……」

清水 「(バン!とテーブルをたたきながら)四の五の四の五のとうるせぇんだよ! 日本語でいえ、日本語で! とにかく、おたくは、社会的責任を果たすためには、賃貸期間を1年間にしなきゃなんねぇんだ。それを6カ月でとんずらしようなんてのは、コンプライアンス違反もはなはだしいってもんだ! いまのご時世、コンプライアンス違反のレッテルを張られるとどういう結末になるか、それぐらいは分かるだろう!!」

橋本 「で、ですから、私の権限ではいかんともしがたく……」

清水 「それと、おたくの室内、なんとも殺風景だわな。期間を1年間にするとなると、こんな殺風景のままだと、女性社員がかわいそうだ。観葉植物の1つや2つも欲しいというもんさね。そんときゃ、レンタルグリーンのいい業者を紹介してやるよ。それから、期間を1年間にするとなると、街の様子も詳しく知らなきゃ商売に障りがあるってもんさね。そんときゃ、情報誌の会社を紹介してやるよ」

橋本 「な、何度もいうように、その、つまり……」

清水 「いいかい、橋本さん。お宅は地元の人じゃないから知らないだろうがな、うちの社長は県議会議員の大山先生と懇意なんだよ。それからな、稲山会と関係のある会社の会長さんとも懇意なんだ。お宅がこの街で商売をやってくうえで、うちの会社を敵に回すと何かと困るぜ。だけどな、うちの会社と懇意になれば、逆にいろいろと便利なことがある。それもこれも、おたくの対応1つにかかってるんだ。ここは1つ、誠意のある対応を見せてもらいてぇもんだなぁ」

橋本 「誠意……。といわれましても……。どのような対応が誠意になるのでしょうか?」

清水 「(ニヤニヤしながら)笑わせてくれるじゃないの、橋本さん。おれの顔は笑ってても目は笑ってねぇぜ。誠意の中身を考えるのは加害者の責任だろうがよ!」

橋本 「え、あ、その、本社と相談したうえでないと、私の一存では何とも……」

清水 「チッ、チッ、チッ、橋本さんよ! 民法だよ! 瑕疵担保責任だよ! 本社と相談なんて、そんな寝ぼけたこといってると、責任がどんどん重くなってくぜ! それに、橋本さん、あぁたはここの責任者だろうが! 責任者っていうからには、決裁権限を持ってるんだろうが! それとも何かい、責任者ってのはうそだってのか!」

橋本 「い、あ、そ、そんな大声を出さなくとも……。静かに話し合えば、その、あの……」

清水 「何いってんだ? 話し合ってねぇのはそっちだろうがよ。責任者のくせして、本社と話さなきゃ誠意もみせられねぇなどと寝ぼけたこといいやがって! 話し合いてぇんだったら、さっさと誠意を見せろってんだ!」

橋本 「で、で、ですから、その……。前向きに対処したいと思いますが、なにぶん、やはり、本社とも擦り合わせをしないといけない部分もありましてですね、ですので……」

清水 「ほほう、前向きに対処する……ねぇ。ということは、誠意ある対応をしていただけるということですな。で、どんな対応でしょうかねぇ?」

橋本 「で、で、ですから、その……、本社とも相談したうえでお答えしたいと……」

清水 「(どっかとソファーにふんぞり返って)まったく、ガキの使いじゃあるめーし、本社、本社と泣き付きやがって……。こちとらも忙しいから、今日のところはこれで勘弁してやるよ。でもなぁ、あさっての同じ時間にまた来るから、そのときには責任者として責任あるご回答をお願い致しますよ。それでは、今日はこれで失礼しましょう」

 というなり、ふぬけた表情でソファーに座り込んでいる橋本を残して、清水は涼しい顔で応接室を出て行った。

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