ヤクザが会社にやってきた! どうする?読めば分かるコンプライアンス(7)(4/4 ページ)

» 2008年08月05日 12時00分 公開
[鈴木 瑞穂,@IT]
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ヤクザにはこうやって対処しろ!

 2日後の11時。小林と最後の打ち合わせをしていた橋本の所に赤尾文子がやってきた。

赤尾 「橋本さん、来ましたよ。応接室に案内しました。それと……、今日は2人でお見えです」

橋本 「2人で…?」

小林 「橋本さん、1人でも2人でも本質は一緒です。打ち合わせ通りに対応しましょう」

橋本 「そ、そうだな、分かったよ、小林くん。じゃあ、行こうか。レコーダーは持ったかい?」

赤尾 「ええ、胸ポケットに入ってます。応接室に入るときにスイッチを入れます」

橋本 「何かあったときの重要な証拠……、だったよな。頼むよ」

 橋本と小林が応接室に入ると、清水ともう1人の男がソファーにふんぞり返っていた。

清水 「これはこれは、橋本さん、お邪魔していますよ。おや、今日はお2人ですか」

橋本 「ええ。こちらは本社法務部の小林です」

清水 「……。まぁ、いいでしょう。こちらも、上司の霧島が同席させていただきますから」

ALT 清水 政男

 霧島という男は、服装の傾向は清水と同じだが清水よりも体格がよく、車に例えると、清水がクーペで霧島はダンプといったところだった。そして何より、ヤクザ映画の悪役が抜け出てきたような、見るからに凶暴そうな人相だった。

橋本 (ビビるな、ビビるな……)

 心の中で念仏を唱えながら、橋本と小林は、清水・霧島と名刺交換を行った。霧島の名刺には『営業本部長』とあった。

橋本 (どうせこれも、意味のない、はったりの肩書だろう)

清水 「で、橋本さん。御社の誠意の中身はどうなりましたかねぇ」

橋本 「ええ、まず、賃貸期間の延長の件ですが、当社では期間を延長する気はありません」

清水 「(いきなり、バン!とテーブルをたいて)なんだとぉ! 瑕疵担保責任はとらねぇってことか? いい根性してんじゃねぇか、ええ!?」

橋本 「いえいえ、瑕疵担保責任はとらないなどとは、これっぽっちもいってません」

清水 「(バン!とテーブルをたたいて)橋本さんよぉ。おとといもいったけど、民法で瑕疵担保責任の期間は1年間となってるんだぜ!」

橋本 「確かに民法634条ではそうなっていますが、それはあくまで『契約当事者同士で瑕疵担保責任の存続期間を定めていないときには1年間としましょう』ということであり、契約自由の原則により、瑕疵担保責任の存続期間は当事者の合意によって自由に決められるのです」

清水 「……」

橋本 「それに、当社がこの長野で行っている業務は、クライアントから依頼された事柄の報告書を作成することであって、基本的に欠陥が想定されるものではありません」

清水 「……。しかし、なんだ……。この街で商売していくからには……」

橋本 「観葉植物や情報誌のことをおっしゃっているのであれば、それについても、当社としては、現時点では観葉植物も情報誌も必要とは思っておりません」

清水 「……。とにかくだ! その、だから……。民法の精神を無視して、瑕疵担保責任をまっとうできないような期間を前提にしてビジネスをしようというのは、企業の社会的責任を放棄することになるし、おたくとしては誠意を見せなければならないんだよ!」

 その後も、清水のいうことは、「誠意を見せろ」「社会的責任を取れ」「筋を通せ」の繰り返しだった。

 それに対して橋本は、小林と打ち合わせた作戦通り、「民法の瑕疵担保責任については正しい解釈で臨む」「相手のいう誠意・社会的責任という言葉は無視する」「相手に金銭要求の言辞をいわせれば恐喝罪が成立して、当方が勝つ」という要点を外さずに対応した。

 途中、清水は何度もテーブルをたたき、声を荒げた。霧島も、ここぞという時にぐっと身を乗り出してにらみ付けてきた。橋本は「相手の威嚇に怖がらない」という作戦に従って、テレビドラマを見るようなつもりで、清水がテーブルをたたく音や霧島がにらみ付ける目つきを眺めるように心掛けていた。

 会談が1時間を過ぎたころ、隣の小林が目配せしてきた。最後の作戦、「並行線になったら、毅然として拒絶する」に移るころ合いだった。

橋本 「清水さん、弊社として申し上げられることはすべて申しました。これ以上、申し上げることはございませんので、お引き取り願います。弊社の対応にご不満がおありでしたら、法的手続きによってください」

清水 「あいにくですが、橋本さん。こちらは誠意を見せていただくまで、もっとお話ししたいたいんですがねぇ」

橋本 「お引き取り願えないのであれば、刑法130条の不退去罪で警察に連絡を取らせていただくことになりますが……」

霧島 「何だと、このヤロウ! 警察を呼ぶとはバカにしてんのかぁ!?」

 それまではただにらみを利かせていただけの霧島が、いきなり怒鳴り出して立ち上がりかけた。それを見た清水が慌てて霧島の腕を引いて、あきらめたような表情でいった。

清水 「そうですか。それでは今日のところはこれで帰るとして、またあらためて連絡させてもらいますよ」

 事務所を出て霧島と一緒にタクシーに乗り込んだ清水は、携帯電話で「上司」に報告をいれた。

清水 「もしもし、片桐の親分ですかぃ、清水です」

片桐 「おう、どうだった」

清水 「ダメでした。橋本のバックにゃ、相当の軍師がいますね。あそこは付け込むすきがありませんや。これ以上つついても費用対効果なしですわ」

片桐 「そうか。それならしゃーねーな。そこはもういいだろう」

清水 「はい。これから、次のカモの事務所に向かいますんで」

片桐 「おう。頑張れや」

清水 「へい。では」

 清水と霧島が立ち去った応接室では、ぼうぜんと天井を見つめている橋本の隣で、小林が赤城に電話で報告していた。

小林 「はい。赤城さんの指摘したポイントを守って、はい、はい。橋本さんは毅然とお断りしましたよ。はい、成功したと思います。赤城さんのおっしゃる通り、あの連中、付け入るすきがないと判断したでしょうから、もうここには来ないでしょうね。ええ、ええ。……え? 橋本さんですか? いまここで、燃え尽きたような顔で天井を見ていますよ。……はい、そう伝えておきます。では」

橋本 「赤城さん、何だって?」

小林 「橋本さんのおかげでグランドブレーカー家は守られた、お疲れさまでしたっておっしゃってました。僭越(せんえつ)ながら、私も橋本さんは勇敢だったと思います」

橋本 「背中は汗びっしょりだし、足はまだガクガクしてるけどね……」

小林 「ほんとに、お疲れさまでした!」

この作品はフィクションです。実在の人物、団体などには一切関係ありません。

【次回予告】
 企業舎弟(ヤクザ)が突然会社にやって来てしまったグランドブレーカー。企業舎弟は、さまざまな方法を用いて企業へ入り込もうと画策しています。

 今回の橋本マネージャのように、優柔不断な対応を取っているとかなり危険であることが分かりました。次回は、この話の中に「どんなコンプライアンスの問題が潜んでいるのか」を、筆者が分かりやすく丁寧に解説します。なお、次回は8月6日に掲載予定です。お楽しみに。

著者紹介

▼著者名 鈴木 瑞穂(すずき みずほ)

中央大学法学部法律学科卒業後、外資系コンサルティング会社などで法務・管理業務を務める。

主な業務:企業法務(取引契約、労務問題)、コンプライアンス(法令遵守対策)、リスクマネジメント(危機管理、クレーム対応)など。

著書:「やさしくわかるコンプライアンス」(日本実業出版社、あずさビジネススクール著)


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