頑固オヤジを口説くには美人広報を使え目指せ!シスアドの達人−第2部 飛躍編(19)(3/4 ページ)

» 2008年09月01日 12時00分 公開
[森下裕史(シスアド達人倶楽部),@IT]

行き詰まった男の前に女神が降臨

 緊急会議の翌日から、名間瀬と伊東は精力的に関係部署を回った。

 名間瀬のまとめたヒアリング項目は、ユーザーから集めたシステム課題管理表の中で、ユーザーが既存業務に固執しているために効率化が阻害されている部分について、ユーザーを刺激しないようにしながら、うまく納得してもらえるような巧みな文章でまとめてあった。

 名間瀬はユーザーの要求とシステムのかい離は、既存業務への固執がかなりの部分を占めており、固執を取り除くことがシステム開発の援護になると考えたのだ。

 坂口も同様の考えを持っていたが、既存の業務手順と課題管理表を比較するまでの余裕はなかったのである。名間瀬はざんげの意味も込めて、子会社への出向中に休日返上で既存業務手順を見直しており、関連業務の流れが把握できていたので、短期間に修正できたのだ。PMP取得の効果が、今回の活躍に一役買っていたのはいうまでもない。

 伊東は配送センターや工場など外回りを積極的に行っていた。配送までの納期短縮には配送センターや工場の協力が不可欠である。しかし、本社と違い、慣れた業務手順を変更することにはほとんどの社員が抵抗を示した。

 その中でも工場での抵抗が大きく、伊東が何度お願いしても、システム概要すら聞いてもらえないありさまだった。特に角野工場長は、たたき上げのベテランであり、伊東は門前払いを食らっていた。坂口も製造部の藤木から工場が最大の抵抗勢力であることを聞いており、IT企画推進室で作戦を練っていた。

伊東 「すいません、力不足で……」

坂口 「いや、あの工場長は藤木さんでも難しいといっていたのだから仕方がない。とはいえ、このままだとシステム導入すらままならないぞ」

伊東 「西田副社長に、お力をお借りするわけにはいかないんでしょうか」

坂口 「いや、おれも頑固な方だから分かるが、そういう裏の手を使うと、あの手のタイプは余計に話がこじれる。正面からぶつかるしかないだろう」

伊東 「僕では木っ端みじんです」

坂口 「う〜ん、おれと名間瀬さんと3人で行ってもいいけど、複数人で行くのも神経を逆なでしそうだしなぁ」

伊東 「えぇ?、3人でもダメですか。うん? 3人って僕も入っているんですか?」

坂口 「当たり前だろ! 担当が行かなくてどうするんだ!」

 伊東は、常に自分を先頭に立たせてくれる坂口に感謝していた。

 前なら、坂口が1人で乗り込んで解決していたことも、必ず自分を連れていき、あくまで担当者の上司という振る舞いをしてくれていることに、責任と誇りを感じていたのだ。そこへ、マスコミ対応をまとめた資料を持って加藤が入ってきた。加藤は一礼すると坂口に資料を渡した。

加藤 「坂口室長、マスコミ対応一覧表です。やはり、商品の納期短縮の話が多いですね」

坂口 「やはり、そこをクリアしなくては、このプロジェクトの成功はないなぁ……」

伊東 「でも、あの工場長は話も聞いてくれませんよ」

加藤 「工場長ってどなたですか?」

伊東 「角野工場長です」

加藤 「あっ、その方なら社内報でインタビューしたことがありますよ。職人気質の方ですよね。最初はインタビューの依頼も、なかなかOKを頂けなかったんですよ。伊東さん、お会いしに行ったんですか?」

伊東 「な、何度も工場には行ったんでしゅ……。でも、いつもいつも目が合うなり『こっちに来るな!』って感じでにらまれちゃって……」

 シュンと、うなだれる伊東だったが、加藤はにっこりとほほ笑んだ。

加藤 「何度も行くなんて、すごいですね」

伊東 「えっ?」

加藤 「広報室のメンバーは、ほとんど1回行っただけでギブアップでしたよ。『誰か替わってくれ?』って担当が5人ぐらい替わったんです。最後は、全員総出でお願いに行ったんですよ。あの目でにらまれて、へこたれずに次も行くなんて、伊東さんって本当にいつでも何にでも一生懸命なんですね。行動力もあるし、尊敬しちゃいます」

 思いがけず優しい言葉をもらって、伊東はぼうっとしてしまった。

加藤 「確かに、あの方は少し難しい印象がありますが、おいしいビールを作る話はとても楽しくお聞きした記憶がありますよ」

坂口 「おいしいビールですか! なるほど。納期短縮はビールの鮮度にも影響するし、その線で話を聞いてもらえないかな。う?ん、ちょっとインパクトが弱いかぁ」

 坂口は腕組みをして考え込んでしまった。

 伊東もお手上げといった顔で、主人の指示を待っている子犬のようだ。その姿を見かねた加藤が少し小声で切り出した。

加藤 「あの〜、角野工場長にお話を聞いてもらうきっかけがあればいいんですよね?」

坂口 「そう。ただ、システムの話と納期短縮の話を聞いてもらえなければ、ダメなんだけどね」

加藤 「では、私がきっかけを作りましょうか?」

 加藤の切り出しに伊東は女神を見るような目で見とれていた。

坂口 「それはありがたい! でも、納期短縮の話までいけるかな?」

伊東 「坂口室長、僕にやらせてください!」

 伊東は加藤に目線を置いたまま、大きな声を出した。「伊東はいつもおとなしい人」と感じていた加藤はびっくりした。しかし、坂口はその声を待っていたかのように伊東にいった。

坂口 「伊東、できるな」

伊東 「はい、頑張りまっしゅ!」

坂口 「よし、工場のヒアリング項目を見直して、品質を意識した表現で質問できるように修正しよう。加藤さん、申し訳ないですが、角野工場長にアポイントを取ってもらえますか。もちろん、システムの話ということを伝えてください。広報室長には加藤さんが動けるように私からお願いしておきます」

加藤 「はい、分かりました。日時が決まり次第、お知らせします」

 加藤は一礼すると素早く部屋を出て行った。伊東と坂口はそのままヒアリング項目の確認を始めた。

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