頑固オヤジを口説くには美人広報を使え目指せ!シスアドの達人−第2部 飛躍編(19)(4/4 ページ)

» 2008年09月01日 12時00分 公開
[森下裕史(シスアド達人倶楽部),@IT]
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ベテラン工場長から出た起死回生のアイデア

 2日後、伊東と加藤は角野工場長の前に立っていた。

 伊東は角野ににらみつけられてコチコチに固まっていたため、加藤が角野に訪問理由を話し、インタビューのように聞き始めた。

加藤 「どうして、今回のシステム導入に反対なんですか?」

角野 「機械に操られるって感じが、どうも好きになれないんだよ」

加藤 「でも、商品納期の早期化は、工場長がいわれていた『お客さまによりおいしいビールを届けたい』という思いと、一致すると思うんですが。社内報のインタビューのときにおいしいビールの話を熱く語っていただけましたよね」

角野 「そりゃあ、そうだが……。でもな、何か勝手に上層部で決めて、これをやれっというのもなぁ」

加藤 「坂口室長はそんなことはしません。現場の希望を最大限取り入れようと奔走しています。伊東さんも工場に来て、何回も皆さんにお伺いしていると思いますが」

角野 「ああ、あのちょこまかしていたやつか。おれが遠目ににらんだら、子犬のように柱の陰に引っ込んでたぞ」

伊東 「すいましぇん、それは僕です」

角野 「お前か、あっちこっちに聞き回っていたな」

 そういって、じろりとにらみつけられると悪いことをしているわけではないのに、縮こまってしまう伊東だった。加藤は伊東を助けるように話を続けた。

加藤 「今度のシステムには社運が懸かっているんです。皆さんのお力を貸してもらえませんか。お願いします」

角野 「う〜ん、加藤さんにそこまで頼まれちゃ、断るわけにもいかないしなぁ。分かった、そこまでいうなら、少し話を聞いてやるか。ただし、妥協はせんぞ!」

加藤 「ありがとうございます。伊東さん、説明お願いします」

伊東 「はいっ、すいましぇん!」

 工場長と加藤にペコペコお辞儀をしながら、坂口と相談してまとめたシステム概要とヒアリング資料を手渡した。

 最初は横目で見ていた工場長も、伊東の熱意のある説明に少しずつ体の向きを変え、最後は前のめりになって話を聞いた。

 「納期短縮でおいしいビールを消費者に届ける」というキーワードでまとめたのがうまく心をとらえたようだ。

 もちろん、伊東もいつも以上に丁寧に熱心に説明していた。加藤に良いところを見せようとしていたのかどうか分からないが、伊東の説明ぶりに加藤も感心していた。

 伊東が汗だくで一通りのシステム概要を説明して、椅子にへたり込んだ後、角野は自分の机の引き出しをごそごそと探り、使い古したノートを取り出してきた。表には丸秘と大きく書いてある。そして、角野はぶっきらぼうに加藤にそのノートを渡した。大学ノートを何冊も束にしたような厚さだ。

角野 「お前らの熱意に免じて見せてやる」

加藤 「これは、何ですか?」

 開くと角野の書いた文字がびっしり詰まっている。ページの最初の方はまとまりのない感じだったのが、後半は書式を整えて書いてある。考えと方針がまとまってきた感じが文面からも伝わってくる。伊東が横からのぞき込むと、

伊東 「数字がいっぱい並んでいますね。えぇーと、営業依頼300、1カ月先天気予報:晴れが続く、在庫量50だと生産量350……。よく分からないなぁ」

 事細かに数字が書いてある。どうやら、生産記録のようだ。しかし、天気や営業依頼数量など生産記録以外のことも書かれているようだ。しかも、組み合わせ表のようにいくつものパターンが書かれている。

角野 「おれが30年間の工場勤務でまとめた、生産量予測のためのマル秘ノートだ」

伊東 「なるほど! 営業の依頼量や天候から、生産量を決めているんですね。でも、いろいろな項目があり過ぎて、どこを見ていいのやら……」

角野 「あぁ、もちろん、製品群との組み合わせや前年度の売り上げ、さらにはうるさいお姉ちゃんの催促も考慮せないかんから、このノートのどの数値を使うかは、まだおれの頭ん中だがな」

伊東 「うるさいお姉ちゃん?」

角野 「ほら、いるだろ。営業企画部のほら」

加藤 「天海部長ですね。工場長、ちょっと失礼ですよ」

角野 「いいんだよ! こっちの都合も聞かずに、すぐ作れってうるせえんだから。あいつのおかげで何度計画を書き直したことやら」

 大笑いしながらもまんざらでもなさそうだ。この工場長にそんなことをいえるのは天海部長ぐらいだろう。仕事人間同士、それなりに評価しているようだ。

伊東 「でも、これをシステムに組み込むなんて、想像もつかないっす」

角野 「それを作れとはいってねぇ。これを決めるのに、便利な機能を付けられねぇかってことだよ。在庫量が分かるのは助かるんだが、それ以外にも営業の数字が分かったり、天気予報が見られたりすると、そのノートを使わなくても、大体の数量は決められるんだがな……」

加藤 「注文数と在庫数の差に、天候による調整を加えるんですね。確か需要予測システムというものですね」

角野 「おぅ、そんなもんだ。いまはこのノートを基に月間予定を立てて生産しているんだが、情報が早く来れば、週間予定も可能なはずだ」

加藤 「そうすれば、最適生産量が週単位で調整できて無駄なものを作らない分、生産納期も縮まるというわけですね」

 加藤の発言に伊東は驚いた。自分でもピンとこないこの内容を、的確に把握しているらしい。伊東がますます加藤にほれたのはいうまでもない。

伊東 「か、加藤さん、何でそんなこと知っているんですか?」

 加藤は、少しはにかみながら、

加藤 「広報って、社内情報だけでなく、他社の情報を収集するのもお仕事のうちなんです。確か、ホテイドリンク社の布袋社長が、そのようなことを実現したいとインタビューでいわれていたことを覚えていただけです。詳しいことは私も分かりません」

角野 「へぇ、おれと同じことを考えているやつがやっぱりいるのか……。どうだ、小僧。できそうか?」

伊東 「すいません、私の頭の中だけでは……。帰って坂口さん、いや、室長に相談させてください」

角野 「まあ当てにはしないが、お前さんと加藤さんの熱意に免じて、特別サービスで見せたんだ。頑張れよ!」

伊東 「ありがとうございます!」

加藤 「お忙しい中、済みませんでした。本当にありがとうございます!」

 そういうと、2人はすぐに坂口のところに戻り、内容を説明した。

坂口 「なるほど、需要予測システムか。確かに生産量がコントロールできれば、材料納入も効率化するし、生産性も向上する。いままで、営業と配送センター中心で考えていたけど、工場側で商品納期が縮まれば、マスコミに話したことと一致するな」

伊東 「いいですね。それ」

坂口 「確かに、営業PDAで数字はすぐに集計できるし、天気予報は外部サービスを利用すればいいかもしれないが、それをいまのシステムに連動させるには、最低でも画面周りの作り込みは避けれないぞ」

伊東 「それって、いまの予定日では間に合わないってことですよね」

 せっかく、加藤ととってきたアイデアだったが没になりそうで、がっくりとする伊東であった。しかし、坂口は目を輝かせながら、頭をフル回転させているようだった。

坂口 「伊東、加藤さん、もう少し詳しい話を工場長から聞いてもらえるかな。そうだ、製造部にも少しヒアリングに協力してもらおう。専門用語だらけだと、2人じゃ大変だからな。よし。藤木さんにおれから連絡しておいて、時間を割いてもらえるようにするから」

 いつもなら、自らすぐに工場に向かうはずの坂口が2人に依頼するのは、それなりに「引き出す」ことを意識しているからにほかならない。坂口の頭の中には、どの人のどの能力を引き出すか急速に回転し始めていた。坂口は考えながらも、製造部へ電話をかけた。

坂口 「もしもし、IT企画推進室の坂口ですが……」

 窓から雨上がりの強い日差しが差し込んでいた。


◆次回予告◆

 需要予測支援システムを実現するために、3カ月の開発延期を提案する名間瀬。期限厳守の彼を動かしたのは坂口たちの熱意だった。そんな中、無理がたたって八島が倒れてしまう。自分の管理能力不足を痛感する坂口。

 打ちひしがれた坂口を谷田が優しく包む。思いを新たにした坂口は、プロジェクトメンバーに機能追加と3カ月の開発延期を告げる。そこには、個々の力ではなくチーム力でプロジェクトを進めようとする坂口の決意があった……。

「目指せ!シスアドの達人-第2部」の登場人物関係図

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IT企画推進室

室長 名間瀬 勝也(なませ かつや) 46歳


主任 坂口 啓二(さかぐち けいじ) 31歳


社員 伊東 敦史(いとう あつし) 24歳


今回登場メンバー
(注:SD=サンドラフト、SDS=サンドラフトサポート)

SDS アシスタント 谷田 亜紀子(たにだ あきこ) 27歳


SDS 総務部 深田 祐子(ふかだ ゆうこ) 24歳


SD 副社長 西田 義行(にしだ よしゆき) 59歳


SD 専務取締役兼CIO IT企画部長 佐藤 光一(さとう こういち) 52歳


SD 営業企画部長 天海 有紀(あまみ ゆうき) 39歳


配送センター副センター長 岸谷 小五郎(きしたに こごろう) 42歳


製造部主任 藤木 直哉(ふじき なおや) 34歳


情報システム部主任 八島 秀樹(やしま ひでき) 36歳


マキシムアンドコンサルティング シニアコンサルタント 豊若 越司(とよわか えつし) 39歳


マキシムアンドコンサルティング シニアコンサルタント 松嶋 七海(まつしま ななみ) 38歳


松嶋七海の娘 松嶋 真鈴(まつしま まりん) 10歳


ホテイドリンク 社長 布袋 泰博(ほてい やすひろ) 45歳


ホテイドリンク システムセンター長 園村 純(そのむら じゅん) 51歳


ホテイビール 社長 布袋 四郎(ほてい しろう) 70歳


情報システム部 生産管理システム担当 谷橋 章介(たにはし しょうすけ) 35歳


情報システム部 営業支援システム担当 小田切 要(おだぎり かなめ) 31歳


西東京物流センター 配送計画担当 小沢 隆夫(おざわ たかお) 39歳


松嶋七海の夫。教師 松嶋 隆史(まつしま たかし) 39歳


SD 広報室主任 加藤 三咲(かとう みさき) 27歳


SD 工場長 角野 孝三(かどの こうぞう)59歳


筆者プロフィール

シスアド達人倶楽部

「シスアド達人倶楽部」は、経済産業省が実施する情報処理技術者試験の1つ、上級システムアドミニストレータ試験の合格者9名で構成される執筆チーム。本連載「目指せ! シスアドの達人」は、シスアドの日常を知り尽くしたメンバーが、シスアドの働く現場をリアルに描くWeb小説だ。

執筆メンバー9名は、上級システムアドミニストレータ試験合格者と試験合格を目指す人々で構成される任意団体:上級システムアドミニストレータ連絡会(JSDG)の正会員。


森下 裕史(もりした ひろし)

上級システムアドミニストレータ連絡会正会員。ミンツ代表


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