連載
» 2008年12月25日 12時00分 公開

何かがおかしいIT化の進め方(40):“変化”は外からやってくる(後編) (3/4)

[公江義隆,@IT]

悩み多き時代

 前回も述べたように、グローバライゼーションの第1ラウンドは、多くの面で供給力が需要を上回る時代であった。東欧圏やBRICsの膨大な人口が生み出した安価な労働力が市場に加わったことで、長期にわたってコストを押し下げ、世界は成長と物価の安定を長期間、享受することができた。

 しかし、これも永久に続くものではない。所得水準が上がって消費需要が増えるに従い、新興国の安価な労働力は先細り、人件費の高騰や資源・エネルギー需要の増加がコストを押し上げ始めている。

 グローバライゼーションの第2ラウンドでは、新興国の経済成長がもたらす価格高騰という底流(インフレ基調)の上で、世界同時不況とそれがもたらす価格低下を受けて、市場経済は複雑な様相を呈することになった。新興国の景気が回復期に入れば、また、もしどこかで戦争でも勃発すればインフレに要注意だ。最悪のパターンは、不況でインフレが進むスタグフレーションである。

 景気回復には、世界各国で思い切った対策の早急な実行が必須だ。対策が遅れれば問題は指数関数的に拡大し、必要な対策の規模も巨大化する。治療が放置されたり適切でなかった場合に、病原ウイルスが体内で大増殖して治療が困難になったり、治癒に長時間を要するようになる人間の病気と同じことが経済でも起こる。

 「今後、世界の消費を担えるのはどの国か」は、景気回復というテーマにおいて特に大きな問題だ。また、大いに信頼を失墜したドルに取って代われる基軸通貨も見当たらない。悩み多き時代を迎えた。

いま、考えるべきこと(1)〜不況とIT〜

 とはいえ、「これから、いつ、何が、どうなるか?」は誰にも分からない。専門家といわれる人たちとはいえ、彼らの過去の発言を振り返ってみれば、あてにならない発言も少なくないことに気が付くと思う。

 いま、あらゆる問題が、誰も経験したことのない条件下で進行している。基本的には、世の中の推移を観察し、学習しながら自分で考えるしかない。いくつかのテーマをピックアップして、少し個別に考えてみようと思う。

世界同時不況とインフレ

 いま、日本社会の中核にいる人の多くは長年デフレの世の中にいた。不況といわれた時代も内需は駄目でも輸出で頑張れた。そのため、いま中核をなしている人たちの多くはインフレや世界同時不況といわれても、その危機の大きさがピンと来ないのが普通であろう。悲観的になるのはよくないが、1929年に始まった大恐慌では、適切な対策の実行が遅れたこともあるが、1933年には米国の生産が半減し、失業率は25%に上り、職を失った人たちが巷に溢れたという。

 当時に比べて国境のバリアが極度に低くなった今日、一国の状況はたちまち世界に波及する。適切な対策のより迅速な実行が求められるが、日本の政治の現状をみれば、大変腹立たしいことではあるが、“相当の長期にわたる、いまよりもさらに強い閉塞感”を覚悟しておく必要があるように思えてくる。

 景気の“気”は、「病は気から」の”気“と同様、気持ちに大いに左右される。少し良ければ調子に乗ってやりすぎ、下り坂では実体以上に悲観的になるのが人の性だ。必要な施策が打たれれば景気は底を打ち、やがて回復に向かう──そう考えたい。

 人は用心深くなっているから、人の感じる景気“感”は実態より少し遅れがちだが、実態が回復基調になれば、物価の高騰(インフレ)が始まる可能性が高い。 世界のどこかで景気回復の兆しが感じられれば、必要なものへの投資は前倒しで行うことだ。そうすれば“回復”はより早まる。

不況とIT投資

 IT投資と企業の業績をグラフにプロットすると、昔から内外を問わず正の相関がみられる。 「ITに投資をすれば、業績が上がる」という結論を得たい人たちが過去に何度も理屈をこねてみたが、“原因”と“結果”の関係は、彼らの思惑とは逆に、「企業業績が上がれば、ITにもお金を使う」というのが経営の一般的な行動であった。

 不況になればIT投資は抑制される。今後、ユーザー企業には、いままでのような“IT戦略”などといった浮わついたものではなく、本当に経営と一体となった徹底したコストダウンが、自己防衛のために求められるはずだ。 そのためのITに関する検討過程を、ぜひとも過去にやってきた「考え方や判断基準」を徹底的に見直す機会にしてほしいと思う。そうできれば苦労の元は取れそうな気がする。しかし、“知恵”まで外に丸投げしてしまった企業の苦労はかなり大きくなることだろう。

 過去20年間、金融とITは米国の進めるグローバル化の両輪であった。その2つとも、ITバブル崩壊と今回の金融破たんでコケた。米国には、成功=お金持ちという“アメリカンドリーム”、市場経済とイノベーションに対する、信仰にも近い“思い入れの文化土壌”がある。“唯我独尊”も変わらない彼らの特性の1つだ。日本は戦後、無意識のうちに、こんな米国を向いて進んできたわけである。「ものづくり大国の次は金融大国を目指せ」という人もいた。

 しかし、金融は本質的に付加価値を生む性質のものではない。価値を生むのは実体経済であって、ここに必要な資金を適切に供給するのが金融の役割である。ITは“ツールや方法”であって、それ自体が価値を生むものではない。価値を生むのは人や業務プロセスであって、これらをうまくサポートするのがITの役割だ。

 金融自らがお金儲けに走った結果、引き起こしたのが今回の破たんである。倒産した米国証券会社の日本法人で働く若い日本人社員へのインタビューでは(TV局がそのように編集したのかもしれないが)、「自分たちが将来も高収入をいかに確保できるか」を気にする発言が目立った。価値観や考え方も米国流に染まったのか、米国本社の経営トップと同様に反省の弁はなかった。

 ウォール街とシリコンバレーに共通するのは、お金儲けに手段を選ばぬ価値観だ(IT分野では、当初こそコンピュータの可能性への夢を追う人が多かったが、ある時期からお金儲けの手段と考えるような人が増えていったように思う)。振り返れば、ITに対する過大な期待や、マイナス面に対する過小評価が少なからずあったと思う。

 「新しいもの=よいもの」とするイノベーション信仰の傾向が、ほかの分野に比べてIT分野の人には強かった。これらの後始末を、これからの社会が背負わされることになるかもしれない。IT業界において、やがて成り立たなくなるビジネスモデルも出てこよう。仮想空間、ネット社会などといって、実社会と区分けするような考え方を改めてゆくべきだろう。ITに対する価値観や判断基準を、省みるべき時期だ。

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