パワハラかそうじゃないかの違いはどこ?読めば分かるコンプライアンス(15)(3/5 ページ)

» 2009年01月27日 12時00分 公開
[鈴木 瑞穂,@IT]

上司の悪口大会@居酒屋

 その日の夜。

 神崎は桜田と金田を引き連れて、行きつけの小料理屋「ゆきんこ」ののれんをくぐった。

おやっさん 「お、神崎さん、いらっしゃい!!」

神崎 「おやっさん、取りあえず、生ビールと枝豆とから揚げ、3人分ね!」

おやっさん 「あいよ! 生ビール、枝豆、から揚げ3人前! 喜んで!」

神崎 「で、桜田よ」

 おしぼりで顔を拭きながら神崎が聞いた。

神崎 「話を聞いてもらいたいとかいってたけど、何があったんだ? お、ビールがきた。まずは乾杯といこう!!」

 軽くジョッキを打ち合わせ、3人はそろって一気に飲み干した。

桜田 「…!! プハーッ!! たまらん!! 仕事の疲れも吹っ飛ぶな……。といいたいところだけど、今日は残念ながら吹っ飛ばないんだなこれが。実はですね、神崎さん」

ALT 神崎 亮太

 そして桜田は、今日の午後の出来事を話し始めた。決してうまいとはいえない井川のモノマネを交えながら井川の説教を再現してみせた。金田も一緒になって、井川がどれほどひどい言葉で自分を責めたのかを、事細かに描写した。

桜田 「俺もね、最初は頭にきたけど、あそこまでネチネチといわれると、しまいには憤りとかを通り越して、なーんもいえねぇ、好きなだけいってりゃいいじゃん。みたいな気持ちになっちゃいましたよ」

金田 「私が思うに、井川さんは説教してやった、忠告してやった、ぐらいに考えてんのよ。まったく! 世の中で自分だけが賢くて、ほかの人間はみんなバカだと思ってんのよ。ある意味、井川さんの方がよっぽどおめでたいバカよね!!」

 桜田と金田の話は、井川の個人攻撃になっていった。ここはしばらく、彼らに話させるだけ話させる方がいい。神崎は聞き役に徹することにした。

桜田 「神崎さん、これって一種の『パワハラ』じゃないんですか? 確かに、乱暴な言葉も使わなかったし、大声で怒鳴り散らすなんてこともなかったけど、井川さんって、とにかく人をバカにするんですよね。バカにされたこちらとしては、へこみますよ!」

金田 「そうそう。井川さんのやってることは『パワハラ』よ!」

神崎 「う〜ん、『パワハラ』ねぇ……」

 神崎は自信のないまま話し出した。

神崎 「最近よく『パワハラ』って聞くけど、俺はまだ何が『パワハラ』なのか、よく分かってないんだよね。桜田、お前。『パワハラ』って何か、分かってんの?」

桜田 「いや、俺も難しいことは分かんないけど、井川さんの言動は、部下の気持ちを踏みにじっているんですよ。明らかに『パワハラ』でしょう」

神崎 「何かさ、袴田さんの方がびしびしときついこというし、声もでかいし、怒鳴るし、そっちの方がよっぽど『パワハラ』なんじゃねぇの?」

桜田 「う〜ん、確かにその通りだけど、袴田さんに怒鳴られても、落ち込んだり惨めな気持ちになったりすることはないんですよねぇ……。何かこう、教えてもらってるって気持ちになるんですよ」

金田 「そうねぇ……」

 金田も続けた。

金田 「袴田さんて、自分の考えをいってくれるから、何をどんなふうに考えてるのか分かりやすいし、私たちの話も面倒くさがらずに聞いてくれるしね」

神崎 「なるほどね……」

 神崎も、彼らがいう袴田と井川の違いは理解できるような気がした。

神崎 「要は、袴田さんとの間にはコミュニケーションができていて信頼関係があるから、怒鳴られてもパワハラとは感じないってわけか」

桜田 「そうかもしれませんね。とにかく、井川さんは、部下を落ち込ませるためにしかってるとしか思えないんですよね。ほんと、今日ほど気分が落ち込んだことはないって感じでしたね」

神崎 「まぁ、人生沈んだり潜ったりだよ、桜田くん!」

桜田 「何だ、それじゃ一生浮かばれないじゃないですか!」

 その後も酔いが回るにつれて、桜田と金田の井川攻撃は盛り上がっていった。神崎は、特に意識したわけでもなかったが、うまい具合に彼らのガス抜きをしてやった結果になった。

ゆとり世代を指導するには?

 神崎が「ゆきんこ」で桜田と金田のガス抜きをしていたころ、袴田は自宅の食卓で、井川が提出してきた『FX業界の今後の動向分析』の原稿をレビューしていた。いつもは仕事を家に持ち帰らないことをモットーにしているのだが、自分の戦略チームの作業の遅れを少しでも取り返すために、この日だけは例外として原稿を持ち帰ってきたのだった。

 リビングでは高校3年生の長男、中学3年生の長女と中学1年生の次女が仲良くテレビゲームに興じていた。

 ゆとり世代ねぇ……。確かになぁ……。俺が子供のころは、テレビゲームなんてものはなかったしなぁ。大体、テレビ自体がまだ珍しかったくらいだものな。電話にしたって、金持ちの家にはあったけど、普通の家にはなかった。それがいまじゃ、携帯電話1人1台が当たり前だものな。

 しかも、いまどきの携帯電話は、電話だけじゃなく、カメラ、メール、音楽再生、ゲーム、インターネット、目覚まし時計、そのほかモロモロの機能が付いていて、ウチの子供たちもそれを自由自在に使いこなしてるものな。大塚さんがいってたように、いまどきの若者と俺たち世代の頭の中とは、デジタルとアナログほどに違っているのかもしれないな。しかし、そうだとしても、井川のこの『FX業界の今後の動向分析』にはやはり納得できないな……。

ALT 袴田 源蔵

 袴田は意識を井川の原稿に戻した。いつものように、井川の原稿は基本的にはよくできている。分析も正確だし、論旨もしっかりしている。それを表現する文章も立派なものだ。だが、どこか小手先で済ませているような軽さが感じられた。何か、底の浅い思考を、高尚な言葉と難しいいい回しで覆い隠しているようなごまかしが感じられた。その原因はやはり、根拠となるデータの絶対量が不足しているからだと思われた。

 やっぱり、井川にはもう一度、データを重視したアプローチをとるようにいってやるべきだろう。でないと、あいつのせっかくの能力が歪んでしまうことになりかねない。大塚さんは、自分の価値観を押し付けると「パワハラ」になりかねない、というようなことをいってたけど、そういうもんじゃないだろう。自分の経験に基づいて部下を指導することも、上司の役目の1つのはずだ。

 明日の午前中に井川とミーティングを持つことに決めて、袴田は『FX業界の今後の動向分析』の原稿をカバンにしまいこみ、ようやく晩酌のビールの栓を抜いた。

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