パワハラかそうじゃないかの違いはどこ?読めば分かるコンプライアンス(15)(4/5 ページ)

» 2009年01月27日 12時00分 公開
[鈴木 瑞穂,@IT]

それは“パワハラだ!”

 その翌日の午前10時。

袴田 「「井川、ちょっといいかな。昨日受け取った『FX業界の今後の動向分析』の件で話がある」

 はぁ、と気の抜けた返事をしてから、井川は袴田のデスクの前の椅子に座った。

袴田 「昨夜、お前の原稿をレビューしたよ。基本的にはよくできてると思う。ただな、どうもいまひとつ、説得力というか迫力というか、何かが足りないような気がするんだ。それが何なのかを話し合ってみたいと思うんだが……」

 またかよ。井川の心の中にイライラ感がわいてきた。

井川 「説得力が足りない部分を具体的に示してください。でないと、話し合い自体が無駄ですから」

 袴田はムカッときた気持ちを抑えて、冷静を保ちながら続けた。

袴田 「「じゃあ、端的にいおう。説得力が足りないと感じるのは、お前の論旨の根拠がいまひとつはっきりとしていないからだと思うんだ。FX業界の動向を説明するためには、具体的なデータがモノをいう。そもそもデータというものはだなぁ……」

井川 「またデータですか!」

 袴田の話を断ち切るようにして井川が話し始めた。

井川 「同じ内容のデータを並べても意味ないっていうか、逆にダサイですよ。必要最小限のデータから汎用的傾向を読み取ってこそ、コンサルタントじゃないですか!」

 袴田はムカムカっときた気持ちを抑えることができず、つい声と口調が荒くなった。

袴田 「お前なぁ、人の話は最後まで聞くもんだ! そうやってすぐに自分の考えを押し通そうとしてると、自分のためになる話も捨てることになるんだぞ!」

 以前から袴田のデータ重視アプローチに反感を抱いていた井川は、自尊心を傷つけられた思いと相まって、完全に切れてしまった。

井川 「お言葉ですけどね、自分の価値観を部下に押し付けてるのは袴田さんの方じゃないですか! 上司の立場で部下の頭を押さえ付けようとしている。あなたのやってることはパワハラですよ!!」

 井川の声も大きくなっていた。「パワハラ」の一言を聞いた周囲の人間は、一瞬、固まった。

 袴田は、自分の気持ちを落ち着かせるように、ことさら低い声で対応した。

袴田 「お前はいま、冷静さを欠いている。そんな状態で話しても意味はない。明日、もう一度冷静になって話し合おう」

井川 「僕はいまでも十分に冷静ですよ。でも、これ以上話し合っても無意味だということには賛成です。失礼します!」

 そういうと、井川は席を立ってオフィスから出て行った。袴田はしばらくの間、ぶぜんとした表情で座っていたが、周りのスタッフが固まっている雰囲気を感じ取り、これはいかんとばかり、明るい声を出した。

袴田 「さぁさぁ、いまのは別にどうってことないことだから!! いつものように元気よくやってくれ!」

 周りのスタッフは袴田の一言で呪文が解けたように、にわかにいつもどおりの動きを取り戻した。

 一方、オフィスを出た井川は大塚マネージャに連絡をとり、30分後に会議室で話し合う約束を取り付けていた。井川の中ではこの1件は終わっていないどころか、始まったばかりなのだ。

私は上司にパワハラされました!

 30分後。会議室。

井川 「大塚さん、お忙しいところお時間を取っていただいてすみません」

大塚 「いや、そんなことは気にしなくていいけどさ。一体何があったわけ?」

井川 「袴田さんの上司である大塚さんに、報告とお願いがあります」

大塚 「え? 源さん……。いや、袴田マネージャの件で?」

井川 「はい。先ほど僕は、袴田さんからパワーハラスメントを受けました。わが社ではセクハラ、パワハラはコンプライアンス違反とされていて、その事実があったらしかるべき上司に報告することとされています。なので、袴田さんのパワハラの事実を報告します。そのうえで、袴田さんに対してしかるべき措置をとるようにお願いします」

 こいつの理詰めの話し方はどうも苦手だ。もう少し柔らかく話せないもんかね。

大塚 「袴田がパワハラしたっていうけど、どういう状況だったわけ?」

 すると井川は「(袴田さんも大塚さんも、どうしてわが社のマネージャは、こうもいうことに切れ味がないのだろう。まったく情けない)」と考えながらいった。

井川 「つまり、袴田さんはマネージャという立場を利用して、自分の価値観というか、仕事の進め方についての自分の好みというか、要は自分の考え方を部下である僕に押し付けようとしたんです。今日だけではありません。いままでにも何度か同じことがありました。僕には僕のやり方があります。袴田さんはそれを否定するわけですから、僕の人格の一部を否定することになります。これって、立派なパワハラじゃないですか」

 やっぱり、2人の衝突の原因は袴田のデータ重視アプローチだったか。だから注意しろよっていっておいたのに……。

大塚 「そ、そうか、取りあえず分かった。ま、いったん預からせてくれ。慎重に検討して対処するから」

 またこれだ。玉虫色の回答。慎重に検討するとは何も対処しないこと。おっと、今度ばかりはそうはさせないぞ。

井川 「そうですか。それでは、3日後に検討結果をお聞かせいただけますか」

大塚 「(期限を切ってきやがった。何さまのつもりだ?)あ、ああ、分かった。3日後……だな」

井川 「よろしくお願いします」

 井川が出て行った後、大塚は1人会議室に残って物思いに沈んでいた。

 パワハラとは、源さんも面倒な問題を引き起こしてくれたもんだ。

 いまのご時世、部下からパワハラだっていわれたら終わりじゃん。どう対処すればいいんだ? 源さんに何か責任を取らせないといけないのか? う?む、分からん。ここはひとつ、赤城さんに相談するしかないな。

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