パワハラかそうじゃないかの違いはどこ?読めば分かるコンプライアンス(15)(2/5 ページ)

» 2009年01月27日 12時00分 公開
[鈴木 瑞穂,@IT]

上司のネチネチ口撃

 その日の午後。大塚と袴田がマネージャミーティングに出席している間、井川は自分のデスクで、今日中に袴田に提出しなければならないレポート原稿の最後の仕上げに取り掛かっていた。

 レポートの内容は『FX業界の今後の動向分析』。グローバルな観点から見たFX業界の世界的潮流と、その中における日本市場の位置付けと特徴、それに基づいて日本マーケットが今後どのように推移していくか、という内容だった。

 これは井川の得意とする分野であり、自分の分析や論理構成の鋭さや、それを表す文章にも自信があった。ただし、難しいいい回しや高尚な語句で飾られた文章が多く、それぞれの論点の根拠となるデータの種類と数が少ない印象があった。

井川 「(データが少ない点、袴田さんからまた指摘されるかな……)」

 いままでも、井川は袴田から「お前のアウトプットには根拠となるデータが少ない」という指摘を何度か受けていた。しかし井川は、少ないデータから一般的傾向を読み取ることこそが正しいアプローチであり、スマートなコンサルティングスタイルだと考えていた。

井川 「(袴田さんはアナログというかアナクロというか、とにかく古いんだよなぁ)」

 自分のやり方を変えることなど、これっぽっちも考えず、井川は原稿の細部の手直しに集中していた。そのとき、金田祥子の甲高い声が耳に飛び込んできた。桜田直隆のチョッカイに反応し、いい返しているようだった。

金田 「いやだぁ、桜田くん! 何よ! そのいい方。それじゃまるで私がいいかげんな女みたいじゃない!」

桜田 「いや、そうじゃなくてさ、お前は頭も良いし見た目もいいから、男の誘いを断るときは気を付けた方がいいよっていったんだよ」

金田 「さっきはそうはいわなかったじゃないのよ。尻軽女とか水商売女とかいってたじゃないのよぉ、まったくぅ!」

ALT 金田 祥子
ALT 桜田 直隆

 金田も桜田も、井川と同じシニアコンサルタントだが、2人とも井川の1年後輩であり、袴田の戦略チームで一緒に仕事をしているうえでは、井川のスーパーバイズを受けていた。井川の集中力は、その2人のじゃれあっている声で途切れてしまった。井川はイラつく気持ちを抑え、強いてほほ笑みの表情を浮かべながらいった。

井川 「桜田くん。君の発言はセクシャルハラスメントに該当するよ。少しは社会人の良識ってもんを持ってもらわないとねぇ」

 しかし、その目は笑ってはいなかった。

桜田 「え? いや、セクハラだなんて、そんなつもりは……」

 桜田の弁解をピシャッと遮るように、井川が続けた。

井川 「何、寝ボケたこといってんの! セクハラの何たるかを知らないわけ? 君ぃ、何年コンサルタントやってんのさ。その分だと、男女雇用機会均等法の11条1項も読んだことないでしょう。え? それも知らない? やだなぁ、セクハラ条文じゃないか。それが分かっていれば、自分の言動が環境型セクハラに該当するってことも理解できるんだけどね。そんな基本的なことも知らないで、色気付いた小学生みたいに女性をからかって喜んでるなんて、まったく! 脳みその程度が知れるってもんだよ。そんなことじゃ、コンサルタントとしてやってけないよ。早いとこ辞めたら?」

 桜田は、何もそこまでバカにすることはないじゃないかと思った。しかし、男女雇用機会均等法11条1項も読んだことがなく、セクハラの定義はと聞かれても満足に答えられないのも事実なので、井川の罵(ば)倒に反論する勇気はなかった。

 そんな桜田におっかぶせるように、井川はさらに言葉を続けた。

井川 「それから、良い機会だからついでにいっておくけど、君の仕事のやり方ね。とにかくトロい! 1つの結論を出すのに、いったいいくつのデータを集めれば気が済むのさ。せいぜい2つか3つのデータで十分でしょう。必要最小限のデータから汎用的傾向を読み取るのが、できるコンサルタントってもんだよ。それを、ダラダラとデータを並べ立てるなんて、自分のバカさかげんに額縁付けて見せてるようなもんだ。袴田さんからいわれて、そうしてるのかもしれないけど、だとしたら、君にはコンサルタントとしての主体性がないということになる。やっぱり、早いとこコンサルタントに見切りをつけて、別の道を探した方がいいんじゃない? ヨイショしてればいいだけのかばん持ちなんていいんじゃないの?」

 「いくらなんでも、それはいい過ぎってもんだろう」と桜田は思った。そして、桜田が勇気を出して反論しようとした矢先、井川はわれ関せずとばかり井川と桜田に背を向け、自分のデスクに向かっていた金田にも攻撃の矛先を向けた。

井川 「金田さんさぁ、君にもすきがあるから、桜田くんみたいなおめでたいやつにつけ込まれるんだよ?。桜田くんにつけ込まれて毅然と断るでもなく、楽しそうにじゃれあってるなんて、結局、君も桜田くん程度の人間だってことになるよ。君はもうちょっとマシな人材だと思っていたけど、少し買いかぶり過ぎていたのかなぁ」

 井川の攻撃はその後も続き、桜田と金田がようやく解放されたのは、それから約15分後のことだった。

 桜田は、井川に対する怒りや憤りなどは通り越し、もはや何の感情もわいてこなくなっていた。目はコンピュータのディスプレイを見つめていても、まるで脳みそが砂になったように何も考えることができず、無意味にマウスを動かしながら午後の時間をつぶした。

 金田は妙に熱心にコンピュータに向かってキーをたたいていたが、ディスプレイに現れていたのは井川をこき下ろすメールであり、その後ひとしきり、仲の良い同僚との間で井川こき下ろしメールのやりとりで憂さを晴らしていた。

 井川は桜田と金田の反応を知ろうともせずに、その2人に対して普段から思っていたことを当人たちに直接いったことで、いくらかすっきりした気分になっていた。それだけではなく、自分の忠告で彼らも少しは反省しただろうし、これで自己改革しないようでは彼らも救いようがない、ぐらいに考えて1人で悦に入っていた。

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