“いいとこ取り”して、ERPをもっと生かそうERPリノベーションのススメ(5)(2/3 ページ)

» 2009年01月29日 12時00分 公開
[鍋野 敬一郎,@IT]

既存顧客のロイヤリティをアップさせ収益向上を狙う

 今回も事例を紹介しましょう。自社の置かれた現況をかんがみ、新規顧客開拓からアフターセールス戦略に軸足を移したE社の取り組みです。

事例:E社の不況対策〜戦略編〜

 中堅の産業機械販売代理店E社は、今回の景気悪化に伴い、事業戦略の抜本的な見直しを行うことを決定した。主要な顧客であった自動車やハイテクなどの関連部品メーカーが、予定していた機械の購入を先送り、あるいは中止にする案件が続出したためである。

 第一四半期末の6月時点で、新規の製品受注額は前年比3割減となり、当初計画の達成率は5割ほどであった。その後の受注見通しも厳しいことから、急きょ、社長判断によって事業計画を見直したところ、国内における新規の製品受注は「景気回復の兆しが見えるまで、ほぼ全製品において期待できない」ことが分かった。

 中国、アジア向け製品については同業他社に先駆けて拠点展開を進めていたこともあり比較的堅調であったが、こうした海外顧客企業の取引先の多くは日本企業や欧米企業である。そのため、いずれは景気の影響を受けることが確実と思われた。

 こうした中、売上構成において不況の影響を受けていない部門は、製品のアフターサービスを行うメンテナンスサービス部門と、消耗品や補修部品を販売するパーツ販売部門であった。これら2部門による売上額は全体の3割ほどであったが、その収益率は高く、幅広いメーカーの製品を取り扱うE社の業界内における評価も高かった。

 こうした状況を受けて、E社では社長主導で事業計画の再検討を行い、活動の軸足を“新規受注”から“既存顧客のフォロー”に移すことに決めた。具体的には、国内事業については、既存顧客への取引内容を「製品の新規受注」から「既存顧客に販売した製品に対するアフターサービス」や「補修部品の販売」「中古製品の転売仲介」などを中心にすることにしたのである。

図1 E社の戦略構想。図は「顧客」を「水」にたとえ、「自社の顧客層」を“水の入ったバケツ”として図示したもの。新規顧客を獲得しても、こぼれていってしまう顧客も多いが、既存顧客にはアフターフォローを行いバケツから取りこぼさないことで、リピーターになってもらう。これにより、顧客ロイヤリティを、ひいては各顧客の利益率を高めようと考えた

 一方、海外事業については、メーカーである顧客企業は、減産と増産の両方の可能性が考えられる。そこで、減産が予想される企業に対しては、過去に販売した産業機械製品の稼働率が低下することを考慮し、中古製品の転売仲介を追加提案することとした。増産が予想される企業に対しては、中古製品の斡旋も含めたきめ細かなサポートを行うことで、競合他社との低価格競争とは一線を画する体制を取ることとした。

 これに伴い、従来はそれぞれ独立していた営業部門とメンテナンス部門、パーツ販売部門を「カスタマーサービス部門」として再編。顧客が所有しているすべての製品に対して、サービスや部品などを売り込む体制へ組織変更することを決めた。この組織再編は、業務単位の受注活動を顧客単位へ変えて顧客ごとの売り上げを最大化することを狙ったものである。

 ただ、カスタマーサービス部門が成功するためには、営業担当者と、メンテナンスなどを行うフィールドサービス担当者間における、迅速かつきめ細かな情報共有が何よりも重要となる。また、営業担当者と同様、フィールドサービス担当者も、サービスや部品を進んで顧客に販売することが強く求められる。E社は体制変更に伴い、これに対応 したシステム上の課題を抱えることとなったのである。


短期間・低コストで構築できるシンプルな仕組みを採用

 以上のように、E社は新たな戦略を立案し、社内体制も変更することにしましたが、その実現のためには、これまで別個の部門として活動していた営業担当者とフィールドサービス担当者間の情報共有を実現することが必要となりました。

 これには、それなりのシステム構築が必要です。そこでE社が考えたのが以下のような要件でした。引き続き「システム構築編」を紹介しましょう。

事例:E社の不況対策〜システム構築編〜

 事業計画の変更をかんがみ、E社の社長はIT部門に次のような指示を下した。すでに稼働しているERPを中心に据えつつ、以下の3つの要件が実現できるシステムを“短期間・低コスト”で整えるよう伝えたのである。

  1. 各顧客・拠点ごとに、製品の基本情報や修理履歴などを統合した顧客情報を照会できる仕組み
  2. 社外活動(フィールドサービス)を迅速に行うため、携帯電話とWebで業務管理、進ちょく管理を行える仕組み
  3. 事業の評価指標を「売り上げ」から「収益」へ変更するうえで、すべての製品・サービスの標準利益率と予算の計画実績進ちょくを、全社で共有できる仕組み

 これらについて、E社の社長は「すべての仕組みは3カ月以内に構築し利用を開始させるが、当初のシステム完成度は5割程度でも構わない」と付け加えた。ちなみにシステムの耐用年数は3年を想定。投資コストについては「同等のシステムをパッケージで構築する場合の半分以下とする」という条件を出した。

 IT部門はこうした判断を受けて、次のような対応を行った。1つ目については「統合顧客データベース」が必要と判断。これについてはERP導入を手掛けたベンダに支援を要請し、必要な顧客情報を自由に照会できる“表示機能”をERPシステムに機能追加してもらうことで対応した。

 2つ目については、セールスフォース・ドットコムがSaaSで提供している「Salesforce CRM」を採用し、これをERPと連携させることとした。3つ目は「全社員で利用する」ことから、高度な専門知識が要求される高額なBI製品は採用せず、誰でも使えるMicrosoft Excelをユーザーインターフェイスとするシンプルな製品を採用した。


 すなわち、要望どおり、すべてにおいて“スピードとコスト”を重視したほか、導入後もIT部門内で機能の見直し・変更ができるよう、より簡単、シンプルな仕組みを選択したのである。

図2 既存のERPに統合顧客データベースの機能を追加するとともに、SaaS提供によるCRM、BIと連携。日々蓄積される顧客情報を、CRMによって各関連部門が共有し、さらにBIによってデータを可視化する仕組みを整えた(クリックで拡大)

 なお、全システムの稼働開始は2008年末と設定。同社における従来のシステム構築・改修においては、前例がないほど短いものであった。システムの完成度より早期稼働を優先し、逆に稼動させながら変更・改修ができる仕組みを探すとなると、「これ以外にほとんど選択肢がなかった」ともいえる。

 しかし、こうしたシステム構築は正しかったようである。 1つ目については、既存のERPに表示画面を追加する程度の改修にとどめたため、新設したカスタマサービス部門のユーザーがいちはやく利用を開始。不足項目や画面レイアウトなどについては変更要請が生じたが、ユーザーも状況を理解しているため、2008年12月1日現在、トラブルは発生していないという。

 2つ目についても、効果的・効率的な活用方法についてユーザー主導で試行錯誤しながら、全社的に利用が進みつつある。また、E社の社長の配慮によって「上手な活用方法を提案したユーザーには金一封」という取り組みを実施したことで、IT部門の担当者より、むしろ一部のユーザーの方が「Salesforce CRM」の標準機能に詳しいという状況が生まれつつあるという。

 3つ目の仕組みの実現については予想どおり難航しており、2008年12月1日現在、IT部門がExcelで毎週、分析レポートを集計・配布しているが、2009年初頭のうちには、個々の社員が直接BIを使ってデータを入手可能とする体制を目指すという。


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