「全体最適」の本当の意味をご存じですか?「もう二度と失敗しない」SCM完全ガイド(6)(1/2 ページ)

SCMは、現場レベルの「オペレーション」ではなく「マネジメント」である。SCMで目指す「全体最適」も、システムに実装された最適化計算モデルで導き出されるようなものでは、決してない。最終的には経営層の決断が必要だ。

» 2009年03月03日 12時00分 公開
[石川 和幸,@IT]

かつての“失敗”を踏まえて

 前回『製造現場のERP、「MES」を生かしきる条件』までは、SCM構築に必要なシステム構成の全体像を展望してきましたが、いよいよ今回からは「あるべきSCMの構築アプローチ」について述べていきます。ただ、具体的な方法論に入る前に、「そもそもSCMシステムとはどのようなものであるべきか」を簡単に振り返っておきましょう。この点を理解しておくと、SCM構築を考える際、おかしな方向に向かわずに済むからです。

 ではまず、SCMシステムに対する認識の変化についてご説明しましょう。ご存じのとおり、2000年前後に世界的なSCMブームが起こりました。ただ、これはシステムベンダとコンサルタントが巻き起こしたブームであり、いま振り返ってみれば、実質的な内容は非常に薄いものでした。

 当時、概念としてのSCMは「全体最適を実現すること」がお題目となっていました。「組織を越え、会社の壁を越え、サプライチェーン全体を統合的に計画管理することで、売り上げの最大化、在庫の最適化、キャッシュの潤沢化を図るものだ」とうたわれていたのです。そして、こうしたことが実現できるSCMシステムとして、自動最適化計算を行うサプライチェーンプランニング・システムが喧(けん)伝されていました。

 サプライチェーンプランニング・システムは、数学的手法を用いて制約条件をチェックしつつ、需要に対する最適な計画値を算出する、というものです。生産能力制約、輸送能力制約、部品制約を加味し、利益を最大化するように計算し、その通りに製品を作り、運び、売れば、SCMができるというのです。

 これが本当だったなら、世界中の在庫が減り、コストが下がり、利益が最大化し、製造業はいま、この世の春を謳歌(おうか)していたはずです。しかし、実態はそうではありません。少なからぬ会社が、当時、数億円、数十億円を掛けたサプライチェーンプランニング・システムを使わなくなっています。

 その原因は、過去5回の連載に示したとおり、「SCMがマネジメントの体系であり、組織利害の統制である」ことをきちんと理解せず、単純に「システムを入れさえすれば、組織の利害調整や統制ができる」と思い込んでいたためです。

図 第1回『「失敗」から学ぶ、SCMの基本』でも示したように、SCMとは文字どおり「マネジメント」である。SCMの主体企業がA社であれば、A社の経営層が社内外の利害関係を調整し、高い視点から意思決定を行う

 経営的な意思を反映する「意思決定、投資、計画指示の最適化」などを、すべて「数学的な最適化」の視点で代替できると思ったのでしょう。結果、期待どおりの成果が出ず、“業務に合わないシステム”として見放されたのです。

 また、サプライチェーンプランニング・システムには、「人間が意思決定を行う際の参考とするために、あらゆる計画に制約条件を加味してシミュレーション結果を出すための道具」という使い方もあります。こうした使い方において生き残っているシステムもありますが、無理な制約チェックを入れると計算スピードが遅くなり、実務に耐えられないため、廃棄されたものもあります。

 もちろん人間が意思を挟まず、単純に補充計算だけ行っていればよい計画業務もあります。こうした単純な業務ではサプライチェーンプランニング・システムは十分使えますが、そもそもそうしたシステムは、あえて“サプライチェーンプランニング・システム”と呼ぶ必要はなく、以前から使われていたMRPでよかったのです。

ERPをSCMと取り違える

 もう1つ、重要な誤解がありました。「ERPパッケージの導入でSCMが実現できる」という考え方です。ERPが日本に紹介された当初、そのコンセプトが不明確だったこともあり、そう考えた企業は数多くありました。しかし、ERPは実行系システムです。伝票をベースに実行指示と実績集計を行う程度の仕組みであり、これで在庫が減ったり、売り上げが伸びたりするものではありません。

 ただし、ERPのような実行系システムは、SCM実現のインフラとなる不可欠な仕組みではあります。この土台の上で計画を立案し、ビジネスを最適化する判断をし、ERPで実行指示を出すのです。つまり、ERPだけでは不十分であり、業務を計画し、意思決定を行うプロセスがあって初めて売り上げや在庫状況を改善できるわけです。

 逆に、もしERPを導入しただけで在庫が減ったり、売り上げが伸びたりしたのであれば、実行管理と実績管理のレベルが低かったということです。マネジメントレベルではなく、オペレーションレベルを底上げしただけであり、それは「SCMの実現」ではなく、「標準化」や「業務改善」という次元の話になります。

 いまでも「ERP導入プロジェクト」を「SCMプロジェクト」と呼ぶ会社があります。別にどう呼んでも構わないのですが、SCMの実現は実行系システムだけでは不十分であり、計画系システムがないと、オペレーションの標準化・効率化にとどまってしまいます。ERPだけでは“サプライチェーンマネジメント”ではなく、“サプライチェーンオペレーション”なのです。

 いま、多くの企業がこうしたことに気付き、2000年ごろの反省を生かしてSCMをやり直そうとしています。

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