「全体最適」の本当の意味をご存じですか?「もう二度と失敗しない」SCM完全ガイド(6)(2/2 ページ)

» 2009年03月03日 12時00分 公開
[石川 和幸,@IT]
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「全体最適」は最適化計算では求めらない!?

 以上のように、ひと口に「SCMに失敗した」といっても、サプライチェーンプランニング・システムを廃棄したケース、ERPだけ導入して“サプライチェーンオペレーション”が実現しただけで終わってしまったケースなど、さまざまなパターンがあります。しかし、どのパターンにも共通するのは、結局「全体最適」というコンセプトは実現されなかった、ということです。

 さて、ここであらためて確認しておきたいのは、この「全体最適」という言葉です。具体的にはどういうものなのでしょうか?

 そもそも「全体最適」という言葉は、「個別最適」の反対の概念として語られてきました。例えば、工場だけ在庫を少なくしても、流通在庫が滞留していれば、「それは工場個別の最適化だ」というわけです。 そこで「工場個別の利益」ではなく、「サプライチェーン全体の利益」を見据えて業務を最適化しようと考えました。

 その「利益」を最大化すべく、「在庫数量、生産数量を最適化計算しよう」との計算ロジックが考え出されました。つまり全体最適とは、「サプライチェーン全体の利益」を最大化することであり、それを支える具体的な手段が「最適化するための計算ロジック」ということになります。

 確かに「必要なモノを、必要なときに、必要な場所に、必要な数量だけ」届けることをSCMの目標と考えると、この計算ロジックは正しいように思います。しかしよく考えてみると、「利益を最大化する」ための計算ロジック自体が、非常に静的なモデルであることに気付くのではないでしょうか?

 例えば、ある計画期間の「利益を最大化する」とは、すなわち「過去に作った在庫・生産数量最適化のための目的変数を満たすべく、在庫・生産数量を毎回計算し直す」ということです。 つまり、「過去」を前提に「いま」の計画を計算するだけであり、日々訪れるビジネスの変化に耐えられるようなものではありません。意思決定とは、リアルタイムの状況変化に応じてダイナミックに行われるものです。そのため、システムに実装されたこのような静的な数学モデルだけでは本来、対応できないのです。

 例えば戦略商品の場合、「いま」の利益を度外視して在庫を積むことがあります。「未来」の利益を最大化するためです。将来の需要を見越し、需要を作り出すために、工場の操業度(生産設備能力)の維持を目的に先行生産し、一時的な在庫増加を許容するのです。これはコストを平準化し、期間利益を最大化するためです。このほか「新製品の開発遅れにより、既存製品の生産を継続する」という意思決定もあれば、「顧客に代替購買を勧めるため、あえて売れ筋の生産を収束させる」という意思決定もあります。

 このように、社内外におけるそのときどきの状況に応じて、柔軟に決断される意思決定において、システムに実装された最適化計算が役に立つのでしょうか? そして、役に立たないとすれば、それに支えられた「全体最適」という概念を、結局どのようなものと理解すべきなのでしょうか?

 そう、この「全体最適」とは、最適化計算だけですっきりと導き出されるような類のものではありません。業務上、追求すべき理想像なのです。より具体的にいうと、個別組織の利害に基づいた意思決定ではなく、企業体として会社全体、サプライチェーン全体を視野に入れて、サプライチェーンの動的特性を理解したうえでダイナミックに行う意思決定そのものが「全体最適」であり、それは過去の慣習や固定化した業務ルールだけでは導き出せない、俊敏で緊張度の高い“業務方針”なのです。

 そして、こうしたリアルタイムの状況に基づいた「全体最適」を生み出せるのは、「未来の目標に向けて、状況に応じてダイナミックに意思決定していくマネジメント業務、計画統制業務」だけであり、決して「システムに実装された計算式」ではありません。逆に、システムに実装された計算式で導き出された「全体最適」など、机上の空論といえるのではないでしょうか。

“あるべきSCMシステム”は各社各様

さて、以上のように「全体最適」とは、経営層のダイナミックな意思決定そのものです。従って、あるべきSCMシステムとは、「経営層の意思決定を支援するシステム」であって、「経営層に成り代わって意思決定するもの」ではありません。システムは、必要な過去、現在、未来の情報を提供することで、“ダイナミック”な変化に対応するための、“ダイナミック”な意思決定を支援できればよいのです。そこに、システムの勝手な最適化計算が提示されては、かえって意思決定を誤る恐れがあります。未来はあくまで「経営層の意思」として決めるべきなのです。

 そしていま、多くの企業がこうしたことに気付き始めています。「SCMシステムのデータを基に、人間が意思決定を行う」という考え方が、いま実際に、新しいSCMシステムを構築する際のトレンドとなりつつあるのです。

 これはもちろん、過去の反省を基に、多くの企業がSCMというものを冷静になって考え直した結果でしょう。要するに、「自動最適化には懲りた」ということです。「そもそも人間が理解できないような統計モデル」「現実と遊離した数学モデル」「ダイナミックな対応ができない、静的で融通の利かないロジック」が見放されたのです。そして「人間が判断し、意思決定すべき、計画業務の在り方」が見直されたということでしょう。これからSCMやり直しの大きな波が確実にやってきます。

 ただ、ここで大切なのは、“あるべきSCMシステム”とは、各社各様のビジネスに対応するように構築したものだということです。つまり、「すべての企業が上記のようなSCMシステムを持つべきだ」というわけではありません。例えば、計画業務といえども、先に述べたような単純な補充計算だけでこと足りるようなケースなら、サプライチェーンプランニング・システムによる完全な自動化もアリなのです。

 お分かりでしょうか? 大切なのは、あくまで各社のビジネスに最適なSCMシステムを構築することです。「外から持ち込んだパッケージに合わせる」とか、「パッケージを買えばそのまま使える」など、必要な思考や努力を省いたところにSCMシステムの成功はあり得ません。それぞれの企業が「自社は、どういうSCMを営むのか」を考え、明確にし、自社にとっての“あるべきSCMシステム”を個別に導き出していくべきなのです。


 次回から、SCMシステムの在り方について、より具体的に紹介していきます。

筆者プロフィール

石川 和幸(いしかわ かずゆき)

株式会社サステナビリティ・コンサルティング

株式会社インターネット・ビジネス・アプリケーションズ

大手コンサルティングファームであるアンダーセン・コンサルティング(現アクセンチュア)、日本総合研究所、KPMGコンサルティング(現ベリングポイント)、キャップジェミニ・アーンスト&ヤング(現ザカティーコンサルティング)などを経て、サステナビリティ・コンサルティングインターネット・ビジネス・アプリケーションズを設立。SCM、BPR、業務設計、業務改革、SCM・ERP構築導入を専門とし、大手企業を中心に多数のコンサルティングを手がける。IE士補、TOCコンサルタント。『だから、あなたの会社のSCMは失敗する』(日刊工業新聞社)、『会社経営の基本が面白いほどわかる本』(中経出版)、『図解 SCMのすべてがわかる本』(日本実業出版社)、『中小企業のためのIT戦略』(共著、エクスメディア)など著書多数。


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