心をわずらった人への正しい対応方法は?読めば分かるコンプライアンス(17)(3/5 ページ)

» 2009年04月07日 12時00分 公開
[鈴木 瑞穂,@IT]

部下がメンタルヘルスを崩したらどうすればいいのか

 そのころ、グランドブレーカーでは、堺に3日間の短期休職を命じた大塚マネージャが、堺との休職明けの面談を翌日に控え、どのように応対したらよいものかと頭を悩ませていた。

 堺の問題が再浮上したのは、年が明けて正月ムードも抜けてきた1月中旬、クライアントの経理課長から大塚にかかってきた1本の電話からだった。年始のあいさつを交わした後、経理課長はいった。

経理課長 「昨年の11月下旬に『交際費』のプログラム仕様に関して、御社の堺さんに弊社の要望をお伝えしてあるんですけどね。そのとき堺さんは仕様変更になるかもしれないから後日話し合いたいとおっしゃっていたんですけど、その後、何の連絡もないところをみると、御社も『交際費』に関しては仕様変更はないことを認めたのだと思いますが、それでよろしいのですね。ついては、来週にでも現状を前提にした今後のスケジュールの詳細を詰めたいので、1度堺さんと一緒に弊社までおいでいただけませんか?」

大塚 「え? あ、その件でしたら、あの、もう少し詳しくお話したいと思いますが……」

経理課長 「大塚さん、いくら年末年始を挟んでいるとはいえ、堺さんにお話してからもう1カ月以上たってるんですよ。いまさら仕様変更でした、仕切り直しさせてくださいはないでしょう」

 結局、経理課長に押し切られる形で、大塚は訪問する日程を約束した。

 電話を切った大塚は、昨年の12月に本庄から報告を受け、堺を呼び出して激励したときのことを思い出していた。

 あのとき本庄は堺のことを心から心配していた。このジョブに配属されてから本庄にとって堺は上司となったが、仕事上の立場には関係なく、1人の友人として堺の健康や精神状態を本気で心配していた。そのような本庄の気持ちが分かったので、大塚も堺を呼び出したときは、いつものようにしかりつけるのではなく、励ましてやろうという気持ちで話したつもりだった。

 大塚は、堺が基本的には頭が良くて素直な性格をしている優秀な人材であることを認めている。なので、励ましてやることですぐに立ち直れると思っていた。ところがいま、クライアントからの電話によって、あの後堺は立ち直るどころか何の対処していなかったことが分かった。そして、自分のフォローアップが足りなかったという自責の念と、堺から裏切られたような腹立たしさと、堺にいったい何があったのかという心配で、大塚は強いショックを感じていた。

 取り急ぎ大塚は、本庄たち3人のSEを呼んでジョブの現状ステータスを確認し、堺の日常の様子を聞き取った。

 プログラミングについては、クライアントの要請どおりに進めるしかなく、本来ならば、スケジュールの延長と報酬額の増加を交渉すべき状態だが、これほど時間がたってしまったいまとなっては、その交渉はあきらめざるを得ないと結論付けた。心配なのは堺の様子であり、部下の3人は異口同音に「堺さんは精神的に参っているようだ」と報告した。

 そこで、大塚が今後の巻き直しについて話し合おうと思って堺を呼び出したのが、先週の金曜日だった。

 久しぶりに堺と会った大塚は堺の変化に驚いた。髪の毛は脂気がなくパサパサ、目の下にクマができてほほがこけ、剃り忘れたひげがあごのあたりにうっすらと生え、死んだ魚のように力のない目をしていた。

 交際費について対処しなかった事情を尋ねても、何かいいたいことを必死にこらえているような苦しげな表情をするばかりで、まともな説明はなかった。

 仕事上で対処しきれないことがあるのか、私生活で何か悩みでもあるのかと問いただしてみても、「はぁ、えぇ」を繰り返すだけで、何も語ろうとはしなかった。ただ1度、いきなり、「灰色のガスが誰も信用してはいけないことを教えてくれた。企業人とは他人のあら探しをして生きている生き物だ」と、わけの分からないことをいい出した。大塚があまりの唐突さに驚いていると、堺はハッとわれに返ったような顔をして、すぐにもとの無口モードに戻ってしまった。

 そのとき大塚は、「これは普通じゃないな」と直感した。

ALT 赤城 雄介
ALT 大塚 敏正

 堺の部下たちも「精神的に参っている」という表現を盛んに使っていたし、管理職研修で習った“メンタルヘルス”という言葉も浮かんできた。

 「メンタルヘルスを崩している者は、とにかくいったん仕事の環境から外すこと」という講師の言葉も思い出され、その場で堺に「とにかく、来週は月曜日から3日間休みをとって、体調を治してから出社せよ。そのとき、もう1度話し合うことにしよう」といい渡したのだった。その3日間の休みが今日で終わり、明日には堺と話し合うことになっている。

 コンプライアンスを浸透させるために、管理職としては部下へのハラスメントをなくすと同時に、部下のメンタルヘルスに気を配り、肉体的にも精神的にも安全で快適な職場環境を維持していかなければならない。大塚もそのような管理職の任務は理解している。

 ただし、残念ながら抽象論として理解しているだけである。目の前に堺という生身の部下がいて実際にメンタルバランスを崩しているとき、抽象論的理解だけでは役に立たない。具体的にどのように対処すればよいのか、その肝心な部分が分からない。

 そして、思い余った大塚は、赤城法務部長のところへ相談に行った。

赤城 「なるほど、それは確かにメンタルヘルスの問題だね。堺くんは心理的な問題を抱えているとみるべきだろうね。でも、残念ながら、僕も門外漢だからよく分からないな」

大塚 「そんなぁ。コンプライアンスの問題じゃないですかぁ。助けてくださいよ!」

赤城 「そりゃあコンプライアンスの問題だけど、専門てものがある。法律もそうだけど、生兵法はけがの基だ。メンタルヘルスのような心の問題は特にそうだ。きちんとした専門家に意見を聞くべきだな」

大塚 「専門家って、わが社にいますか?」

赤城 「まぁ、専門家かどうか分からないけど、人事部に産業カウンセラーの資格を持っている岡本という課長がいるから、岡本くんに相談してみたらどうだ?」

 大塚が人事部の岡本課長に連絡を取り、いままでの経緯を大ざっぱに説明したところ、相談者(岡本課長は堺のことをそう呼んだ)との面談が明日に控えているなら、これから打ち合わせましょうといってくれた。

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