以上で、サプライチェーンモデリングの全容を把握できたと思います。ただ、この作業にはいくつか配慮すべきポイントがあります。その1つがデカップリングポイントの設定です。デカップリングポイントとは、簡単にいうと「受注に対して、どのポイントで在庫を構えるか」ということです。例えば、前述のデルの場合、デカップリングポイントは、「部品在庫(とその倉庫)」ということになります。
デカップリングポイントが重要なのは、その設定によって、SCMの業務の取り回し方が大きく変わるためです。以下の図3を見てください。中段の例のように、「見込み生産」型のサプライチェーンを採用し、物流センターの倉庫をデカップリングポイントとした場合、完成品を組み立てて倉庫に製品在庫を搬入するまでは計画主導で業務を行いますが、倉庫からの出荷業務以降は、受注に基づいて実行する形になります。
一方、デルのように「受注組み立て」型のサプライチェーンを採用し、部品在庫を納める倉庫にデカップリングポイントを設定した場合、図3下段のように、倉庫に部品在庫を搬入するまでは計画にのっとって遂行しますが、組み立て業務以降は受注主導で行います。つまり、デカップリングポイントを境に、計画主導の計画系業務と、受注主導の実行系業務が切り替わるのです。
ではなぜ、計画系業務と実行系業務の切り替わるポイントが大切なのでしょうか。簡単に復習すると、計画系業務とは「経営上の意思決定として行う業務」であり、実行系業務とは「経営的な判断を差し挟まず、決まりに従って効率的に行うべき処理」です。そして各社とも、それぞれの業務に然るべき役割の担当部門が存在します。
つまり、デカップリングポイントの設定によって、「全業務プロセスにおいて、どれが計画系業務で、どれが実行系業務か」「全業務プロセスのうち、2つの業務はどのプロセスで交わるのか」が明確になります。これが「どの業務を、どの部門が担当し、いつ行うのか」──すなわちサプライチェーンの在り方を決める大きな手掛かりになるとともに、その設定次第で在り方が大きく変わる、というわけです。
サプライチェーンモデリングを行い、業務プロセスの大きな流れを構築したら、次はそれを支える各計画系・実行系業務の業務フローを策定します。この業務フローは、かなり細かなシナリオを検討する必要があります。
例えば計画系業務なら、「通常時の計画立案のフロー」「供給ひっ迫 時の配分計画立案のフロー」「新製品立ち上げ時の計画立案のフロー」「生産終了時の計画立案のフロー」「販売終了時の計画立案のフロー」といった具合に、あらゆる想定シナリオに基づいた業務フローが必要です。実行系業務の場合、顧客によって受注・出荷形態が異なるため、自社にとって必要なだけの受注・出荷シナリオを想定し、その1つ1つに業務フローを策定します。
ただ、よく見かけるのは、業務名を書いた箱を並べただけの単なる流れ図のような業務フローです。SCMを構築するうえでは、これではまったく不十分です。SCMの成功は、各業務のタイミングと前後関係、組織間の役割・権限を明確化することが前提条件です。業務フロー図もこれらのことが読み取れるものにしなければなりません。
ポイントは、以下の図3のように、業務フロー図に時間軸と担当組織を明示したうえで、「いつ、どの部門が、何に基づいて(どの業務の後に)、何を決めるのか(何をアウトプットするのか)、その次の業務は何か(アウトプットがインプットされる業務は何か)」が明確に分かるよう配慮して図示することです。
もう1つ気をつけたいのは、シナリオごとに業務フローを描くことになるため、この作業には莫大な時間がかかる恐れがあることです。従って、まず最初にどのくらいの業務シナリオが考えられるのかを洗い出し、その中から必要なシナリオを選出し、それに基づいて業務フローを描くための工数や、必要な要員数などを見積もっておくことが、効率よく作業を進めるコツです。
また、SCMの構築では、必ず業務部門のコミットメントを得ることが大切です。もし、ここまでのステップを情報システム部門がリードしてきたのであれば、必ず業務部門の人に理解を求め、業務フローに描いた業務について合意・承認を得なければなりません。逆に、業務部門が主体で業務設計を行ったとしても、設計に携わったメンバーは社員のごく一部に過ぎません。やはり、各業務部門の社員や上司に承認してもらう必要があります。
承認だけでなく、実際に実行可能かどうかを確認し、描かれたフローどおりに業務を実行してもらうことをコミットメントしてもらわなければなりません。あとで「そっちが勝手に描いたフローじゃないか」などといわれないためにも、責任を持って承認してもらい、実行を約束してもらうのです。そうしないと、本当に努力がムダになるだけでなく、この後のシステム導入も失敗する可能性が高くなります。
つまり、SCMの構築に乗り出す以上、その企業の主要な社員は、システム部門だけに、あるいはプロジェクトメンバーだけに“お任せ”にするのではなく、自らの業務として成り立つのかどうか、1人1人があくまで自分の問題として確認をする義務があるのです。そしてマネジメント層は、描かれた業務の絵姿が、設定された経営目標の達成に貢献するのかどうか、しっかりと検討し、判断する必要があります。
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