あの“とんでも社員”を解雇させたい!読めば分かるコンプライアンス(19)(2/5 ページ)

» 2009年06月08日 12時00分 公開
[鈴木 瑞穂,@IT]

嫌な予感がしていたパートナー選定

 グランドブレーカーでは、クライアントからジョブを受注すると、人事部人財課がコンサルティングチームを任命する。

ALT 柏木 三郎

 それはマネージャコンサルタント、シニアコンサルタント、そのほかのスタッフ数名からなり、受注したシステムの基本設計・詳細設計までを作成する。

 その基本設計・詳細設計が完成し、クライアントの承認を得る段階になると、人事部人財課は、次にシステム開発部所属社員の中からSEチームを選抜する。

 それは、シニアSE、そのほかのスタッフ数名からなり、シニアSEがリーダーに任命されてチームを統率し、コンサルタントチームから基本設計・詳細設計を引き継いで、コンサルタントチームのシニアコンサルタントのスケジュール管理の下で、実際の開発・導入作業を行う。

 東南電機から受注した「在庫管理システム構築」の場合、マネージャコンサルタントの大塚とシニアコンサルタントの神崎、そのほか2名のスタッフでコンサルティングチームが編成され、約3カ月をかけて基本設計・詳細設計を作成した。

 そして、いまから1カ月ほど前、基本設計・詳細設計が完成してクライアントの承認を得る段階になり、人事部人財開発課は柏木をリーダーとする5名のSEチームを編成した。

 人事部人財開発課からその連絡を受けたとき、神崎は「こりゃまずい!」と思った。よりによって柏木がリーダーとは!

 柏木三郎。28歳(神崎と同年である)。3年前にベンチャー系システム開発会社からグランドブレーカーの経験者採用枠に応募・採用され、現在はシステム開発部のシニアSEである。

 シニアコンサルタントである神崎にとって、SEチームのリーダーは二人三脚のパートナーである。SEチームリーダーは、自分と相性の良い人物であってほしいと思うのは当然の人情だった。

 しかし、神崎は柏木に対しては相性の良さは感じていなかった。いや、はっきりいうと、相性が悪いことに確信が持てるくらいだった。

 柏木に関しては、勤務態度はまじめでプログラミングの技量に優れている、IT関連知識も豊富、与えられた仕事については平均以上の結果を出す、といった評判がある。しかし一方で、自己顕示欲が強く、気に入らないと部下であろうと上司であろうとこき下ろし、自分の非は認めようとせずに協調性のかけらもなく、一口でいうならば「イヤなやつ」だ、というもっぱらの評判だった。

 神崎自身は、いままで柏木と組んで仕事をしたことはなかったが、部下に対していつまでもガミガミと小言をいっている柏木を何度も目撃したことがあったし、何かの会議で柏木が会社の体制を批判するのを聞いたこともあり、評判通り“しつこくてアクの強いやつだな”という印象を持っていた。

 柏木がSEチームリーダーに任命されたという連絡を受けたとき、神崎はコンサルタントチームのシニアコンサルタントとして、SEチームのリーダーである柏木と二人三脚で開発・導入フェイズを乗り切っていく自信は持てなかった。

 しかし、自分の個人的な感情で会社の人事に文句をつけるわけにもいかず、神崎は「ここは腹をくくって柏木と付き合っていくしかない」と思い定めたのだった。

 ところが、というか案の定というか、SEチームの業務は波乱の連続となった。

 初っぱなは、コンサルタントチームからSEチームへの引継ぎミーティングのときだった。

 柏木は、神崎の口頭説明のささいな言い回しにこだわり、上流過程を取り仕切るコンサルタントチームがそのようなことでどうする、上流がいい加減だとSEチームが迷惑するんだとくってかかった。

 大塚マネージャが、陰険なムードになった場をとりなそうとして、一方で神崎に「物事は正確に伝えるように」と柔らかく注意し、他方で柏木には「協調性を大事にするように」とたしなめたところ、柏木は今度は大塚にくってかかった。「仕事ってのは仲良しクラブのお遊びじゃない。あなたは協調性にかまけて仕事の詰めを甘くしている。とてもマネージャの器ではない」

 大塚もこれにはキレた。もう少しで柏木に怒鳴り返し、喧々諤々の口論になるところだった。神崎は自分も柏木の言葉に腹を立てていたが、その気持ちを抑えて大塚をなだめ、何とかことなきを得た。

 その後のコンサルタントチームとSEチームの定例進ちょくミーティングでも、柏木は事あるごとに大塚や神崎を非難した。クライアントの中島係長を交えた打ち合わせの席においても、柏木の上司非難は鳴りを潜めることはなかった。そのたびに、大塚は沸点直前までいき、いつも神崎がなだめ役となってその場を収めていた。

 また、SEチームはクライアントの事業所で作業をしているが、部下のスタッフがミスをしでかすと、柏木はクライアントの目があるにもかかわらず、その場でミスの原因や影響を根掘り葉掘り探り出してはスタッフをやり込め、その責任を追及することに時間を費やしていた。

 柏木の仕打ちに苦しめられたスタッフは神崎に相談を持ちかけ、そのたびに神崎はスタッフをなだめすかすことで、何とか日々の作業に向かわせていた。それだけではなく、柏木がスタッフの責任追及に精を出すたびに作業は遅れ、その遅れを取り戻すために神崎がヘルプに入ったのも2度や3度ではなかったのだ。

 そして、コンサルタントチームのシニアコンサルタントとして、神崎には現場の状況をマネージャの大塚に報告する義務があった。スタッフに対する柏木の言動を神崎から聞くたびに、大塚マネージャのボルテージは沸点直前まで高まった。

 しかし、大塚の感情のままに柏木に対応したのでは、状況は余計に複雑かつ深刻になり、クライアントに約束した納期を守れなくなると思ったので、神崎はいつも「僕が何とかするし、柏木も変わるだろうから」と大塚をなだめていた。

 しかし、神崎は柏木の言動が変わるどころか、彼の「イヤなやつ」ぶりが日増しに強くなっているような感じを受けていた。この分だと、大塚やSEたちをなだめきれなくなるだけではなく、柏木のせいで何らかの形でクライアントに迷惑をかけることになるのではないだろうか。

 そのような不安が募ってきていたところへ、クライアントの中島係長からの電話である。そして、神崎は「来るべき事態が来てしまったか!」と観念したのだった。

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