あの“とんでも社員”を解雇させたい!読めば分かるコンプライアンス(19)(4/5 ページ)

» 2009年06月08日 12時00分 公開
[鈴木 瑞穂,@IT]

問題社員の言い訳

ALT 柏木 三郎

 その翌日の夜。

 柏木は、行きつけの居酒屋で手酌で日本酒をあおっていた。

柏木 「(上司批判は控えろだと!? ふざけるんじゃねぇ。批判されたくなきゃ、上司らしくしろってんだ。組織のポジションにあぐらをかいてるだけだから、批判されるんじゃねぇか。まったく、バカにしてやがる!)」

 その日、いつものように東南電機の作業所に出向いた柏木は、大塚からオフィスに戻るようにとの連絡を受けた。そして、オフィスに戻ってみると「改善項目」を突きつけられ、その日の作業状況を毎日神崎に報告せよと命じられたのだった。

柏木 「(神崎に報告しろだと!? 何で俺が、よりによってあの神崎に監視されなきゃならねぇんだ? 人をバカにしやがって!)」

 柏木は概して上位者に対しては否定的だったが、その中でも、神崎に対しては特に自分と同じ年齢でさしたる能力もないくせに、ただコンサルタントチームのシニアコンサルタントだというだけで、自分の上に位置していることが我慢できなかった。

 このような心理の原因は、柏木自身は自覚していないが、大学受験の失敗という経験にあった。

 柏木は子供のころから学業優秀で、地元の進学高校に進んでからは将来は東京大学に進み、一流企業のエンジニアになるという夢を持っていた。それは単なる夢ではなく、客観的にも東大進学に十分な学力があったし、彼自身も合格する自信があった。

 ところが、受験当日、柏木は風邪をひいて熱を出してしまった。それでもなんとか受験はしたものの、結果は不合格だった。さらに家庭の事情で大学進学はあきらめざるを得ず、結局柏木は地元の2年制のコンピュータ専門学校に進むしかなかった。

 柏木のプライドは、大学受験不合格という挫折によって深く傷ついた。大学に合格した同期の仲間に対して、屈折した劣等感を持つようになってしまった。

 人は挫折感や劣等感などのような心理的プレッシャーを感じると、プレッシャーの原因となっている人を攻撃したり、まったく関係のない人に八つ当たりすることによって、自分の精神のバランスを保とうとする。

 柏木は心の中で、大学に合格した同期の仲間をののしり、地元のコンピュータ専門学校の同級生たちを見下していた。専門学校を卒業してSEとして働き始めてからは、「大卒」や「上司」をののしり、「部下」を見下すことが柏木の生き方になってしまったのだった。

柏木 「(大塚も神崎も、会社が用意したポジションにぶら下がっているだけの能無しじゃねぇか! 俺の優秀さを認めようとしないのも、自分たちのバカさ加減に気付くことが怖いからなんだ。この俺が、なんでそんなやつらのいいなりにならなきゃなんねぇんだ? 冗談じゃねぇ! あいつらには、自分たちがどんなにバカなのかを思い知らせてやる!)」

 柏木の日本酒をあおるピッチは、ますます早くなっていった。

報告書の作成

報告書
案件 クライアントサイト(東南電機株式会社)における柏木シニアSEの言動
対象期間 2009年2月16日?同年3月13日
聴取相手 東南電機株式会社総務部中島係長、当社SE(岡島、新井、榎本、原田)および柏木シニアSE<文中敬称略>
記録 神崎亮太
事実1  柏木は、日常的に部下のSEたちに対して侮辱的な言葉を使っている。例えば、岡島は「給料泥棒」「お前がコンピュータを使っていても、クライアントの電気代の無駄だ」といわれたことがある。新井は「SEのセンスがない。芸人にでもなればいい」「頼むから俺の前から消えてくれ」といわれたことがあり、榎本は「さっさと辞めちまえ」「どこに再就職してもお前にはSEは勤まらない」といわれたことがあり、原田は「そんなこともできないなら、明日から会社には来なくていいクビだ!」といわれたことがある。
 このような状況は、今年の1月にSEチームが編成された当初から継続しており、1日のうちに何回も繰り返されている。2月16日に大塚マネージャから柏木に「改善項目」が申し渡された後も、一向に変わっていない。これによってSEたちのモチベーションが低下しているのは事実である。
 この点について2月20日に柏木本人に確認し改善を求めたところ、柏木は「それは叱咤激励だ。それを侮辱的な言葉と解釈するのはSEたちの意識が低いからだ。彼らを教育するためにも、私はいままでどおり厳しく接するつもりだ」と応えた。
事実2  2月24日の午前中、SEの岡島が作成していた「操作マニュアル」の原稿のチェックをしていた柏木は、その原稿の中に「ない様(正しくは内容)」「体様(正しくは態様)」「態勢(正しくは体制)」という変換ミスを発見した。
 柏木は、すべての作業を一時ストップしてSE全員を集め、岡島に変換ミスの原因を述べさせ反省の言葉を強要し、全員に対して謝罪するように命じた。それに止まらず、「そもそもお前たちの生活態度がだらしないからこんなミスが発生するんだ」といって、その場で全員に生活改善策について作文を書かせた。説教は延々4時間にもおよんだ。
 そのため、SEたちはその日の昼休みをとることができず、作業も大幅に遅れた。この事実は、
 同日の午後4時ころに私がクライアントサイトを訪れたときに岡島たちから聞き取った。そこで柏木に直接確認したところ、スタッフの生活態度が緩んでいるのは事実であり、それがこのような単純なミスを招いているのだから、今後そのようなミスを防ぐための当然の指導である、とのことだったので、私がそれは「改善項目」に反している旨を指摘したところ、柏木は「改善項目」に反しているというのは神崎の解釈であり、自分は反しているとは思わないし、そもそも、現場を知らないマネージャやシニアコンサルタントの作った「改善項目」などは納得できない、と反論した。
 柏木との話し合いは口論となり、柏木はだんだん激してきて、しまいには私と大塚マネージャを「能無し」と批判した。その日の作業は当然遅れてしまい、その遅れを取り戻すために、翌日私がヘルプに加わった。
事実3  柏木と新井は、毎週金曜日にクライアントと進ちょくミーティングを持ち、その週の作業の進ちょくと翌週の作業予定を中島係長に報告し、そのほかの必要案件を打ち合わせているが、新井によれば、2月27日のミーティングにおいて柏木は、その週の作業に遅れが生じたのは、当社の神崎が24日に業務監査をしたせいであり、当社のマネージャやシニアコンサルタントが訳も分からずSEチームに対して権力を振り回すから現場のSEは苦労している、といった。
 この点について、3月2日に中島係長に会って確認をとったところ、確かに柏木はそのような内容の批判をいっていたとのこと。さらに中島係長からは「先日のバグの騒ぎのときもそうだったが、クライアントとしてはグランドブレーカーの内部事情はどうでもいいから、とにかく作業をスケジュールどおりに進めてもらわないと困る」と苦情をいわれた。
事実4  3月6日、中島係長と電話で話したとき、次のようにいわれた。「今日の進ちょくミーティングで、在庫管理システムの物流モジュールについては作業スケジュールを見直すのが妥当だと思われたので、それについて検討してスケジュール案を作成してもらいたいとお願いしたところ、柏木さんは毎日のように本社の業務監査が入っているので、そのような追加業務にはすぐには応じられない、このような状況になったのは能力のない者が上司になっているからであり、本社と掛け合ってもらいたいといって、当社のお願いを拒否した。これでは本当に困るので何とかしてもらいたい」
事実5  3月9日、柏木と面談して、3月6日の中島係長の話について話し合った。柏木は中島係長の要求に応じなかったことは認めたが、それは私と大塚マネージャが柏木自身を無駄に監視しているからであり、クライアントに迷惑をかけているのは現場のSEチームを信用しない会社の体質のせいだと反論した。
事実6  3月13日は定例の進ちょくミーティングだったので、クライアントとの関係をこれ以上悪化させないために、今日のミーティングは自分(神崎)も出席する旨を柏木に伝えたところ、柏木は急に怒り出し、それほど自分(柏木)を信用できないならすべてを神崎がやればいいだろうと怒鳴り散らした。そして、ミーティングに出席することを拒否し、ミーティングが行われている間に帰宅してしまった。

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