養老孟司東京大学名誉教授は著書の中で、「人間同士が理解し合うというのは根本的には不可能である。理解できない相手を人は互いにバカだと思う」と述べている。
誰しも自分がバカだとは思いたくない。
話が通じない相手はバカにする。そうやって知らず知らずのうちにバカの壁ができていくというわけである。「バカの壁」がない人間などどこにもいない。だったら開き直って、自分の「バカの壁」を認めてたくましく聞きまくろう。
「バカの壁」に向き合わない組織は、議論も中途半端で人も育たたず、いざというときに戦えない。ナレッジマネジメントで高度な知識を集めるのもいいが、社内用語集やQ&Aを誰でも読めるようにしておくことの方が、もっと大事ではないだろうか。
京都という町は閉鎖的だと思われている。
実は筆者も、生まれも育ちも京都である根っからの京都人で、「京都はビジネスがしにくい」とか「京都人は付き合いにくい」とかよくいわれる。
しかし、その半面、学生や外国人、起業家をいくらでも受け入れる風土も持っている。ただし、京都人は受け入れた「よそ」者に対して警戒を解かない。しかし、一度信用を得た者は「うち」の者としてどんどん優遇されていく。
京都人は「信じて頼る」信頼を乱発しないかわりに、「信じて用いる」信用を「よそ」者に対してでも公平に与える。
そして、誠実に信用に積み重ねる者に心を開くのだ。
天下を取ろうと上京してくる「よそ」者を排除せずとも心を許さなかった京都人の知恵がそこにある。京町家の格子窓は通りの外からは家の中が見えにくく、逆に家の内からは外がよく見える。そしていま、その京町家には若い職人やデザイナーが多く住んでいて成功を目指している。
戦国時代、最強といわれた武田軍は規律を重んじたことで有名である。
甲州法度之次第 第五十五条にはこう記されている。「晴信(武田信玄)の形儀その外の法度以下において、意趣相違のことあらば貴賤を選ばず目安をもって申すべし。時宜によりその覚悟をなすべし」。つまり、領主である武田信玄自身が、自らも家法を命がけで守ろうとしているのである。
武田軍の強さは石垣でも城でもなく人にあった。
人を統率するために自らさえも束縛される規律を信玄は作った。
同じことは現代企業における規程作りにもいえないだろうか。規程を作っただけで説明しない、規程の中身など見たこともないではルールなど守れるわけがない。
名ばかり規程によるコンプライアンス経営は危険きわまりない。反対に守らなくてもいいんだという危険な意識が広がるだけである。
スペースシャトルのブースターロケット部分の製造を担当していたモートン・チオコール社のロジャー・ボイジョリー氏は、シャトル打ち上げ検査で黒く焦げた大量の油を発見した。
ブースターのOリングから漏れた燃焼ガスが2次シールからも漏れると、燃料タンクに火がついて爆発する。調査の結果、低温時におけるシール効果の低下が原因であることが判明し、対策チームが結成されたが、会社からの支援はほとんどなかったという。
そして、チャレンジャー打ち上げ前日、対策チームは−8℃という天気予報に驚き、経営陣に打ち上げ延期を進言する。しかし、強行派の役員が慎重派の役員を抑えつけてNASAに打ち上げ準備続行を勧告した。
以上は、チャレンジャー号爆発事故(1986年1月)の1年前の出来事である。役員の行き過ぎた利己主義がそこにあることは間違いない。しかし、それだけだろうか。先の性弱説のところで述べた、正当化も垣間見える。
自分自身に対して無理に正当化する、自己欺瞞(ぎまん)がそこにある。そして、赤信号をみんなで渡るような集団思考もあったのではないだろうか。
次回も、今回の続きで「防犯の技術を振り返る」をお届けする。
杉浦 司(すぎうら つかさ)
杉浦システムコンサルティング,Inc 代表取締役
京都生まれ。
MBA/システムアナリスト/公認不正検査士
京都府警で情報システム開発、ハイテク犯罪捜査支援などに従事。退職後、大和総研を経て独立。ファーストリテイリング、ソフトバンクなど、システム、マーケティングコンサルティング実績多数。
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