変化の中で、自らを制御できるものが生き残る何かがおかしいIT化の進め方(43)(2/4 ページ)

» 2009年06月23日 12時00分 公開
[公江義隆,@IT]

「人」の行いで、「免疫」というシステムが弱体化した

 さて、以上は予備知識であり、ここからが本題である。人が生まれたときに持っているのは「ナイーブT細胞」という1型、2型の区別のない細胞である。これがバクテリアやウイルスに出会うと1型に、アレルギー物質に出会うと2型に変わる。

 また、1型と2型は、互いに相手の増殖を抑える物質を出すことで“陣取り合戦”をしており、0〜6歳ごろに育った環境によって、各人の持つ1型と2型の割合がほぼ決まってしまうらしい。このうち、2型の多い人は、アレルギー物質に出会うと「IgE抗体」が最初から大量に作られることになり、アレルギー体質になりやすい。

 人類は、発生してからごく最近まで、バクテリアやウイルスの多い、いまの感覚では「不潔」と思うような環境で生まれ育ってきた。日本では、ほんの50年ほど前には、おじいさん・おばあさん・親子・孫まで3〜4世代が1つの家屋に同居し、兄弟・姉妹も多く、近所の人々の出入りも頻繁にあった。近くにはネズミや虫がいて、子供たちは戸外で土にまみれて遊び育った。病気には至らなくとも、人や動物を通じてバクテリアやウイルスに接する機会が多くあった。

 こんな環境の中で、人はバクテリアやウイルスに対する免疫を獲得していった。「子供のとき手のかかった子は、大人になるとかえって丈夫になる」とよくいわれていた。しかし1960年代、経済的に豊かになるに伴い、核家族化と都市化が進んだ。そうした中で衛生思想が広まり、日常生活は年々清潔なものになっていった。

 その結果、バクテリアやウイルスに接する機会は激減したが、身の回りのアレルギー物質はむしろ増えていった。これにより、バクテリア、ウイルス担当の「1型」の割合が減り、アレルギー物質担当の「2型」が増え、感染症にもアレルギーにも弱い体質になってしまったようだ。

 一時期、種々の抗菌薬の発明によって、病原菌による感染症は押さえ込みに成功したかにみえた。しかし、やがて抗菌薬への対抗力を持つ耐性菌が次々と出現し、「抗菌薬が、病原菌をさらに強いものに育て上げる」という皮肉な結果になっている。昨今の抗菌グッズや消毒薬の多用といった清潔志向の行き過ぎもまた、同じような結果につながっている。

 そもそも、抗菌薬の主役である抗生物質も、もともとは「バクテリアやカビなどが、自分と競合するバクテリアやカビの増殖を抑えるために生成していた物質」である。極めて短期間で現れる耐性菌は、彼ら自身の自己防衛・環境適応の結果なのだ。

 免疫力の衰えた現代人に、強力になったバクテリアやウイルスが襲い掛かる事態が訪れた。近所との付き合いも少ない核家族、暖房が行き届き、ダニの生息やカビの生育に最適な屋内、内装材や家具・電化製品などに含まれる化学物質からの揮発物・アレルゲンが充満する密閉度の高い部屋、抗菌・防菌グッズや消毒薬に取り囲まれ土に触れることのない一見快適で便利な都会生活──こうした環境で育つ子供たちの体質はどうなっているのだろうか。ある免疫学者は「彼らの50〜60歳以降の姿が想像できない」という。

 バクテリアやウイルスの多い自然環境の中で、長い歴史を経て作り上げられきた免疫機能だが、現代社会がわずかこの数十年間で作り出した新しい“環境”に対応できず、機能障害に陥っているように思える。

現代の経済社会に、人の生体調節機能が対応できない

 人類を含む動物にとって、病原菌と並んで生活上の大問題となってきたのが「飢餓と寒さ」だ。それゆえに人類や動物には「飢餓や寒さ」に対処する身体機能が数多く備えられている。しかし、「飽食」の経験はなかったがゆえに、血糖値を下げる機能としては「インシュリン・ホルモンの分泌機能」しか準備されていない。生活習慣病の元凶とされる、肥満や糖尿病の問題の背景である。同様の事例はほかにもある。

 人や動物の身体は、異物から細胞を守る「免疫系」、体温、血圧、胃液の分泌、目の瞳孔などの調節を行う「自律神経系」、これらと連携して生体全体のコントロールをする「内分泌(ホルモン)系」という「3つの生体調節系」によって生命活動を維持している。

 外部から与えられる生体への有害作用、すなわち「ストレス」には、暑さ、寒さ、怪我などによる「物理的ストレス」、バクテリアやウイルス、花粉やダニなどによる「生物的ストレス」、有毒物質などによる「化学的ストレス」、それらに加えて「心理ストレス」がある。これらのストレスがある限度を超えたり、長期に継続すると、生体調節系がバランスを崩して体調不良に陥る。

 ストレスの原因・種類にかかわらず、ストレスに対する身体の共通した初期反応は、胃腸壁の出血(胃潰瘍や十二指腸潰瘍の前段階)、腎臓の上部にある副腎皮質の肥大(抗炎症作用を持つ副腎皮質ホルモンの分泌)、リンパ組織の萎縮(免疫力の低下)といわれる。これらによる不調を感じて体を休めていれば、やがて体はストレスに耐えるモードに入り、副腎皮質ホルモンが体内に蓄積されていた栄養素からブドウ糖を作り、これが細胞の中でアデノシン三リン酸というストレスに対抗するエネルギーを作り出す。

 さらに、自律神経系が働いて、副腎の内側の髄質からアドレナリンが分泌され、細胞の活動を活性化させる。これらの作用は、脳中央部の視床下部にある自律神経の中枢と、視床下部の下にある内分泌系の中枢を通じて行われる。 ごく最近まで、人類にとって主なストレスであった自然からの脅威には、この仕組みと免疫系がうまく機能していた。

 しかし、現在の経済社会は、ストレス初期の体調不良で安静を許さない状況を作り出したうえ、「心理ストレス」が大きな比重を占めるようになった。昔も自然現象に起因する恐怖や、人の死といった心理的ストレスはあったが、その多くは長期間続くものではなかった。しかし、現在のストレスは短期では解消しない種類のものが多い。

 初期に回復の機会を失いストレスが常態化すると、生体調節系のバランスが崩れ、方々の器官がそれこそ「何でもあり」の、さまざまな症状(不定愁訴)を引き起こす。これによって、あらゆる身体症状が生じるほか、脳の視床下部から脳幹へストレス情報が伝達され、脳内の神経伝達物質の分泌や生成・分解にも影響がおよび、精神的な症状を引き起こすことになる。例えば神経伝達物質のセロトニンが足りなくなるとうつ症状に陥る。

 心理的ストレスは大脳の神経細胞のつながりの中で作られる。神経細胞間の情報伝達では、同じ刺激が継続・反復すると、その情報が伝わりやすくなるという性質がある。よいことを覚えたり理解する際には都合のよい性質だが、悪いことにも同じことが起こる。その情報については、脳が次第に過剰に反応するようになり、普通の状態なら気にならないようなことまでがストレスの種になるようになる。

 人類が長年を掛けて作り上げてきた体内の生体調節系が、ストレス処理をうまくこなせなくなった。その一因もまた、この数十年間にわれわれが作り出した社会や生活の環境変化にある。

参考情報 〜生体内の情報伝達は化学物質が担っている〜

「3つの生体調節系」では、それぞれが化学物質を使って必要な情報伝達を行っている。まず免疫系では、「抗体を作る指示」などの情報のやりとりが細胞相互の間で行われているが、その担い手は「サイトカイン」と呼ばれる種々の化学物質である。内分泌系では、血液中に分泌されるさまざまなホルモンにより、臓器から臓器への情報伝達が行われている。

神経系では、「シナプス」といわれる神経細胞間の接合部のわずかなすき間で、一方の神経細胞が神経伝達物質を放出し、もう一方がそれを受領するという形で情報伝達が行われる。神経伝達物質には「セロトニン」や「ドーパミン」など約100種類もの化学物質がある。本文中の「自律神経系」では「アセチルコリン」という物質が神経情報伝達に関与している。


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