なぜ運用管理こそがクラウド戦略の要なのか?クラウド時代のIT資産管理(2)(2/2 ページ)

» 2009年08月27日 12時00分 公開
[武内 烈(株式会社コア),@IT]
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“複雑化”対応におけるITIL Version 3への期待

 変化対応力やコストの最適化を実現するとして期待されているクラウドだが、前述のように、その実現には複雑化する環境を運用する管理層の充実が不可欠なことが分かる。

 管理層の充実は、すでに運用管理のポリシー策定にとどまらず、「戦略」「設計」「導入」「運用」「変更」といった、すべてのフェイズにかかわっているといっても過言ではない。そんな変化対応力を持つ企業ITを実現する一助として注目されているのが、ITIL(Information Technology Infrastructure Library)である。

 ITILはV2の時代、運用管理のプラクティスとして注目を集めたが、実はITILは運用管理に特化したガイドラインではない。ITをサービスととらえ、あたかもユーティリティサービスを提供する際に必要となるサービス提供の全域に渡ってサービスの品質向上を実現するためのガイドラインとして策定されたものだ。

 ITIL V3 ITサービスの5つのライフサイクル

  1. サービスストラテジ(戦略)
  2. サービスデザイン(設計)
  3. サービストランジション(導入・変更)
  4. サービスオペレーション(運用)
  5. 継続的なサービス改善

 ここで重要なことは、管理層の充実は5つのライフサイクルすべてに関係しているということだ。すなわち、運用管理部門の関与も管理層の充実という観点から考えると、ライフサイクル全般を意味する。「運用管理が戦略的な役割を担う」というのも、クラウド環境においては、運用管理層を考慮せずに前述の5つのフェイズのどれも語れないからだ。

 クラウド時代における運用管理は、川下ではなく、「運用管理こそがクラウド戦略の要」であるといえる。特にこのことは経営者層こそが理解すべき重要なポイントであり、いまだに「サーバのお守りをする運用管理の後ろ向きなコストを削減をすべし」と声高々に命題として掲げている経営者がいる企業は、クラウドを活かして企業競争力を高めることはできない。

ALT 図6 ITIL V3は、ITサービス・ライフサイクルの面から全体が再構成された(出典:ITIL書籍「Service Transition」 TSO刊)
ALT 図7 ITILでの変更管理は、変更許可委員会での検討・承認がベースとなっている。迅速な変更のためにはどこまでポリシーベース化できるかが1つのポイントとなろう(出典:ITIL書籍「Service Transition」 TSO刊)

変更管理ポリシーとは、どんなものか?

 さまざまな変更要求に対する迅速な変化対応――。それを実現するには、変更管理のポリシーやプロセスが機能していなければならない。特に組織横断的に利用されるリソースプールを基礎としたプライベートクラウド環境では、組織横断的にサービスの優先順位が明確化されていなければならない。

 一例を挙げると、「いざとなったときに、どのサービスから犠牲にするか」という優先順位のマネジメントだ。すべてのサービスが可用性100%を求められるわけではない。時間帯や曜日、季節によっても可用性の要件は異なるはず。「いや、うちが使っているサービスは常に利用可能な状態でなければ困る」という現場ごとの主張をそのまま受け入れてしまうと、全体最適への道から外れていく。つまり、組織横断的にSLAを検討し、サービスの優先順位を明確にしなければ全体最適化によるコスト最適化は不可能だといってもよい。

 重要な社内システムとはいえ、社員が利用する時間外は高可用である必要はない。一方で、一般のユーザーが利用するサービスは特定の曜日、時間帯に平日昼間の数十倍、数百倍のキャパシティを必要とする場合もあるだろう。何らかの時事的要因で例外的に急激なキャパシティ要求の増加に対応しなければならないことも考えられる。

 それぞれのサービスが必要とされる時間帯や曜日、季節などを特定し、さらに影響される金額に換算して、実際に企業活動の目的といえる営業利益にどのような影響を及ぼすのかの金額の大きさを基礎に優先順位を明らかにする必要がある。そもそも企業活動の目的とは利益を生むということであることを営業部門のみならず、すべての部門において理解し、IT戦略においても利益創出活動の優先順位によって明確な優先度を持つべきである。

 また、稼働の計画性が低いサービスや使用頻度の実績値が低かったサービスは、同等のサービスが同等のコストでパブリッククラウドとして提供されていないかを検討する必要もある。ITシステムの所有は会計的観点から「所有=資産」であるから、当然「総資産回転率」といった経営指標に影響を及ぼす。IT部門も、総資産回転率に悪影響をおよぼすような要因は排除し、費用計上が可能な「利用」形態をとることを検討する必要があるのだ。

企業戦略と整合する変更管理ポリシーが不可欠

 このような経営に大きなインパクトを与える変更は、運用管理レイヤの変更管理というよりもITガバナンスにおけるポートフォリオ管理の範ちゅうに入るかもしれないが、最上位の企業ITの戦略や方針がしっかりしていないとポートフォリオ管理レベルであれ、変更管理レベルであれ、サービス実施の優先順位が明確化できない。優先順位付けができなければ、変更管理のポリシーが策定できず、変更プロセスが作られていても機能しなくなるのだ。

 組織横断的に一元管理されるサービスの優先順位は、企業戦略の変化や経済の変化によって変化し続けるので、これらの変化に合わせて随時アップデートされ、変更管理のポリシーに反映されなければならない。SLAや優先順位の管理は変更管理ポリシーの策定では1つの要素にすぎないが、これらを踏まえて、変更管理のプロセスが機能するように策定・運用されなければ、変化対応力の向上にはならず、全体最適化の実現もできない。

 これは変更管理プロセスに限ったことではない。情報セキュリティ管理(ISMS)やソフトウェア資産管理(SAM)などもISO化され、コンプライアンスが要求されるようになっている。形式的に取りつくろっていても、戦略や方針が徹底していなければ、いずれは綻びが生じ、問題が発生するだろう。最も重要な前提条件は、企業戦略に則ったITの戦略や方針が経営者により明示、徹底され、それに基づいて現場のポリシーが策定され、設計されたプロセスにより運用されることだ。こればかりは、運用管理ツールを導入すれば何とかなるという問題ではない。

 もちろん、運用管理ツールが不要だということではない。複雑化が進むクラウド環境を効率よく運用するにはさまざまな重要な項目を押さえているITILのようなガイドラインを参照することは有効だ。

 また、ITILに準拠した統合管理ツールベンダの製品を利用して管理対象のすべてを可視化し、制御し、可能な限り自動化しながら、人的プロセスの一助として利用することも効率的な運用管理には不可欠といっていい。膨大な管理対象や項目を人手だけで管理することは不可能だし、ポリシーにのっとって自動化できる運用は自動化し、空いた工数はポリシーのアップデートや組織横断的な優先順位の管理や調整などに充てるなどすべきだ。常に最新にアップデートされた優先順位を含むポリシーや、有効な危機対応プロセスを維持することで、危機レベルの比較的低いエラー1つで無駄に数多くの人員を夜中にたたき起こすなどということは回避されるはずだ。

 プロセス自体が可視化され、制御可能な状態で、可能な限り自動化されていることも重要だ。「ツールを導入したが、プロセスは属人的」では有効なポリシーベースのプロセスは機能しない。


 次回は、変更管理を実効性のあるものにするうえで重要になる構成管理と構成要素(構成アイテム)を解説する。

著者紹介

▼著者名 武内 烈

株式会社コア プロダクトソリューションカンパニー

ネットワークソリューション事業部 マーケティング ディレクター

アーティソフトジャパン株式会社、日本ヒューレット パッカード株式会社 ソフトウェア事業部を経て現職。


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