EMR(いーえむあーる)情報マネジメント用語辞典

electronic medical record / 電子カルテ / 電子診療記録

» 2010年01月01日 00時00分 公開
[@IT情報マネジメント編集部,@IT]

 医師・歯科医師などの医療関係者が職務上作成する諸記録を電子的に保存・管理・利用するシステムのこと。日本では「電子カルテ」「電子カルテシステム」という。

 一般に、診療録を中心した「カルテ」の作成・記録・保存・検索・編集などをコンピュータで行うシステムを指す。カルテを紙媒体で運用するのに比べて保存や検索に優れ、大病院ではネットワーク機能でスタッフ間の情報共有が可能になる点をメリットとして挙げることが多い。他方、電子カルテは高度なセキュリティと可用性が求められる。

 医療機関・医療関係者が職務上作成する記録にはさまざまなものがある。そのうち、カルテと呼ばれるのは医療行為やそれに準ずる行為の記録である。狭義には「診療録」をいうが、「手術記録」「麻酔記録」「検査記録」「レントゲン写真」「調剤記録」「看護記録」「助産録」などを含める場合もある。電子カルテはそれらのいずれかを電子化したものといえる。

 電子カルテは紙カルテに代わる存在であり、カルテの要件を満たす必要がある。カルテは第一義的には診療に役立たせるための記録だが、法律上その作成と保存が義務付けられており、同時に医療事故や医事紛争が発生した場合の重要な資料となる。そのため、改ざんや消去がされることのないように管理されなければならず、電子カルテについても「真正性」「見読性」「保存性」が求められる。

真正性
正当な人が記録し確認された情報に関し第三者から見て作成の責任と所在が明確であり、かつ、故意又は過失による、虚偽入力、書き換え、消去、及び混同が防止されていること


見読性
電子媒体に保存された内容を必要に応じて肉眼で見読可能な状態に容易にできること


保存性
記録された情報が、法令等で定められた期間にわたって、真正性を保ち、見読可能にできる状態で保存されること

厚生省(当時)通達「診療録等の電子媒体への保存」(平成11年4月22日)より


 従って電子カルテは、例えば入力データに誤りがあって修正したいという場合、その誤り部分は削除せずに修正した旨の記録とともに操作内容を全て保存する仕様となっている必要がある。その操作者が誰なのかを特定できるようにログイン認証などの機能も求められる。

 カルテ記述に関する具体的な表現方法は、医療機関・職種・診療科・個人によってさまざまである。検査記録のように構造化しやすい分野もあるが、患者の訴えや患部の形状を表現するには自由記述文や手書きの図が適しており、表現の統一は難しい。このようなカルテ内容の表現の多彩さは、電子カルテの入力方法とデータ形式の不統一を生み出している。

 電子カルテの入力方法は、大別して「紙の記録をスキャナで読み込む方式」と「キーボードで文字入力する方式」の2つがある。近年では「タブレットデバイスにペン入力する方式」も普及している。一部には「音声認識」を提案するものある。紙をスキャニングする方法には、そのまま画像としてファイリングするだけの方式と、OCR機能などで文字やマークシートを読み取る機能を備えた方式がある。キーボード入力はマウスや電子ペンを併用することもあり、タブレット方式を含めて、さまざまな操作性のシステムが存在する。

 電子カルテにとって、入力は繰り返し語られてきた問題である。キーボードは非習熟者が使用する場合、入力に時間が掛かるところが難点となる。電子ペンによる手書き入力は内容をイメージとして保存する場合、検索ができない点が課題とされる。なお、米国では医師の口述・録音を秘書が文書として記録する方法が行われていたが、日本でも2007年に一定の要件でカルテの代行入力を認める通知が出されている。

 データ形式の不統一も課題とされる。転院や紹介で異なる医療機関に移る際、電子カルテの内容をプリントアウトして患者が自ら持っていくということさえ行われており、デジタル化のメリットが活用できていない状況にある。ただし、各国のEHR推進の動きを受けて、医療データ交換フォーマットの標準化が進められており、問題解決への努力が行われている。標準仕様としては、米国ではHL7(health level seven)、欧州ではopenEHR、日本ではMML(medical markup language)が提案されている。

 電子カルテシステムは適用規模もさまざまで、開業医向けのスタンドアローンのものから利用者が数百人に及ぶようなものまである。電子カルテのデータは個人情報の塊で機密性が高いため、ネットワーク機能を持つ電子カルテシステムでも外部ネットワークとは切り離す構成になっているものも少なくなかったが、近年ではインターネット上に作られたASPSaaSアプリケーションとして提供されているものもある。

 電子カルテという言葉は、過去にはマイクロフィルム化したカルテの検索システムやカルテ・イメージデータのLD化/CD-ROM化、ワードプロセッサなどによるカルテの作成(印刷)などを指すこともあったが、現在につながる電子カルテの動きが本格化するのは1990年代半ばごろである。1999年に診療記録の電子保存が認められると、本格導入に踏み切る医療機関が登場するようになった。

 日本の医療機関における情報化は、レセプトコンピュータやオーダリングシステムの導入が先行した。電子カルテを導入する医療機関にはオーダリングシステムを導入済みのところも多く、電子カルテがオーダリングシステムを拡張・発展したものであったり、同一端末から利用するようになっていたりすることも少なくない。そのため、医療現場ではしばしば両者を区別せずに「電子カルテ」と呼ぶことがある。

 21世紀に入って日本でも電子カルテの普及に力を入れ始め、2001年には厚生労働省が「保健医療分野の情報化にむけてのグランドデザイン」を公表し、「平成16年(2004年)度までに全国の二次医療圏(※)毎に少なくとも一施設は電子カルテの普及を図る」「平成18年(2006年)度までに全国の400床以上の病院の6割以上に普及」という政策目標を掲げた(ただし、これらは期日までには達成されなかった)。

※ 高度医療以外の医療サービス(入院など)が完結する範囲。都道府県に3〜21の二次医療圏が設定されている

 カルテ電子化の先駆的な取り組みとしては、1976年に米国バーモント大学 医学部が開発し、バーモント医療センター病院で運用された「PROMIS(problem-oriented medical information system)」がある。このプロジェクトは同大学のローレンス・L・ウィード(Lawrence L. Weed)教授が米国公衆衛生局の援助を受け、共同研究者のコンピュータ技術者 ジャン・R・シュルツ(Jan R. Schulz)と1969年にスタートしたものである。

 PROMISは、ウィードが考案した「POシステム(POS:probrem-oriented system、問題指向システム)」をコンピュータ化したものである。POシステムとは、質の高い医療を行うための体系的方法論で、患者が持つ問題点を列挙したリストを作成して問題ごとに治療方針を計画・実行し、その後に監査・修正を行うという技法だ。

 POシステムの診療記録は、問題指向診療記録(POMR:problem-oriented medical record)という書式で記述される。PROMISはタッチスクリーン(CRT)を備えた対話型システムだったが、ここからPOMR形式で患者個々人の情報を入力すると、構造化ファイルとしてシステムに格納された。この方法でバーモント医療センター病院の一般病棟や産婦人科は、紙の診療情報を電子記録に置き換えたという。

 PROMISのプロジェクトは資金難から1982年に中止されたが、POシステムは医学教育効果が評価されて広く普及し、日本でも各地の大学病院などで採用されている。POMRもカルテ記述法として使われており、現行の電子カルテシステムでも一部が採用している。

参考文献

▼『これからの電子医療情報学――電子カルテの実際から医療連携システムの構築まで』 池田正見、上野滋、大瀧誠、小塚和人、古屋好美、南山貴芳=著/周藤安造、鈴木雅隆=監修/森北出版/2005年1月

▼『電子カルテが医療を変える〈改訂版〉』 里村洋一=編著/日経BP社/2003年9月

▼『診療記録、医学教育、医療の革新――Problem-Oriented Medical Recordによる試み』 ローレンス・L・ウィード=著/紀伊国献三、郡司篤晃、原田幸彦、野寺香織=訳/医学書院/1973年10月(『Medical records, medical education, and patient care: The problem-oriented record as a basic tool』の邦訳)

▼『POSの原点と応用――アメリカにPOSを普及させたハースト教授の書』 ジョン・ウィリス・ハースト、ヘンリー・ケネス・ウォーカー=編/日野原重明、林博史=監訳/医学書院/1987年3月(『The Problem Oriented System』の邦訳)


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