好きなのに……すれ違い
ルルル、ルルルルル、ルルルルル……。
部屋で勉強をしていた谷田の携帯が鳴っている。携帯の画面に「坂口」の文字が表示されているのに気が付き、谷田の胸がときめいた。
谷田 「はい、谷田です!」
坂口 「夜遅くごめん。いま、少し話せるかな?」
谷田は久しぶりに聞く坂口の声に胸を弾ませた。
最近の勉強会の様子、坂口がいなくてみんな寂しがっているが、初級シスアド試験に向けて勉強を頑張っていることなど、ひとしきり近況の話が終わったところで、坂口は電話の用件を切り出した。
坂口 「そっか……。ところで久しぶりに食事にでも行かない? みんなの様子ももっと聞きたいしね」
谷田 「え、は、はい! もちろん、行きます!」
思いがけない坂口からの誘いに谷田は胸がいっぱいになった。
そして金曜日。
谷田は坂口を待ってサンドラフトビール本社の近くにあるビル最上階の和食屋にいた。窓の外に広がる東京の夜景に浮かび上がるレインボーブリッジ。店内にある鹿威しからは上品な竹の音が響いていた。
坂口 「遅れてごめん。待たせちゃったね」
谷田 「(!坂口さん、なんだかやせたな。やっぱり本社の仕事、大変なのかな)」
食事のオーダーを終えて2人は乾杯した。
谷田 「お仕事、大変そうですね。本社はどうですか?」
坂口 「いや、そんなことはないよ。いろいろ難しいところはあるけれど、周囲の人と一緒に何とかやってるよ。そうそう、営業企画部に天海部長って女性の部長がいるんだけどね。美人で仕事もすごいできるキレ者なんだけど、これがキツくってさぁ。いっつもやられてるよ……」
坂口の口から出るのは仕事の話、出てくる名前は谷田の知らない名前ばかりだった。谷田はだんだん悲しい気持ちになっていた。食後のお茶が出るころにはその思いはいっそう強くなり、谷田は一刻も早く1人になりたい気分になっていた。
谷田 「すみません、ちょっと家でやらなければならないことがあるので今日はもう帰ります」
坂口 「えっ、あぁ……、そうか。それじゃぁ、また今度……」
谷田 「坂口さん、仕事忙しいみたいだし。それにもう本社の人だし。無理しなくていいですよ」
店を出てからの2人は無言だった。そして、谷田は駅の改札で「急ぐので先に行きます!」と一方的に告げると、坂口に背を向けてホームに走った。
帰宅途中の電車で谷田は先ほどまでの坂口との時間を振り返って後悔の念に駆られていた。携帯を手に、謝りのメールを打っては消し、打っては消す動作を繰り返しながら……。
谷田 「(何であんなことをいっちゃったのかな……。坂口さん、忙しいのに時間作ってくれたのに。本社でのプロジェクトの話ばっかり……。この間まで一緒に仕事してたのに、なんだかすごく遠い世界の人になっちゃったみたい。坂口さんが遠いなぁ……)」
気が付くと手のひらに落ちた涙が指を伝って持っていた携帯を濡らしていた。と、その携帯がメールの着信を知らせて震えた。
『はぁあい、元気? 今度ご飯行こうよ♪』
松嶋からのメールだった。
谷田 『今日、坂口さんとご飯したけど、全然会話かみ合わなくて。すごく疲れてるみたいだったのに、私何もできなかったんです』
松嶋 『そっか。でもその気持ち、いつか分かってくれるって!だからいまはそっと応援してあげようよo(^?^)o』
そっと応援か……。そうだよね。谷田は坂口にメールを送った。
『今日はありがとうございました。あんなこといってごめんなさい。お仕事、大変だと思いますけど頑張ってくださいね。何もお手伝いはできないですけど……。でも、もし疲れることがあったら……、電話してください。私、昔もいまもずっと坂口さんの味方ですから』
◆次回予告◆
次回、現場へのヒアリングをこなした坂口と伊東は、第1回目の進ちょく報告会に向け準備を進めます。しかし、システムと部門の連携がうまくいっていない事実に直面したり、メンバーは相変わらずまとまりがないなど、事態は悪化する一方です。
そんな中、坂口は天海から食事に誘われます。そこで天海の口から出たホンネに坂口の心は……。お楽しみに。
IT企画推進室
室長 名間瀬 勝也(なませ かつや) 46歳
主任 坂口 啓二(さかぐち けいじ) 31歳
社員 伊東 敦史(いとう あつし) 24歳
今回登場メンバー
(注:SD=サンドラフト、SDS=サンドラフトサポート)
SD 副社長 西田 義行(にしだ よしゆき) 59歳
SD 専務取締役兼CIO IT企画部長 佐藤 光一(さとう こういち) 52歳
SD 営業企画部長 天海 有紀(あまみ ゆうき) 39歳
配送センター副センター長 岸谷 小五郎(きしたに こごろう) 42歳
製造部主任 藤木 直哉(ふじき なおや) 34歳
情報システム部主任 八島 秀樹(やしま ひでき) 36歳
マキシムアンドコンサルティング シニアコンサルタント 豊若 越司(とよわか えつし) 39歳
マキシムアンドコンサルティング シニアコンサルタント 松嶋 七海(まつしま ななみ) 38歳
筆者プロフィール
シスアド達人倶楽部
「シスアド達人倶楽部」は、経済産業省が実施する情報処理技術者試験の1つ、上級システムアドミニストレータ試験の合格者9名で構成される執筆チーム。本連載「目指せ! シスアドの達人」は、シスアドの日常を知り尽くしたメンバーが、シスアドの働く現場をリアルに描くWeb小説だ。
執筆メンバー9名は、上級システムアドミニストレータ試験合格者と試験合格を目指す人々で構成される任意団体:上級システムアドミニストレータ連絡会(JSDG)の正会員。
三木 裕美子(みき ゆみこ)
上級システムアドミニストレータ連絡会正会員。銀行勤務
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