坂口がもらったサンタさんからのすてきなプレゼント
先ほどの隆史の話を思い出し、坂口は段々焦ってきた。
谷田はコートを脱がず、玄関に立ったまま、松嶋と何やら話をしている。伊東はといえば、天海と豊若につかまったようだ。
天海 「あら? あんた、坂口くんのところの若い子じゃない? 最近見かけないけど、ちゃんと仕事してるの?」
伊東 「し、してますよー! 当たり前じゃないですか! 配送センターでバリバリ修業中でっしゅ!」
天海 「あらそうなの。まあ、何でもいいわ。ねえ、このパーティーがお開きになったら、豊若さんとカラオケに行こうっていってるの。お題は『古今東西サンドラフトCMソング』しばり! 80〜90年代のわが社のCM知ってる? 名作ぞろいだったのよ?。あんたもカラオケ付き合いなさい!」
伊東 「はあ!?」
天海にしっかりと腕を組まれた豊若は、あまり意に介したふうもなくにこやかに笑ってうなずいている。仕事人間が2人そろうと、カラオケまで会社絡みになってしまうのか……。
付き合っていたら、今日は帰してもらえないに違いない。しかも延々天海の「あんた、この歌も知らないの? これは○○年度売り上げナンバーワンになった商品のCMで使われた……」とかいうウンチクを聞かされ続けるに決まっている。
豊若も負けず劣らず、そのあたりの話に詳しそうだ。長身の2人にはさまれる形になって、伊東は(ひ、ひえ〜っ)と思わず後ずさった。この場は何とか逃げなければ。伊東は必死で、
伊東 「しゅ、しゅ、しゅみまっしぇ〜ん!! ぼ、ぼきゅ、昭和の話題はちょっと……」
と言ってみたのだが、このせりふが地雷を踏んでしまった。
天海 「昭和の話題で悪かったわね! あんたには、サンドラフトの歴史を、みっちりたたきこんでやるわ!」
伊東 「(こうなったら、カラオケで失恋の憂さ晴らしをするしかないのかなぁ……。わ〜ん、谷田さ〜ん)」
伊東は泣く泣く覚悟を決めた。
坂口は、松嶋と話をする谷田を見つめていた。少しやせただろうか、あまり顔色もよくない。話したいことがたくさんありすぎて、なんだか混乱してきた。
と、谷田は、松嶋に1つ頭を下げた。顔を上げるとき、こちらを見てほほえんだように見えたのは気のせいだろうか。谷田はそのまま、伊東に手を振るとドアを開けて出ていってしまった。
坂口 「えっ!?」
思わず大きな声が出てしまった。部屋中の皆が振り返る。坂口はそれにも気付かず、松嶋のところへ急いだ。
坂口 「松嶋さん! あの……」
松嶋 「風邪気味なんですって。『ほかの皆さんにうつすといけないから、ごあいさつだけ』って」
坂口 「……」
とたんに寂しさが襲ってくる。松嶋はにっこり笑って言葉を続けた。
松嶋 「いま追いかけないと、後悔するんじゃない?」
坂口 「はい! すみません、松嶋さん、僕はこれで失礼します!」
坂口は、コートをつかむと外へ飛び出した。
バタンっと勢いよく閉められたドアの内側では、松嶋夫妻が笑顔で目配せをし合っていた。
イルミネーションにかすむようにして、谷田の後ろ姿が見える。
坂口 「谷田さん! 谷田さん!」
坂口の声に気付いてて振り向いた谷田は、すごい勢いで走ってくる坂口に目を見張った。
谷田 「坂口さん?」
追い付いた坂口は、息を整えると、いきなり大きな声で言った。
坂口 「好きだ!」
谷田 「えぇ!? さ、坂口さん?」
いきなりの告白に目を丸くする谷田に、坂口は、
坂口 「この間はごめん! あんなこと言うの、谷田さんも嫌だっただろ? でも、あの言葉のおかげで目が覚めたみたいな気がするんだ。ずっと謝りたかった。ずっと会いたいと思ってたんだ。谷田さんに、ずっと側にいてほしいんだ。もう、あんなこといわせないようにする。おれのいいところも悪いところも一番そばで見ていてほしいんだ……ダメかな? えっ? 泣いてるの? ご、ごめん……」
坂口の話の途中から、谷田はボロボロと泣き出していた。坂口にどういう心境の変化があったのか、谷田にはまだ分かっていない。でも、あのとき全く届いていないように見えた自分の気持ちが、坂口にちゃんと伝わっていたことがうれしかった。
谷田 「大丈夫です……。ただ、すごくうれしくて……。私、私も坂口さんが大、大好きです!」
坂口 「ほ、本当……?」
坂口が、ほっとしたように肩の力を抜くのが見えた。お互い、まだまだ言いたいことがいっぱいあるのだが、何も言えないでいた。
しばらくして「家まで送ろう」という坂口の言葉に、谷田は素直に甘えることにした。2人で歩きながら、眺めるイルミネーションは、先ほどとは比べものにならないほど、素晴らしく輝いて見えた。
◆次回予告◆
次回、サンドラフトで開発中の新システムは開発からテスト段階へ。業務改善も絡めて、坂口たちにも本領を発揮するチャンスが訪れます。
しかし、一見順調に見えたプロジェクトの陰に、暗躍する人物が見え隠れし始めます。そして、配送センターで目覚ましく成長した伊東にも新たな展開が……。
IT企画推進室
室長 名間瀬 勝也(なませ かつや) 46歳
主任 坂口 啓二(さかぐち けいじ) 31歳
社員 伊東 敦史(いとう あつし) 24歳
今回登場メンバー
(注:SD=サンドラフト、SDS=サンドラフトサポート)
SD 副社長 西田 義行(にしだ よしゆき) 59歳
SD 専務取締役兼CIO IT企画部長 佐藤 光一(さとう こういち) 52歳
SD 営業企画部長 天海 有紀(あまみ ゆうき) 39歳
配送センター副センター長 岸谷 小五郎(きしたに こごろう) 42歳
製造部主任 藤木 直哉(ふじき なおや) 34歳
情報システム部主任 八島 秀樹(やしま ひでき) 36歳
マキシムアンドコンサルティング シニアコンサルタント 豊若 越司(とよわか えつし) 39歳
マキシムアンドコンサルティング シニアコンサルタント 松嶋 七海(まつしま ななみ) 38歳
松嶋七海の娘 松嶋 真鈴(まつしま まりん) 10歳
ホテイドリンク 社長 布袋 泰博(ほてい やすひろ) 45歳
ホテイドリンク システムセンター長 園村 純(そのむら じゅん) 51歳
ホテイビール 社長 布袋 四郎(ほてい しろう) 70歳
情報システム部 生産管理システム担当 谷橋 章介(たにはし しょうすけ) 35歳
情報システム部 営業支援システム担当 小田切 要(おだぎり かなめ) 31歳
西東京物流センター 配送計画担当 小沢 隆夫(おざわ たかお) 39歳
松嶋七海の夫。教師 松嶋 隆史(まつしま たかし) 39歳
筆者プロフィール
シスアド達人倶楽部
「シスアド達人倶楽部」は、経済産業省が実施する情報処理技術者試験の1つ、上級システムアドミニストレータ試験の合格者9名で構成される執筆チーム。本連載「目指せ! シスアドの達人」は、シスアドの日常を知り尽くしたメンバーが、シスアドの働く現場をリアルに描くWeb小説だ。
執筆メンバー9名は、上級システムアドミニストレータ試験合格者と試験合格を目指す人々で構成される任意団体:上級システムアドミニストレータ連絡会(JSDG)の正会員。
石黒 由紀(いしぐろ ゆき)
上級システムアドミニストレータ連絡会正会員。ソフトウェア会社勤務
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