次のステージへの旅立ち
豊若がアメリカに旅立った週末、サンドラフトとホテイビールの業務提携の記事が新聞紙上を賑わせた。
そして、サンドラフトの定期機構改革と人事異動も合わせてオープンとなった。坂口は新会社設立準備会社へ出向、名間瀬は情報システム部次長、伊東は岸谷のいる東京配送センターに異動となった。佐藤はIT企画担当専務を継続し、情報システム部長は営業畑出身のシステム音痴な人物が就任することになった。
そして、今日は成城にある谷田のマンションで、伊東の合格祝いに加藤と谷田が手料理を振る舞うことになっていた。加藤と伊東が到着する少し前に、待ち合わせをした坂口と谷田は、初夏の太陽が照りつける成城学園前駅の屋上庭園で、遠くに見える東京都心の風景を眺めていた。今日は空気が澄んでいて、この季節は霞んで見える六本木ヒルズをくっきりと見ることができた。
谷田 「豊若さん、いまごろ何してるのかしら」
坂口 「豊若さんのことだから、もうやばいプロジェクトに張り付いているんじゃないかな」
この季節では珍しく、からりとした気持ちのいい風が吹いていた。坂口の言葉にうなずく谷田の髪が風になびいている。
坂口 「豊若さんは、俺には教えることはもうないって松嶋さんにいったそうなんだ。俺はまだまだこんなに未熟なのに……」
谷田 「でも、私が出会ったころの啓二さんは、もっと荒削りな感じだったわ。いまでは落ち着きもあるし……。そうね、リーダーっぽくなったかな。豊若さんのおかげね、きっと」
坂口 「そう? でも、これから先、不安もあるんだ。新しい会社の設立準備なんて、何から手を付けたらいいのか……。豊若さんがいないいま、今度は自分で答えを探していかなくちゃいけないんだよな」
谷田 「大丈夫。啓二さんならできるわ。私も応援するね!」
坂口 「ありがとう。なんだか、元気が出てきたよ」
晴れた空に両手を上げて大きく伸びをする坂口は、次のステージに向かって雄叫びをあげた。
坂口 「よ〜し! 達人目指して頑張るぞ!」
駅ビルの下を小田急線がガタンガタンと通過していくのが見える。
谷田 「これから私たち、どうする? また勤務先が遠くに離れちゃうね」
坂口 「そんなこと心配しなくていいよ、会いたいときに会おう」
谷田 「会いたいときにだけ?」
坂口 「え?」
谷田 「私はいいよ、会いたくないときにも会ってもね」
坂口 「……そうだよな」
谷田 「いつも、一緒にいればいいのかもね」
坂口 「……」
クスッと笑う谷田。
谷田 「啓二さんって、すぐ黙っちゃうところ。変わらないね」
少し頬を膨らませてみせる坂口だったが、谷田の言葉に誘われて坂口も口を開いた。
坂口 「亜希子……。俺も……」
ちょうどそのとき、青いロマンスカーが大きな警笛を鳴らしながら眼下を通過していった。
谷田 「え? いま何ていったの?」
坂口 「……ううん、何でもない」
谷田 「ねぇ、もう1回いってよ、ねぇ、俺も……。何? 何ていったの?」
坂口 「いやぁ……。はははは……」
笑いながらごまかす坂口。
谷田 「もう、分かりました。今日ははっきり気持ちを確認させてもらいますからね。お食事会が終わったら、父が遊びに来るっていってますから。会ってちゃんとあいさつしてね」
坂口 「えぇ!?」
谷田 「ふふ……。本気にした?」
谷田は笑いながら坂口の手を引いた。
谷田 「そろそろ行きましょ、伊東さんたち、もうきっと待ってる」
まぶしく透きとおる青空のような谷田の笑顔に応えるように、坂口はその手を強くしっかりと握り返した。そして、伊東と加藤の待つ改札口へと駆け出すのだった。
◆最後に◆
28話におよぶ第2部がついに終了しました。紆余曲折を経て、新システムを完成させた坂口は、新会社で上級シスアドとして、さらに成長していきます。第3部での坂口の活躍をお楽しみに。
筆者プロフィール
シスアド達人倶楽部
「シスアド達人倶楽部」は、経済産業省が実施する情報処理技術者試験の1つ、上級システムアドミニストレータ試験の合格者9名で構成される執筆チーム。本連載「目指せ! シスアドの達人」は、シスアドの日常を知り尽くしたメンバーが、シスアドの働く現場をリアルに描くWeb小説だ。
執筆メンバー9名は、上級システムアドミニストレータ試験合格者と試験合格を目指す人々で構成される任意団体:上級システムアドミニストレータ連絡会(JSDG)の正会員。
山中 吉明(やまなか よしあき)
日本システムアドミニストレータ連絡会会長。保険会社勤務
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