“蛇口をひねれば水が出てくる”
松下電器産業・パナソニックAVCネットワーク社の大坪文雄社長は、自社が目指すIT家電が目指している世界を、こう表現した。誰もが簡単に、規格など相互運用を意識することなく、当たり前に使える世界。大坪氏はInternational CESのそのコンセプトを「life stream」というキーワードで紹介した。
基調講演の冒頭、大坪氏は松下電器産業創設者、松下幸之助氏の言葉を引用した。
「松下幸之助は、蛇口をひねった時に思いついた。製品は蛇口をひねると水が出てくるように、簡単に使えなければならない。情報は一連の水の流れのように簡単に流れるものでなければ。家電とはこうあるべきだ」。
「もっとも素晴らしいことは、製品同士が繋がること。よりよい映像、音声が繋がり、感動を共有できる。今も昔も素晴らしいアイディアは、1社だけで可能になるわけではない」という大坪氏は、家電業界の仲間に対して共同でユーザーニーズに即した製品、ネットワーク基盤の構築を訴えた。
「我々は家電業界に革新をもたらす、テクノロジリーダーとしての責任を感じている。新しい技術で、ユーザーをわくわくさせることは可能だ。しかし、ユーザーのライフスタイルはそれによってどうなるのかを考える必要がある」。
「まず社会に貢献し、周りの人たち、環境に優しく、障害者に対して大切に接する。我々はこの原理原則に基づいて動いている。どのように人々の人生に関わっていくのか。松下は、本当に簡単に繋がる世界を構築すると約束する。なぜなら、それはこれまでにも業界標準を作り上げながら、自社製品の中で実践してきたことだからだ」。
「我々は最初に製品、技術ありきではない。コンシューマーが、自宅で製品をどのように使っているのかをきちんと調査し、本当に必要とされているものを提供する。しばしば、ベンダーとユーザーの間には、考え方や使い方の差が出てくるものだ。そのことを我々は認識し、ユーザーごとに、その目的が異なることを考えてもの作りをしなければならない。製品を開発する側が使い道を考えるのではない。ユーザーは最初からニーズを持っているのだから」。
こうして始まった大坪氏の基調講演は、まさに“分かりやすい”“理解しやすい”ものだった。
ユーザーのニーズはハッキリしている。複雑なことを考えることなく、目的を達成すること。目的達成するための要素以外は、何も考える必要がないシンプルな操作性や接続性だ。
「SDも、DVDも、デジタルTVも、松下電器が生み出してきたものだ。我々はこれを『3Dバリューチェーン』と呼んでおり、これらを用いた製品同士のコネクションが新しい価値を提供する。これまでも、ベンダー間の相互運用性、あるいは共通プラットフォーム、ユビキタスなどのキーワードで語られてきたが、それら技術的なキーワードを越えて、もっと人間的な観点から使いやすさを考え直した。それがlife streamだ」
ではlife streamとは?その端的な答えはSDメモリーカードにある。SDカードを用いれば、映像も、音楽も、デジタル写真も、ユーザーは何ら細かなことを考慮することなく、機器同士が情報を交換できる。
技術的な観点から言えば、これは単なるストレージだったフラッシュメモリのアプリケーションフォーマットを規格として定義することで、用途ごとにデバイス同士を連携させる(繋がる)技術ということになる。その仕組みはシンプルだ。だが、技術論は不要。実際に製品に組み込まれ、製品が繋がる世界を作れているか否かが重要というわけだ。
「SDカードの米国でのシェアは、2000年に僅か1%に過ぎなかった。しかし今では50%にまで成長し、世界標準になっている。現在、1500以上ものSDカード対応製品があり、松下電器だけでも、60以上のSD製品を今回の展示会に出展している」。
「一つ一つが優れた製品であることはもちろん、そのすべてがシームレスに繋がるとき、より素晴らしいユーザー体験を提供できる」。
DVDレコーダ「DIGA」で録画した映像を、薄型テレビ「VIERA」のSDカードスロットで再生する。ユーザーは、SDカードを入れ替えるだけで、何ら難しいことを考える必要も、設定を行う必要もない。今後もSDカードで作り出す、簡単に繋がる世界を拡張していくという。
例えば、松下電器が開発したシリコンメモリにHD映像を記録する放送用カメラがアテネオリンピックで使われることになっているが、将来はコンシューマー向けのもっともっと小さなカメラで、SDカードにHD映像を記録できる製品を発売するという。具体的な時期は示さなかったが、4GバイトのSDカードを記憶媒体にすると話しており、SDカードで4Gバイトが可能になる時期が、ひとつの目安になるだろう。
これらSDカードですでに実現している世界。それをネットワークでも実現するのがlife streamというわけだ。そのためには次世代のネットワークコネクティビティが要求される。松下電器は昨年のCESで、Magis Network製の「Air5」チップを用いた無線LANシステムを使い、HD映像と複数のSD映像をワイヤレス配信する製品のデモを行っていたが、さらに密に繋がる世界を構築するため、DHWG(Digital Home Networking Group)の技術を用いる。
ただしまだ足りない要素がある。それを補う技術が、高速ネットワークを電灯線経由で実現する「Home Plug AV」である。「life streamでは、家庭に新しい“線”を必要としない。インストールが簡単で、電源プラグを差し込めばスグに繋がる」(大坪氏)。そのための電灯線ネットワークだ。
Home Plug AVは、既報のレポートで簡単に紹介しているが、基調講演の質疑応答で得た情報も合わせ、もう少し詳しい情報をお伝えしたい。
電灯線による通信技術は以前から存在しているが、現在の標準では最大14Mbpsまでの帯域しかないため、高品質の映像を扱うには力不足。その上、帯域保証を行うQoS技術にも対応していない。これに対しHome Plug AVはAV機器のために必要なあらゆる機能が網羅される。
利用する周波数帯は2MHz−30MHzで、帯域をフルに活用すると最大190Mbpsを実現可能だ。しかし、アマチュア無線に割り当てられている周波数が含まれているため、それを避けた場合の最大速度は170Mbpsとなる。このため、正式には170Mbpsを最大通信速度として公表していく予定だ。
通信方式は、実はまだ標準化団体内での最終的な標準仕様の投票を終えていないというが、ほぼ松下電器が提案しているウェーブレット変換によるOFDM(Orthogonal Frequency Division Multiplexing:直交周波数分割多重)で決まる見込みだ。フーリエ変換を用いるアルゴリズムに比べ、信号自身がノイズ源となりにくいことが採用の理由。今年の中旬に標準仕様が決定される見込みで、年末には対応製品を米国で出したいという。
米国先行で投入する理由は、電灯線を使ったネットワークの構築が法的に可能な国が、アメリカ、スペインそれに韓国だけだからという。日本とEU圏は、現行法内では30MHzまでをフルに利用できないが、現在、総務省と折衝中で1カ月以内には実験用の許可が下りる見込み。年内には認可を取り、2005年のかなり早い時期には製品を投入する。
AVを意識した仕様となっており、帯域保証を行うQoSも包含。コンテンツを暗号化するDTCP(Digital Transmission Content Protection)にも対応するため、著作権の設定されたコンテンツもストリームとして流すことが可能。実効帯域は60%で、伝送距離は150メートル。今年の夏ぐらいには、壁に直接貼り付けられる程度にまで小型化が行われる。
徐々に、しかし確実に、誰もが使える高速ネットワークに対応させ、何時の日かSDカードと同じように“気が付けば高速ネットワークで繋がった世界がユーザーの家庭内に生まれている”という環境になるのか。松下流ホームネットワークの極意は、どこまでもユーザーフレンドリーを目指す。
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