ITmedia NEWS >
コラム
» 2004年04月12日 10時13分 公開

「オーディオ評論」はなぜ滅びたか?(2/2 ページ)

[小寺信良,ITmedia]
前のページへ 1|2       

 筆者が考える理想の比較法は、すべての機材で同じソースを同タイミングで再生し、その出力をブランキングスイッチャーに入れてマスターモニタにつなぎ、スイッチングしたりワイプ切ったりして比べるという方法だ。映像というのはここまでしないと、人間の脳ではちゃんとした比較ができないハズである。

別の情報で脳が変わる

 まずは筆者の土俵である映像分野から考えてみたが、視覚情報でさえこれほど不確定な要素が多分にある。これがさらに音響となると、複数のものを同時に再生して聞き分けることができないため、比較はますます困難になるだろう。まずオフセットを戻すためのリファレンスをどうするのか。ノイズレスで瞬時に機材を切り替える装置も必要だ。

 だが評論としてもっとも曖昧なのは、音というのは文章化したり図案化したりすることができない点にある。これが映像ならば、静止した状態をキャプチャーし、拡大するなどして誌面に載せられる。だが音は一カ所で止めておくことができないし、(あたりまえだが)そもそも視覚的ですらない。

 だからオーディオ評は、どこか詩的な文章になってしまう。最近はやりの表現としては「音が腰高にならず……」などという。まあ気持ちはわからなくもないが、それを読むたびに「音の腰ってドコだよ」とツッコミを入れたくなるのは筆者だけではあるまい。

 このような横並び比較が求められる理由はもちろん、普通の人にはそれができる環境がないからだ。だが判断するのはあくまでも人間である。事前にさまざまな情報が入ることによって、判断の軸はブレていく。例えばこっちが50万、こっちが5千円と知ってしまったら、50万のほうを良く見よう、あるいはよく聞こうとしてしまうだろう。これが「心理音響学」的要素である。多くのオーディオアクセサリーは、この「心理音響学」的効果に左右される。

 もし値段も何も聞かずに比較して違いがわからなかったら、オレの耳が悪いせいだ、オレの能力が劣っているからだ、という思いこみが、オーディオの世界にはある。意味のわからないレベルのものに対してお金を投資するのは、無駄ではないだろうかという思いは、誰にでもある。

 だが例えば、このスピーカーケーブルは1メートル2万円もするのだ、という情報を事前にインプットしたらどうだろう。こんなに高いんだから、悪かろうハズはない、いやいいハズだ、と思いこんで聞く。すると、いい音のように聞こえてくる。

 それを悪だとかバカバカしいと、言い切ることはできない。なぜならば、その音をよく聞くか悪く聞くかは、その人の鼓膜ではなく、脳だからだ。脳が別の分野からの情報インプットによって変化が起こり、聴覚の解像度が上がれば、それはモノの機能として十分に果たしたと言える。善し悪しは、あくまでもその人の価値観の問題だ。

お布施の価値

 筆者は今年厄年である。そこで正月には西新井大師に厄払いに行き、奮発して1万円の護符をもらってきた。するとなんだか、悪いことは起きないような気がするし、実際にさほどの災難には遭遇していないと思える。

 「心理音響学」のミソは、こういうレベルに近い。事前の情報により、脳内のオフセット値が変わることで、ものの見方が変わったりする。そういうことなのである。

 一方ネットの世界で、お布施は高ければ高いほど効き目があるみたいなレベルから脱却する動きが出てきているのは、うれしいことだ。ヘッドホンで言えば、まず黙って10万円オーバーの高級モデル買わないとダメみたいなことじゃなく、KOSSの「PortaPro」やSENNHEISERの「MX500」ってイイね、みたいなムーブメントは、ネットの掲示板から盛り上がってきた。

 モノは安い。だけどこんな音が好きで悪いか、と開き直ったところが、新しい。この動きの強みは、多くの人が実際にそのモノを自腹で買って試した結果だという“強い自信”が存在することである。こうして普通の人々が自分の好みを堂々と主張できるようになった段階で、聞こえない音を文字で表現する詩人のようなオーディオ評論の役目は終わったと言える。

 雑誌の世界では、未だ再編の動きが続いている。旧オーディオ系出版社は、売れ筋のフラットディスプレイやDVDレコーダーなどビデオ系を取り込んでおり、評論家達もオーディオからあわててAV評論家へ看板をかけ直している。一方でPC系出版社も、PCの売り上げが頭打ちになってきたことで、AV系にシフトしつつある。アーキテクチャーがPCなので、その切り口で行けるんじゃないかというわけだ。

 それは生き残りの方法を探すという意味であり、特に筆者はこれと言った感慨もない。ただ残酷なようだが一つ言えることは、すでに世論は「雑誌」という旧態然としたメディアの上にはない、ということである。

小寺信良氏は映像系エンジニア/アナリスト。テレビ番組の編集者としてバラエティ、報道、コマーシャルなどを手がけたのち、CGアーティストとして独立。そのユニークな文章と鋭いツッコミが人気を博し、さまざまな媒体で執筆活動を行っている。

前のページへ 1|2       

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.