ITmedia NEWS >

地上波放送、新規参入促進への「疑問」西正(2/2 ページ)

» 2006年03月17日 17時39分 公開
[西正,ITmedia]
前のページへ 1|2       

 地上波の場合には基本的に総合編成であることが条件とされている。ニュース、ドキュメンタリー、教育、教養、娯楽と幅広いジャンルの番組を、一年365日にわたって編成し続けなければならない。なおかつ、その多くを自前で用意しなければならない。

 衛星放送に新規参入した事業者の大半は、専門ジャンルに特化したチャンネルを展開している。別に衛星放送に新規参入する事業者が総合編成を行ってはいけないということはないが、総合編成など、できようがないのである。

 音楽、スポーツ、映画と個別ジャンルに特化したチャンネルであっても、そのジャンルのコンテンツをそろえるのには苦労している。詰まらない物ばかりを並べていたら、加入者は離れていってしまう。むしろ今以上に多くの加入者を集めるためのキラーコンテンツを獲得することに、頭を痛めているのである。

 参入してみて分かるということはあるだろう。1つのジャンルに特化してすらコンテンツを集めるのには苦労するのである。総合編成を行うことなど、とてもではないがお手上げであると考えるに至っているはずだ。今の地上波局の番組も、見ているだけなら簡単そうに見えるかもしれないが、実際にやってみることは不可能に近い。

 放送事業の根幹はコンテンツにあると述べたが、さらに言えば、それを自前で用意していくことが必要不可欠である。番組制作はちょっとした物でも非常に手間がかかる。手間をかけなければ誰も見なくなってしまう。人はテレビを見なくても生きていけるのだから、詰まらなければ見なくなってしまっても何の不思議もない。

 新規参入者の大半に共通するのは、自社制作が非常に少なく、ほとんどが国内および海外の事業者が制作したコンテンツを買ってきて流していることだ。1つのジャンルに特化してすら、自社制作の番組だけで放送時間を埋め尽くすことは不可能に近いのである。

 買ってきた方が安いからだと考える向きもあろうが、必ずしもそうとは言えない。自社制作の方が、視聴者のニーズに沿ったコンテンツを作りやすい。それを買ってこようとしても、そう都合よく視聴者のニーズに合った物を見つけることは難しい。

 自社制作が高くつくかのように思われがちなのは、人材育成にお金がかかるからである。時間もかかる。番組制作のスタイルなどは引き継がれていくものなのだとすると、放送局から優秀な人材を引き抜いてきても、いずれ継続的な番組制作を行うことに支障を来たすことになるだけである。コンテンツを買ってきて流すだけでは不十分なように、人材も買ってくるという発想だけでは、放送事業で成功することは難しい。逆に、人材さえそろっていれば、コンテンツは自主制作した方が安い。

 まして総合編成を行おうと考えるのであれば、自社制作のコンテンツを取りそろえていけなければ、経営は簡単に破綻してしまうだろう。一年365日放送を行うというのは、そういうことである。

 地上波のような基幹放送の場合は、なるべく新作を多く用意しなければならない。今の衛星放送のように再放送が多いのは、専門チャンネルだから許されることである。さらには災害時などの緊急報道はもちろんのこと、日々のニュースを放送していくことも非常に大変である。

 資金力さえあれば参入できるという事業でないことは、明らかだ。地上波放送の場合には、参入規制の有無が問題なのではなく、期待される事業を遂行する能力が問われることで新規参入が難しくなっているのである。

 NHKでも民放でも視聴率が20%を記録するようなドラマを放送している。これだけ娯楽が多様化した現代社会において、リアルタイムで20%の視聴者を獲得できるというのは相当なことである。衛星放送を中心に新規参入事業者が増えても、そうした数字は出しようがない。

 繰り返すが、地上波だから出せるというわけでもない。現在の地上波放送局は、それだけの制作力を備えているということであり、それを日々再生産していくための仕組みも整っている。相当レベルのクオリティーも維持した上でコンテンツの提供を行っている。新規参入を認めたところで、簡単に今のレベルを実現できる事業者があるとは思えない。

 新規参入が見られないことから、既存事業者が守られているとの意識を強く持ち、企業努力を怠っているというのであれば、規制を緩和することにも意味があるかもしれないが、高度に専門性が高い業種であるが故に難しいというのであれば、安易な規制緩和は返って業界構造を蝕むばかりでなく、長年にわたって築き上げられてきた放送文化をも壊してしまうことになりかねない。

 地上波放送は仕組みからして多大なコストを要する事業である。伝送路も多様化した現在、わざわざ「金のかかる」仕組みで新規参入を促す意味はないように思われる。

 むしろ衛星でもブロードバンドでも、より低価格で放送事業が行えるようになっているのだから、そちらから入って大きな成功を収めることが求められるのではないか。その成功度合いやコンテンツの充実ぶりが評価された結果として、地上波放送事業に取り組もうというのなら、誰もそれを止める者はいないはずだ。

 ワンセグ放送に限らず携帯電話会社と組んで、独自のコンテンツを配信するというビジネススタイルもある。既に大きな成功を収めている事業者もいる。そうした流れを後押しするような政策なら、大歓迎である。

 地上波放送を特別視して参入規制についての検討などをしている時間があったら、同じ映像コンテンツを取り扱いながら、もう少し新しい事業分野での活躍を目指している企業の支援策を講じるべきだろう。

 基幹放送たる地上波放送については特にそうだが、素人が変に仕組みに手を入れることを許すと、国民生活に迷惑が及ぶ可能性が大きい。放送事業の特殊性についての学習を行うことが、政策立案関係者に求められる最優先事項であろう。

西正氏は放送・通信関係のコンサルタント。銀行系シンクタンク・日本総研メディア研究センター所長を経て、(株)オフィスNを起業独立。独自の視点から放送・通信業界を鋭く斬りとり、さまざまな媒体で情報発信を行っている。近著に、「IT vs放送 次世代メディアビジネスの攻防」(日経BP社)、「視聴スタイルとビジネスモデル」(日刊工業新聞社)、「放送業界大再編」(日刊工業新聞社)、「どうなる業界再編!放送vs通信vs電力」(日経BP社)、「メディアの黙示録」(角川書店)。

前のページへ 1|2       

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.