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コラム
» 2007年03月05日 09時00分 公開

小寺信良:テレビ局を震撼させた「まねきTV裁判」の中身 (2/4)

[小寺信良,ITmedia]

 まねきTVの場合は、ひとつひとつのロケフリを総体で管理せず、ソフトウェアも付属の物のみで、せいぜいロケフリのポートナンバーが競合しないよう、設定を変更しただけである。まあまったくのほっとらかしというわけでもなく、ロケフリが落ちているような時には、メールなどで連絡すれば再起動ぐらいはしてくれたのかもしれないが、全体を自動管理するようなシステムになっていなかった。

 つまり録画ネットは、丁寧にやりすぎたのである。そのため、一般的なハウジングサービスの領域を超えていると判断された。

相違点 2:録画するかしないか

 この点に関しては、いろいろな部分で思惑のズレを生じさせた。まずシステム的な部分だが、録画ネットの場合は、LinuxPCに予約録画を行ない、ユーザーはそれをFTPで手元にPCに転送する仕組みであった。一方のまねきTVは、ロケフリ本体には録画機能がないため、受信した放送波をリアルタイムでストリーミングするのみである。

 技術的に見れば、この2つの差違は非常に大きいが、裁判では争点にならなかった。そのかわり、録画ネットは録画するために「複製権の侵害」が問われ、まねきTVはストリーミングであるために「送信可能化権の侵害」が問われた。

 コピーワンスや補償金など、著作権法の中でも複製に関する部分は、特にナーバスな問題である。録画ネットの裁判が始まったのは2004年で、当時は消費者側から私的複製に関する問題点の指摘は、今ほど大きくなかった。まだ、「境界線が曖昧なままにしておき、お上を恐れさせる縛り」が有効だった時代である。

 ある意味これは、時代が悪かったと言える。録画ネットがサービスをスタートさせた頃は、まだコンテンツ配信サーバーになるものというのは、PCしか考えられなかった。また高解像度/高圧縮のコーデックでリアルタイムエンコード、リアルタイムストリーミングを行なうには、負荷が高すぎた。つまり当時は一旦録画するというのが、技術的に妥当だったわけである。

 これは当然、「録画する主体が誰か」が争点となる。相違点1で述べたようなプロセスを経て、録画ネットのシステムは総体でひとつと見なされ、そしてその持ち主は録画ネットであると判断された。したがって録画をする主体も録画ネットである、ということになる。録画ネットの裁判は、複製するのが個人じゃないという部分に向かって、うまく落とし込んでいったテレビ局側の作戦勝ちであった。

 まねきTVで問われた「送信可能化権」は、1997年に著作権法の中に組み込まれた、先進的な考え方の権利である。インターネット時代をにらんでいち早く導入されたが、現在この権利を認めているのは、先進国では日本とオーストラリアしかない。この権利が一般にも広く周知されるきっかけとなったのが、「Winny裁判」である。

 私的複製の規定が曖昧なのは、これがもともと古い条文だからであり、現在のようなデジタルコピーのようなことが起きるとは想定されていなかったからである。一方で送信可能化権は最近の規定だけあって、白黒がはっきりしている。すなわち不特定多数である「公衆」へ送信できるか否かである。

 ロケフリは、常に1対1の視聴しか許さないシステムだ。契約者数の数だけロケフリが必要である。また論点1によってまねきTVのシステムは、全体で1つのシステムとして動作していないことが明らかになった。つまり人数は少なくても1対多であれば不特定多数と言えるかもしれないが、そうではなく、1対1が沢山集まっただけの状態である。これでは送信可能化権で争っても、勝ち目はない。

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