6月2日からスタート予定だったダビング10は、補償金問題での決着がつかず延期となった。開始時期も未定となっている。第38回 デジタル・コンテンツの流通の促進等に関する検討委員会(デジコン委員会)で中村伊知哉教授が、「もはや調整は官の問題になっている」として省庁間の介入を示唆したが、増田寛也総務大臣も6月3日の記者会見で、総務省がオリンピック前に決着を促す発言をしている。
総務省が出るならば、メーカー側は経産省が出てくるだろうし、権利者側は文化庁が出てくる。放送をオープン化したい総務省と、オリンピック商戦にメーカーの浮沈がかかる経産省は、夏前のダビング10開始を強行に推進してくるだろう。一方の文化庁は、将来のプランとして補償金の縮小を目指すと宣言してしまっているだけに、分が悪い。だいたい省庁間の力関係からしても、総務省+経産省 vs 文化庁では、話にならない。
しかしそこまでダビング10というルールに価値があるとは思えない。いやもちろん、権利者、メーカー、放送局間で長い時間をかけて検討した結果がコレなので、 そういう政治的バランスとしての価値はあるのだろう。一方でその仕組には、大したメリットがない。DVDやBlu-rayが10枚焼けたって、しょうがないだろう。どうせ省庁で大ゲンカするレベルまで来たのならば、もっと根本的なところからひっくり返すのもいいかもしれない。
決着のシナリオとしては、いくつかのパターンが考えられる。だが各陣営の事情をくみ取りながら、これまでの長い経緯の逆をやったらどうなるだろうか。 ここでちょっと思考実験をしてみよう。
たぶん放送局は自分たちのコンテンツがコピーされることがあってはならないと思っているし、映画業界はできれば1回もコピーして欲しくないと思っていることは、過去の審議会などの発言から分かっている。ではテレビをどのようにすれば、国民からの不満はなくなるだろうか。
一番簡単な方法は、テレビ番組の内容をもっとつまらなく、保存する気もおこらないほど刹那的でくだらないものにすればいい。そうすれば生で放送されるのをなんとなく眺める、旧来の視聴スタイルで多くの人が納得するだろう。今テレビ制作の現場は、若い人のなり手がなく、ほっておいても若い世代に人たちにはつまらないものに勝手になっていく。その点は特に心配することはないだろう。
保存はしないが、タイムシフトはしたい、またプレイスシフトとしてモバイルデバイスでそれらを見られるようにしたい、 という欲求は残るかもしれない。それだったらいい手がある。デジタル放送だと権利者が納得してくれないことが分かったので、デジタル放送はもうやめちゃえばいい。こういう点はアナログ放送のほうが便利なので、それでいいだろう。どうしてもハイビジョンで放送したかったら、BSアナログのMUSE方式でやればいい。
アナアナ変換などで使っちゃった電波使用料はそのまま通信キャリアへの借金となるので、放送局が頑張って払えばいいだろう。もともと放送設備の話なのだし、放送局も電波使用料をその周波数占有率と出力応じた額をちゃんと払って、それから穴埋めすればいいだけの話である。アナアナ変換はアナログ用の工事なので、アナログ放送が続けばこれまでどおり役に立つ。
また映画に関しては、テレビでの放映を全廃してしまえばいい。DVDやBlu-rayなどに保存したい番組のトップは映画であるということは分かっているので、それがなくなれば、消費者の保存したいという欲求も大半はクリアできるだろう。
映画はこれから、専門チャンネルやIPv6のオンデマンドサービスで見ればいい。またBlu-rayのレンタルも始まったことだし、見たいときに見たいものを見るというのが、映画の正しい姿だ。そもそも放送では最新映画は見られないし、途中でCMも入る。また番組枠に入れるためにカットされたりもする。こういうのは映画制作者にとっても、本意ではないはずだ。「テレビで映画を見る」というのは、まだ日本が貧しかったころの文化向上策であり、もはやそれに頼る必要はない。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
Special
PR