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オーディオ業界に3日で絶望した男が業界を救う話小寺信良の現象試考(2/3 ページ)

» 2008年09月03日 11時00分 公開
[小寺信良,ITmedia]

 一時期オーディオは、DVDの普及とともにサラウンドで盛り上がった時期もあった。しかしそれ以降は大きな波のようなものはなく、ある程度落ち着いてきている。ただ、オーディオ復活の芽がなくなったわけではない。昨年ソニーがリリースした高級オーディオコンポ「System 501」は、団塊の世代へ向けたオーディオ復活を狙った商品である。

 一方で若い世代にも、オーディオへの意識が高い層が存在する。今年6月に同人誌から商業誌へ昇格した「萌えるヘッドフォン読本」は、オーディオ関連書籍としてはまれに見るヒット作となった。

 しかしmy-musicstyleの根っこは、昨今のような盛り上がりとはほど遠い2000年前後、オーディオ業界暗黒時代にある。

黒江氏: 「オヤジの跡継ぎとして7〜8年前に業界に入ったんですが、もう3日で辞めたくなりましたよ。顔を見るのが毎日マニア、オタク、オジサン、電話もひたすら営業さんだけじゃあね。それに業界に入った若い子が、どんどん辞めてっちゃうんですよ。正直そこが心が痛くて。夢のない業界というか、給料安いけど好きだから続けたい業界じゃないんだなと痛烈に感じました。ただ僕もそれなりの覚悟をして後を継ぐと決めたんで、そう簡単に辞めるとは言えない。そこでなんかスイッチが入りました」

 黒江氏は業界に入る前、多種多様なアルバイトを経験したという。いろんな業界を垣間見て、そもそも「業界」というのはもっと多種多様な人がいるものなのではないか、と感じたという。だからお店の旧来通りの流れの中で、自分のセクションだけは若い人向けという意識をしてきた。自分でサイトを立ち上げて、若い人にも分かるような曲を題材にオーディオを語ったりと、気を配ってきた。

 そうしているうちに、メーカーの営業の中でも若い人が次第に集まってきた。BURRN!で連載を始めたころから、業界でも「うるさいやつ」という評判が付いてきて、共感してくれる人が増えてきた。こうした人の流れが、今の「my-musicstyle」につながっている。

黒江氏: 「僕もバイトはありとあらゆるものをいろいろやりましたけど、どこ行っても大抵女の子と知り合いになる機会はあるじゃないですか。オーディオってまったくないんですよ。なんだよこれ、みたいな。やっぱモテる業界にしたい、変えたいと思ってるんです」

 たぶんこれまでのオーディオというのは求道的で、趣味として枯れすぎたのだと思う。一方で楽器業界がそういう枯れ方をしないのは、やっぱり最終的にはギター弾けると女の子にモテるというような部分があるからだ。著作権関係でおなじみの椎名和夫さんに「ギター始めたのって女の子にモテたいからですよね?」「うん。」と光の速さで返事されたことがあるが、楽器はそういうところは今も昔も変わっていないのである。

値段もなにも分からない試聴会

 「my-musicstyle」がリラックスしてオーディオを楽しめる理由の1つに、スタッフに販売促進というか、「売らんかな」的な意識がほとんど感じられないところにある。

 「さりげなく聴いてもらって、さりげなく帰す。僕がスタッフマニュアルを作るんですけど、このイベントでは販売的な意識を絶対持ち込まないというのをポリシーにしています。来てくれる人をお客様と呼ばず、来場者、リスナーと呼んでもらう。いいでしょ、とか、いくらです、とか絶対言わない。そのあたりは徹底しています」

 多少オーディオに興味があっても、なかなかオーディオ専門店には行きづらい。何となく素人お断わり感が漂うのを、肌で感じた人もいるだろう。カメラ量販店のオーディオ売り場でも、高級セパレート商品売り場では同じような空気を感じることがある。うっかり聴いてしまうと高いもの買わされちゃう、みたいな感覚は、筆者にもある。

黒江氏: 「オーディオってノウハウが継承されていくべきものと思うんですが、販売店、評論家、メディア、ユーザーがそれをしてこなかったんじゃないかと思うんです。どちらかといえば、おしつけがましい商売だった。評論家も誰も聴いたことのないようなクラシックを引っ張り出してきたり、ジャズといえばもう『ドジャズ』ですよね。オーディオというものが醸し出す空気、評論家の物言い、お店の人の態度。そんなものすべてがJ-POPやロックを愛するような若い子を、振り落としていったんじゃないかと」

 その一方で、今お客が自由に試聴できる量販店のヘッドフォンコーナーが人気なのは、いちいち店員にガラスケースに入った商品を出してもらったりせずに、自分1人でこっそり試せるからなのではないかと思う。以前から秋葉原の石丸電気は、このような接客方法を導入していた。そういえばずいぶん前、筆者がSTAXのヘッドフォンを買ったのも石丸電気だったし、世界初ヘッドトラッキング搭載の“バーチャルホン”ソニー「VIP-1000」を聴いて、初めて「頭内定位」という概念を理解したのも石丸電気だった。昔は、店がリスクを負って客を育てていたとも言える。

黒江氏: 「イベントをやってみての体感なんですけど、若い人はどれぐらい出せばどの程度の音が手に入るんだろうみたいな手応え感を知りたがってるように思えますね。ハイクラスのミニコンポはあるが、あとどれぐらい買い足せばどれぐらいの音になるのかを知りたい。だから音楽+コミュニケーションを、もっと低い目線でやるという意識です。S/Nという言葉が分からなければ、そこから教えるみたいな。ベテランのスタッフにも、オーディオのイロハから説明してもらっています」

 会場には、女性の来場者も多い。ちょっとイイ感じのJ-POPが試聴中のセットから流れてくると、女の子たちが集まってくる。イイ音だけでは女性は集まらない。やはりそこには、共感できるイイ音楽の存在が必要だ。

黒江氏: 「僕はバンドもやっていて、音楽もやる。メタルなんですけど(笑)。でもオーディオ業界にいると売らんかな的なところが強くて、音楽を聴くという部分が逆に薄くなるところがあるんです。僕は『オーディオ業界』に居ながらも『反オーディオ業界派』なので、正直どこかしらに敵はいるとは思いますが、それ以上に『これだ』と言ってくれる人も多いので、プラス指向で居直ってます」

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