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インタビュー
» 2014年04月11日 17時55分 公開

“宇宙冷蔵庫”誕生秘話――ツインバードの冷蔵庫はいかにして宇宙へと羽ばたいたのか?滝田勝紀の「白物家電、スゴイ技術」(2/3 ページ)

[滝田勝紀,ITmedia]

 藤野氏は当時を振り返ってこう語る。「やはり宇宙ステーションという場所に設置する冷凍冷蔵庫を作るとなると、大きな責任を負うことになりますし、これまでにそんな経験ありません。さらに自社だけでやるとなったら、それなりの体制を作らなければ到底実現できません。現実問題として、それだけの人員を割くのは難しかったのです」。

 それでもJAXAはあきらめなかった。ツインバードに断られた後、知る限りのメーカーに声をかけたものの、高度な技術力が求められる「FPSC」冷凍冷蔵庫ということもあり、すべて断られてしまった。当たり前である。冷凍冷却ユニット「FPSC」の量産化にまで成功していたのは、日本国内でもツインバードだけだった。

 「何度かお断りしたのですが、それでもJAXAから何度も開発依頼をいただきました。もうこうなると根比べですよね。そこで、最終的な妥協案として、社長などと協議した結果、『要素技術の開発とFPSCの供給についてお受けする』ことになりました」(藤野氏)。

 新潟県の中小家電メーカーの技術で、宇宙ステーションの未来が決まる! まさに池井戸潤のヒット小説「下町ロケット」のような話が、現実に展開されていたのだ。

写真左からツインバードの藤野さん、JAXA筑波の後藤さん、冷蔵庫本体などを作ったタイショーの白石さん、橋本さん、橋本社長。このほかにも、ジャムステクスの藤崎社長、STS研究所の佐藤社長などが制作メンバー。手前が要素試作した宇宙用冷凍・冷蔵庫で、白箱が冷蔵庫本体、その隣が冷凍機ユニット

なぜコンプレッサー式ではダメなのか?

 まず、宇宙を知らない多くの人にとって、宇宙用の冷凍冷蔵庫とはどういうものか気になるところだ。なぜ、JAXAはここまで「FPSC」をベースに、宇宙用の冷凍冷蔵庫を開発することにこだわったのだろうか? 無重力とはいえ、一応空気はある宇宙ステーション内である。素人からすると「別に地上で多く使われている『コンプレッサー式』の冷凍冷蔵庫でもいいのでは?」と思ってしまうのも無理はない。これについて、藤野さんは簡潔に答えてくれた。

 「市販のクーラーや冷蔵庫で使われている一般の冷却システムは、ノンフロンガスを使います。そのガス冷媒を液化してから蒸発させて冷却する方式です。冷却システムの配管内で液体冷媒とガス冷媒が混合されたり、コンプレッサーの内部にある潤滑オイルなどが配管内に混入すると、故障して破損することがあります。家庭用の冷蔵庫など、引っ越しして設置場所を変えた後は、静かに時間をおいてから再度運転を開始しなければいけないのはそのためです。無重力状態の上下が変わったりする宇宙ステーション内で、上下逆さまに設置すると壊れてしまう冷凍冷蔵庫は使用できません」(藤田氏)。

 冷媒ガスが液化せず、潤滑油なども使わない、安全で環境に優しく省エネでコンパクトな冷凍冷却ユニット「FPSC」は、宇宙ステーションという特殊な環境での使用に最適だった。だが、そんな高度な冷凍冷却ユニット「FPSC」を作れるツインバードにとっても、JAXAから提示された条件は、とても厳しいものだったという。

 「2012年6月に正式に受注し、それからというもの試作機の基本構想を机上で検討するなか、JAXAの担当者とメールや電話で情報交換しました。そこで、この仕事の難しさをあらためて痛感しました。要求条件が多数あり、解決するのが非常に大変なものだったからです」(藤野氏)。

 例えば、要求条件には以下のような項目があった。

要求条件の例

  • ロケットで打上げるために必要なサイズと質量が決まっていたため、冷凍冷蔵庫と冷凍機のユニットを分離して打ち上げて、宇宙で結合して運転できる構造にしなければならない
  • 収納する内容物が各種あり、その内容積も決まっているため、庫内寸法と断熱材の厚さを確保するとともに、軽量化を図らなければならない
  • 宇宙ステーションでは停電があり、最長8時間まで冷凍冷蔵温度を維持する蓄冷剤を入れて、庫内で凍結させる必要がある


 こういった条件が、作っている過程で後から後から提示されてくる。その解決策を求め、藤野氏は冷却ユニットを再設計しながら、他社の協力もあおぐ。週末どころか、盆や正月もない状態で約10カ月を費やした。ツインバードの主な仕事は冷凍冷蔵庫の肝となる「FPSC」を宇宙用に作ることであったが、実際に関わった人たちは全員、さまざまな実験や検証を繰り返した。そこには、“誰がどこを担当する”といった垣根はなかったという。

 藤野氏は語る。「例えば宇宙ステーションでは使用する消費電力が制限されるため、要素試作でも省エネかつ−70℃以下までの冷凍が要求されます。このため、すでに市販していた『80W型FPSC』をベースに開発を進めました。この冷凍機は−100℃まで冷却が可能。要求される仕様に一致するとともに、外形がコンパクトにできていて、小型低温冷凍冷蔵庫には最適です」。

 本番用では、付属する駆動基板は、宇宙用として使用ができない電解コンデンサーを固体コンデンサーに置き替えた。また、温調器と組み合わせて使用することにより、地上からの遠隔操作で庫内温度の設定/変更、庫内温度のモニタリングも可能にしている。

「FROST」の実物。無重力の「きぼう」船内で使われ、約12リットルの容積を室温−70°Cまで0.1°C単位で庫内温度が外部から設定できるJEM搭載用ポータブル冷凍冷蔵庫だ。その冷却源はスターリング冷凍機「SC‑UD08」を改良したものだ。さまざまなパーツに市販品を用いることで低コスト化にも成功したという(c)JAXA/NASA

 「庫内の温度差は常に±0.5℃以内に抑えるようにと、高い精度を求められました。同時に、ディープフリーザーという−40℃まで保冷できる冷凍冷蔵庫があり、この『真空断熱構造の技術』がここでは応用されました。また、宇宙船内という環境で使うため、エッジの尖ったものは万が一の宇宙船本体の故障や、宇宙飛行士の怪我を誘発させるため使えません。このため、保管するための冷凍冷蔵庫本体や『FPSC』のカバー部分など、外にむき出しになっている部分のエッジというエッジは、すべて丸みを帯びた形状に変更しました」(藤野氏)。

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