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「炭釜」に「蒸気レス」――高級炊飯器を牽引する三菱電機の技術滝田勝紀の「白物家電、スゴイ技術」(2/3 ページ)

» 2014年07月31日 17時33分 公開
[滝田勝紀,ITmedia]
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「蒸気レス」誕生秘話

 

 そんな大ヒット商品が生み出されたにも関わらず、三菱電機のチャレンジは終わらなかった。その1つの要因は、炊飯器ユーザーのアンケートに以下のような声が根強かったからだ。

 「約5割のユーザーが“炊飯中に蒸気が外に出るのが不快”だと回答しています。その内訳を見ると、3割近くの方が“棚/壁などが汚れるから”と回答しています」(長田氏)。

 そんな声に答えるべく、同社は新たに“蒸気レス”という仕組みを考案するが、やはり一筋縄ではいかなかった。長田氏は、こう当時を振り返る。

 「蒸気レスという仕組みは、元々デザイン研究所の発想である初代『コンポ家電』に端を発します。コンポ家電というのは、昔のオーディオコンポのようなイメージで、各家電が一定のサイズや幅、カラー、規格などが決まっていて、ブロックのように組み合わせることでデザイン的にも統一された家電でした。あくまでもデザイン構想というだけで、市販化はされなかったものの、蒸気レス炊飯器が生まれた背景には、このコンポ家電があったからといっても過言ではありません」。

 2004年に作られた初代コンポ家電は、上段に電子レンジ、下段に炊飯器を配置する縦置きのタイプであった。下段に炊飯器を配置するということは、必然的に上部から蒸気を出すことができない。後に市販化には致命的な欠陥が見つかり、初代コンポ家電のプロトタイプは研究所に眠っていた。

超薄型IHと引き出し式の炊飯器(2006年)

 1年間の本社勤務で本炭釜を軌道に乗せた長田氏は、再び研究所に戻り、部門の統括として炊飯器以外の家電にも関わることとなる。そこでIHクッキングヒーターの開発に携わり、超薄型IHというものに着手。IHクッキングヒーターに必ず存在するグリル部を削除し、冷却部を工夫することで、従来品では210ミリだったものを40ミリにまで薄型化できると提案した。それを開発すると同時に、その空いた170ミリというスペースに引き出しタイプの炊飯器を入れてはどうかと考え、実際にプロトタイプを作る。

 「それは完全にコンポ家電の発想から生まれたものでした。でも、コンポ家電と同じようにここでも問題となるのが、炊飯器の蒸気をどう逃がすか? ということ。そこで、蒸気を逃がすのではなく、蒸気を回収するという目的で、引き出し型炊飯器の後の空きスペースに、熱交換器を組み合わせることを思いつきました」。

 とはいえ、熱交換器と炊飯器と組み合わせる場合、この引き出しタイプのように、炊飯器とほぼ同じ大きさがないと作れないというのが、各社開発者たちの机上計算による常識だった。発想はあっても、スペースなどの問題から現実的ではなかったのだ。

 だが、蒸気に対するユーザー不満は多く、それを解決できれば多くのユーザーを取り込めることは間違いない。コンポ家電の発想をなんとか市販サイズの炊飯器に取り入れようと開発が本格化する。

 「まずは蒸気レスの心臓部である蒸気回収システムを、空冷式や水冷式、さらに電子冷却式などで試作し、サイズや使い勝手、機能性、さらにはコストや清掃性など、さまざまな角度から繰り返し検証しました。結局、水冷式がもっとも適しているという結果に辿り着きましたが、IHクッキングヒーターの引き出し式炊飯器のように、その熱交換器である水冷式の蒸気回収システムが、炊飯器とまったく同じ大きさでは製品として売り出すことはできません。そんな大きな炊飯器、キッチンには置くことができませんから」。

蒸気回収システムの比較

 もちろん、仮に蒸気レスという形ができても、ご飯の美味しさが損なわれては製品として成り立たない。2つの課題を同時にクリアしなければならなかった長田氏は、地道に検証を進める。「蒸気回収システムをクリアするために、発生する蒸気の量や冷却に必要な水量などを、試作機を用いて緻密(ちみつ)に計算しました。その繰り返しの中、冷却水量が1リットルあれば、夏の水道水を使ってもタンクの水温を最高60度ぐらいまでに抑えることができ、炊飯器を沸騰させ続けても、97%以上の蒸気を表に出さずに回収できることが分かりました。これなら冷却水タンクもそこまで大きくなりません。市販の炊飯器のサイズに収まると確信しました」。

フィン&チューブ型熱交換器による蒸気回収性能評価

 ご飯の美味しさついても、長田氏らは蒸気回収システムの仕組みを追求したことでクリアする。「口ほぐれのいい美味しいご飯を炊くには、お米のα化が必須条件です。もう少し具体的に説明すると、お米を炊くとふっくらと粘りのある状態になるのは、米の主要成分であるでんぷんの結晶構造が、水と熱の作用でほどけて膨張し、粘性の強い糊になるため。この状態を糊化といい、糊化する前のでんぷんをβでんぷん、糊化したものをαでんぷんと呼びます。つまり、お米は炊く前、βでんぷんを含んでいて、それは消化しにくく、味も美味しくないものです。これを炊飯器などで炊くことでαでんぷんに変わり、消化しやすく、美味しいものとなります。ただ、どんな炊飯器で炊いても、αでんぷんに変わるかといえば、そうではありません。お米がα化するには条件があります。まずは炊く際に十分な水分があること。さらに高温を維持することです。高温を維持するとは、最低98度以上の加熱で20分以上キープすることを意味します」。

 この“98度以上の加熱で20分以上キープ”するのに、実は蒸気レスという仕組みは他の炊飯器よりも有利だった。「“かまど”でご飯を炊くときのように、おいしいお米を炊くためには吹きこぼれるほどの火力を持続させることが必要です。ところが、通常の蒸気の出る炊飯器では、沸騰させ続けると旨味を含んだ“おねば”がでてきてしまい、それを表に出さないようにするため、火力を弱める“間欠運転”をしています。どうしてもご飯に伝わる熱は減ってしまう」。 

 蒸気レスは蒸気が外に出ないぶん、おねばが吹き出す心配もない。なおかつ、水冷式の回収システムにつながる蒸気経路に、堰(せき)を設けているため、おねばは一度そこで溜まり、炊飯器自体は沸騰を続けられる。つまり98度以上で20分をキープすることも容易だったという。「従来機に比べ、熱量は約16%アップ、旨味成分量も2倍、甘さも40%増えました。ご飯のふくらみも約11%増し、利便性と一緒に美味しさまでアップさせることに成功したのです」。

 こうして、三菱電機は蒸気レスという仕組みを追求することで、他の炊飯器では実現できない美味しさも手に入れた。

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