4K/8Kと並び、次世代の映像技術として注目を集めているHDR(ハイダイナミックレンジ)。映像業界のご意見番・麻倉怜士氏のmipTVリポート後編は、NHKが「世界で売れる4K」として製作した「精霊の守り人」の話題を中心に世界のHDR動向を見ていこう。実は4KよりもHDRの方が、映像表現の幅を拡げるキーテクノロジーなのだ。
麻倉氏:前編は業界で既に常識となりつつある4Kの話題が中心でしたが、後編は今、4K以上に注目を集めているHDR(ハイダイナミックレンジ)のお話をしましょう。mipTVではHDRに関して昨年はほとんど言及されなかったのですが、今年のセミナーではとても多くの時間を費やしていました。
――この連載でも何度か取り上げてきたHDRですが、最新トレンドということですので、まずは映像におけるHDRをざっくりとおさらいしましょう。技術的に大別すると、ドルビーが人の目の感じ方を研究して作ったPQ(Perceptual Quantization)カーブをベースにした「ドルビービジョン」や「HDR10」(ST 2084)、NHKとBBCが中心になって開発を進めているHybrid Log-Gamma(ハイブリッドログガンマ:以下HLG)があり、効果としてはいずれもダイナミックレンジ、つまり真っ黒から真っ白までの表現幅を拡張するというものですね。
単純により明るく(もしくはより暗く)拡張するだけではなく、今までは暗すぎたり明るすぎたりして変化量(階調性)が分かりにくかったところでも認識できるようになるのが、HDRの大きな特長です
麻倉氏:今年のmipTVでは、特にHLGが大々的に出てきたのですが、その理由として昨年いっぱいかけてHDRの規格が策定され、国際通信連合(ITU)で標準規格として承認されるということが大きいでしょう。放送でのHDR活用をにらみ、これまでNHKとBBCが率先して研究していたのですが、やはり独自規格のままでは関係者以外はなかなか手を出しにくい訳です。これが国際標準化され、しかも今回は、映画を中心としたドルビービジョン方式とのPQカーブ変換も規格化されました。これによりHLGとPQカーブ間の相互変換が可能となったのです。HLGは相対値で、PQカーブは絶対値でピーク値を決めるのですが、相互変換によって例えば映画用に制作したPQカーブのものも変換すれば放送で使うことができ、その逆も可能というように、HDRコンテンツの融通が効くようになりました。
今回はBBCがHLGでデモンストレーションを行いました。HDRの効果を実感するのは非常に単純で、技術部長のアンディ・キングさんは「解像度を上げた時、離れてみると解像感が分からない。対してコントラストは離れていても分かる」と話していました。だからこそNHKと共同で研究開発をしているのだと。
アンディさんたちが制作した映像で、ヒョウがカピパラを襲うシーンを効果の例に挙げましょう。水のきらめきやピークの立ち方、カピパラの毛に水が絡み、そこに太陽の光が当ってキラキラ光る様や、水滴が玉になってガラス越しにデフォルメされる様な映像はHDRの効果がよく出ていて、ピーク感の高さや彩度感の高さ、画のテンションの高さがよく伝わってきました。BBCの自然科学映像は従来から3Dや4Kなどといった新技術を早期の段階で積極的に取り入れていましたが、今回は4KプラスHDRです。HDRの描写力が、BBCが従来から培ってきた自然科学映像の制作力、技術力と相まって、本物の自然が持つ情報性や画の力がより高まったと感じました。
――HDRはインパクトが強烈ですが、あまりやり過ぎると刺激過多で食あたり気味になりかねない危険性もあります。そのあたりのさじ加減は、さすがBBCといったところなのでしょう
麻倉氏:HDRは、フランスOrangeの研究機関「Forever」も研究中で、サッカーやフィギアスケート、バスティーユ・オペラなどで実験を行っています。現在はHLGとPQカーブのどちらが良いかという実験を進めており、今回のセミナーではサイド・バイ・サイド表示(横並びの表示)でデモを行いました。
映像を見る限り、両者にそれ程大きな差はないのですが、セミナーでは「PQカーブは対応デバイスでないと再生できないが、HLGはデコーダーがなくても〈それなりに〉画が出てくる」と指摘がありました。HLGのコンテンツを非対応デバイスで表示した際は、黒が詰まって彩度が高くなる傾向にあります。これを画質調整で黒の階調感を上げてやると、つまり黒が開放されると、従来のガンマと同じようなしつらえの映像となります。こういった後方互換性を考えると、やはりHLGの方が有利か、という話でした。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
Special
PR