著者プロフィール:保田隆明
やわらか系エコノミスト。外資系投資銀行2社で企業のM&A、企業財務戦略アドバイザリーを経たのち、起業し日本で3番目のSNSサイト「トモモト」を運営(現在は閉鎖)。その後ベンチャーキャピタル業を経て、現在はワクワク経済研究所代表として、日本のビジネスパーソンのビジネスリテラシー向上を目指し、経済、金融について柔らかく解説している。主な著書は「M&A時代 企業価値のホントの考え方」「投資事業組合とは何か」「なぜ株式投資はもうからないのか」「株式市場とM&A」「投資銀行青春白書」など。日本テレビやラジオNikkeiではビジネストレンドの番組を担当。ITmedia Anchordeskでは、IT&ネット分野の金融・経済コラムを連載中。公式サイト:http://wkwk.tv。ブログ:http://wkwk.tv/chou
先週、ブルドックソースが敵対的買収防衛策を発表した時点で、実はスティール・パートナーズ・ジャパンは「経済的リターン」という観点ではブルドックとの戦いには勝っていた。それゆえに、今回は防衛策の差し止め請求は行わないと思っていたが、予想に反して東京地裁に差し止め請求を行うと発表。安易な「勝ち=利益確保」に走らず、手間暇コストをかけて負けるリスクもある法廷闘争にわざわざ持ち込む理由は何か?それは、グリーンメーラーの汚名返上にある。
以下、時系列で出来事を整理しながら、そのカラクリを見ていく。
ブルドックが先週木曜日にスティールのTOBに対して反対表明をし、買収防衛策を発表した(5月24日の記事参照)。防衛策と一緒に今後の6年間の事業計画も発表され、それら資料は合計50ページ以上に及ぶ。
防衛策の内容は以下の通り。
――スティールを含む全株主に1株あたり3株分の新株予約権を与える(潜在株数は4倍に)
――スティール以外の株主の予約権は株式に交換
――スティールの予約権は株式に交換する代わりに1株分辺り396円でブルドックが買い取る(3株分を1188円で買い取る)
従って出来上がりの構図は、スティールのもともとの1株は「1株+1188円」となり、他の株主の1株は「1株+3株」となる。全株主に対して経済的価値としては同じものを提供するものの、スティールだけは現金、ほかは株式なので、スティールの持分が相対的に下がり4分の1になる。
この396円という値段はどこから出てきたかというと、スティールのTOB価格が1584円であり、株数が4倍になれば、株価は4分の1になるので、1584円÷4=396円で求められる。つまり、スティールがTOBで買い取りたいと言っている値段で、ブルドックがスティールの持分の4分の3を買い取ると言っているに等しい。これが実行されれば、スティールはブルドック案件での利益を確保することができる。どういうことか?
1584円もしくは株数4倍に増加後の396円という株価は、スティールがTOBを発表する前の過去10年間のブルドックの株価の中でも最高値である。つまりスティールは、今回の防衛策が実施されて持分4分の3を会社側に買い取ってもらえば、その分に関しては必ず儲かるのだ。4分の1の株式は手元に残るが、それを損しないレベルで現金化できれば、めでたく完全勝利を収めることになる。
スティールはブルドックの10%程度の株式を保有しているわけだが、ブルドックはもともと市場での売買高の少ない当銘柄ゆえに、市場での大量株式の売却は不可能である。そこにブルドックが防衛策によりわざわざ現金で大半を一括で買い取るとオファーをしてきた。会社側はスティールを追い出すことには成功するが、スティールに利益確定のチャンスを提供するので、防衛策発表時点で、いつかは株式を売却したい立場にあるスティールの勝ちだったという見方もできる。
しかしスティールは、今回の防衛策の発動に差し止め請求を行った。実際に差し止めになると、スティールは持分の4分の3を一括で会社側に買い取ってもらうチャンスを自らの手で葬ることになる。安易な利益確保に走らず、彼らは一体なにを求めているのか?
防衛策が発動されれば利益が確定できたスティールであるが、その代表であるウォレン・リヒテンシュタイン氏が来日し、火曜日に記者会見を行った。一体、何が彼を不満にさせているのであろうか?
その不満は、防衛策の仕組みや目的にある。今回の防衛策は、スティールを含む全株主を「経済的価値の観点」では平等に扱うものの、「議決権」という株主にとって重要な権利に関しては、スティールのみ不当に扱うものである。リヒテンシュタイン氏は記者会見で、全ての株主を平等に扱わない防衛策は違法であると主張し、翌日水曜日には早速防衛策の差し止めを求める仮処分を東京地裁に申請した。
もう1つの不満は、ブルドックはじめ日本企業の経営陣が、所有と経営の分離を理解していないように見える発言や行動を繰り返すことに対してであろう。サッポロの場合もそうだったように、ブルドック経営陣側は、スティールに対して大量の株式取得後の経営方針を明らかにするよう迫った。スティールは自らが経営を行うことはなく、現経営陣に引き続き経営を任せ、現行路線を継続してもらうと伝えてあった。しかし経営陣は、明確な経営方針もなく会社を買収するなんてありえない、企業価値を毀損するものだとスティールを非難している。
この点に関しては、ブルドックの主張にはやや無理がある。株主は自らが経営のプロではないので経営陣にそれを任せるものであり、そもそも経営を行う存在ではない。株主となるスティールにどんな経営方針を考えているのか、事業プランを明らかにせよと迫ることには無理がある。
おそらくブルドックの経営陣は、そんな会社法の基本ルールは知った上で、スティールが具体的な経営方針を示さないことを利用し、会社法にあまり詳しくない個人投資家を自社(経営陣側)になびかせようとしていると思われる。
個人投資家の割合が以前よりも高くなっている日本の株式市場において、株主総会の委任状争奪戦では、いかにこの個人層を取り込むかが重要となっている。リヒテンシュタイン氏は個人投資家がそのような企業側の策略になびかないように、釘を打っておきたいのだと想像する。
なお、ブルドックが買収後の経営方針をスティールに問いただしたのは、TOBを仕掛けられた場合のルールに則って取った行為ではあるが、事業会社が株主となる場合とファンドが株主となる場合では性質は異なるはずであり、ファンドが株主となる場合はスティールの回答でほぼ十分ではないかと思われる。
ブルドック経営陣がスティールのTOBに対して反対する理由の1つに、スティールによるTOB価格が低いというものを挙げている。これも、リヒテンシュタイン氏には不満だと思われる。そもそもブルドックの株価がここ数年間右肩上がりにあるのは、スティールによる株式大量取得をうけて他の投資家が追随買いに走ったことである。スティールにしてみると、自らの行為により株価を引き上げ、他の株主はその恩恵を被っている。その上、いくばくかのプレミアムを付してTOBをするのだから、何の文句があるのだということになろう。
ブルドックがスティールのTOB価格が低いと主張する理由として、スティールは単なるファンドなので買収後に何らかのシナジーを創出することは不可能であることを挙げている。もし買収後にシナジーを創出できるような他の事業会社がブルドックを買収する場合は、そのシナジー分が買収価格に反映されるだろうから、スティールの提示しているTOB価格より高くできるはず、という理屈だ。
「自分たちでは株価を上げることもできなかった経営陣が何を偉そうに」――リヒテンシュタイン氏は心の中でこのように思っているに違いない。
なお、ブルドックの理論に従えば、シナジーの創出が可能な他社が1,584円を上回る買収提案を出してきた場合は、そちらに会社を売却せざるを得ないと表明していることにもなる。本当にそういう他社が登場するとブルドックは困ることになるが、現状ではそのような可能性はないと判断し、このように言い切ったと思われる。もし、著者がカゴメやキッコーマンなど、ソース市場での下位企業経営者であれば、このブルドックの理論を逆手に取り、1,584円を上回る対抗TOBを仕掛けることも検討するだろう。
敵対的買収防衛は、経営陣が自らの保身のために行うという批判があるが、それをかわすために、今回の防衛策導入と同時に、取締役の任期を現状の2年から1年に短縮した。また、取締役の解任に必要な議決権の割合も3分の2から2分の1に減らすことも発表した。これにより経営陣の保身どころか、むしろ株主の意向を反映した取締役布陣が可能になる、とブルドックは主張する。
今回、スティールが差し止め請求をせず、買収防衛策の発動を許し、自らの持分の4分の3の現金化に成功すれば、間違いなくグリーンメーラー批判が高まったはずである。それは、TOBを仕掛けたのは、企業からこのような買い取りオファーを引き出すためだったのではないかと批判されるからである。自分たちの保有株式を企業に買い取るように揺さぶる行為はまさにグリーンメーラーであり、それに当てはまる。
前回の明星食品の案件でも、スティールへのグリーンメーラー批判は高まっていた。スティールが明星食品に対してTOBを仕掛けたときは、TOBプレミアムが低く、それは他社が対抗TOBを仕掛けやすいようにあえて低いプレミアムを付したと言われた。結果、日清食品がホワイトナイトとして登場し、スティールは安々と株式を売り抜けたわけた。だが、この行為がグリーンメーラーであるとの批判を浴びた。また今回も同じ手法ではないかという思惑を呼ぶのは当然である。
前回の時点でスティールは自らの行為に関する説明をし、グリーンメーラー疑惑を払拭しておくべきであった。しかし、そうしなかったことにより、「スティール=悪者」という図式が出来上がってしまっている。
そんな悪者イメージの払拭を目的として、今回スティールの代表であるリヒテンシュタイン氏が来日し、世界初の記者会見を開いた。会見では、経営と所有の分離、一部の株主を不当に扱うことは許されない、長期投資目的である、明星での行為はグリーンメーラーではなかったと主張した。経営と所有の分離や、株主平等の原則などはまさに氏の言うとおりだが、すでに悪者というレッテルが貼られている現状では、そのような正論を並べてみてもあまり響かない。
一方、リヒテンシュタイン氏は日本の経営者や株主を「Educate」する必要がある、つまり、「教育する」必要があると述べ、テレビではその部分がテロップで強調されて放映された。「弱冠41歳の若造に教育なんぞしてもらういわれはない!」と日本株式会社経営陣を逆なでするにはもってこいのフレーズであった。
村上ファンドの村上世彰氏の場合は、通産省時代に培った様々な人脈を駆使してのロビー活動に積極的であった(5月7日の記事参照)。スティールはホームページすら開設していないが、村上ファンドでは、何かことあるごとにプレスリリースを配信し、自社ホームページに掲載し、自らの行為の意図を説明することに積極的であった。
そんな村上氏にしても、ファンド活動期の後半ではメディアが彼を悪者に仕立て上げることに対して辟易としていたようで、メディアを拒絶する向きもあった。よって、いくらロビー活動をしようが、メディアを通じて戦略や意図を説明しようが効果がない、むしろ逆効果の可能性すらあるので、リヒテンシュタイン氏がこれまでメディアの前に姿を現さなかったのも理解はできる。
しかし、それが突然来日し「教育してやる」と言ってしまうと、悪者イメージに拍車がかかるだけで逆効果ですらあろう。村上氏、そしてライブドア社長だった堀江貴文氏にしても、行動や発言が突発的、かつ挑発的であることはよくあった。しかし彼らに共通していたことは、一生懸命メッセージ発信をして、ある一定層の共鳴を呼び起こしていたことであった。その点、今回のリヒテンシュタイン氏の記者会見は共鳴を呼び起こすこともできず、むしろメディアが袋叩きにする絶好の機会を提供しただけの印象すらある。根回し文化の日本において、あまりにも根回し、ロビー活動が少なすぎた。その結果、スティールはグリーンメーラーのレッテルが貼られている。
その汚名を返上するには、記者会見だけではダメで、自らの経済的勝ちをも放棄して法廷闘争に出る、そういう姿を見せる必要があったのだ。
防衛策が発動された場合、ブルドックがスティールの持分の4分の3の購入に支払う金額は23億円である。他の株主は1株当たり3株の株式を割り当てられるだけで買い取ってもらえるわけではない。他の株主は、株式を売却するには市場で売却するしかない。
今のように株価が高値推移している限りは、株主は何の抵抗もないだろうが、スティールが持分の大半を売却してしまった後も、引き続き株価が今の高値圏で推移する保証はどこにもない。むしろ「スティールプレミアム」がなくなることで株価が下落する可能性すらある。そうなると、他の株主にとってはTOBに応募しておいた方がよかったではないかと悔やむことになる。
そういう事態を避けるために、経営陣は今回向こう6年間の事業戦略をまとめ上げ、将来の事業への自信を表明したのだろうが、果たしてスティールが去ってしまった場合、市場はブルドック単体に対してどの程度の株価が適切だという評価を下すことになるであろうか?
そして、24日の株主総会で会社側が株主に賛同を求めていた内容とは、「スティールには23億円を支払います。スティールだけに現金を渡す代わりにスティールの持分は4分の1にします。皆さんには何も支払いません」ということだったのだ。スティール以外の株主には1株につき3株を渡すというスキームなので、株主は何かもらえるような錯覚に陥るが、株価が4分の1に減額するので実質的には経済的なリターンはゼロだ。防衛策発動で懐にゲンナマが入ってくるのはスティールだけ、という構図。これを理解していた投資家がどれぐらいいたか、大いに疑問ではある。
ブルドックが今回敵対的買収防衛策を発表した理由は、時間稼ぎである。スティールの持分の4分の3を買い取るために合計23億円をくれてやるのは悔しいだろうが、スティールのTOBの期間中に、MBOか、ホワイトナイトかあるいはTOB受け入れかを検討するのはあまりに時間が短すぎる、ということだろう。ホワイトナイトをつれてくるにも、足元を見られる可能性も高い。そこで、一旦防衛策を発表し、時間を稼いでじっくりと今後の戦略を練りたいということだ。
スティールは上述のようにすでに利益面では勝利していたのに、あえて手間暇コストのかかる法廷闘争へ持ち込んだ。これにより、株主平等の原則を強く主張し、経営陣の役割とは何かというガバナンスを問う姿勢をもアピールすることができる。また、法廷闘争で勝利すれば、今後の案件において似たような防衛策が出てくることはなく今後の投資活動がますますやりやすくなる。そして何より、自らを単なる安易な利益確保に走るグリーンメーラーではないと位置づけることができる。
スティールは、万が一法廷で負けても、上述の通り4分の3の持分を会社に買い取ってもらえるので、経済的リターンでの負けはない。法廷で勝利を収めた場合は、引き続きTOBを行い、大量の株式を取得し、最終的に会社を転売するなりすれば利益を確保できる。経済的リターンでの負けはないからこそ、安易な利益確約に走らなくていい余裕がスティールにはあるのかもしれない。
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