トヨタグループのお膝元といえば豊田市、そして名古屋だ。今年の1月、名古屋駅の北東に「名古屋ルーセントタワー」が、3月に名古屋駅の目の前に「ミッドランドスクエア」がオープン。そしてトヨタの本社機能がそこに移転したことにより、名古屋駅周辺はすっかり“トヨタの街”になった。
これによって変わったことがいくつかある。1つは駅周辺に、新設の大型商業ビルが立ち並んだこと。そしてもう1つが、駅周辺の店舗が一斉に“QUICPay”を導入したことだ。
もともと名古屋でFeliCa決済といえば、最も普及していたのは電子マネーの「Edy」だった。名古屋はEdyの利用が多く、Edyの月別利用総額を都道府県別に見ると、愛知県は2位に位置する。
従来名古屋の商業の中心は、名古屋駅から地下鉄で2駅離れたところにある、栄(さかえ)駅を中心とするエリアである。Edyが利用できる店舗も、栄周辺は特に密集している。大型ビルの中や地下街はもちろん、路面店でも、栄では多くの場所でEdy決済が行えるのだ。
Edyが使える場所が多いのは、NTTドコモ東海とジャパンエリアコードTVという2社の力によるところが大きい。2005年の秋、NTTドコモ東海が栄の「アーバンネット名古屋ビル」に引っ越したことによって、隣接する地下街の「セントラルパーク」を中心とする栄の各エリアの店舗で、Edyの導入が急速に進んだ(2005年12月の記事参照)。“ビル内の店舗全部”“地下街の店舗全部”など、Edy加盟店が“面”で増えていったのだ。
このとき実際にEdyの加盟店開拓を行ったのが、ジャパンエリアコードTVだ。ジャパンエリアコードTVはEdy加盟店の開拓と、フリーマガジン「Edy NAVI」(愛知・三重・岐阜・静岡の4県で配布)の発行を事業の柱とする会社である。ジャパンエリアコードTVとEdy NAVIについては別記事に詳しいので、そちらを参照してほしい(参照記事・前編/後編)。
現在Edyが利用できる店舗は、栄周辺に約450店舗。名古屋駅周辺にも約380店舗程度ある。また最近、栄エリアでは、EdyとiDの両方が使える共用端末の導入が進んでいる。iDは、ドコモが進めるおサイフケータイを使ったクレジット決済方式だ(2005年11月の記事参照)。今や名古屋では、「Edy(+iD)の栄」と、「QUICPay(+Edy)の名古屋駅周辺」という図式で、FeliCa決済ができる場所が広がっている。
名古屋でQUICPayの導入が本格化したのは2007年に入ってからだ。「名駅(名古屋駅)周辺にある商業施設2000店舗のうち、9割がQUICPayになった」(トヨタファイナンス常務取締役カード本部長の塘信昌氏)という展開がいかに急激なものか分かるだろう。
本記事では以下、名古屋駅周辺のQUICPay事情にスポットを当てる。名古屋駅周辺はどうなったのか、実際にQUICPayは利用されているのか――駅周辺の店舗を取材した。
まず簡単にQUICPayを紹介しておこう。QUICPayはEdyやiDと同じく、FeliCa決済の1種で、カードやおサイフケータイをレジのリーダー/ライターにかざすと料金を支払うことができる。
この使い勝手はEdyやSuica、nanacoといった電子マネーによく似ているが、違うのは料金を後払いするという点だ。QUICPayは特定クレジットカードの子カードという位置づけで、QUICPayで支払った代金は、親カードであるクレジットカードで払った代金とまとめて請求される。ちょうど、ETCカードとクレジットカードの関係に近い。
QUICPayに対応するクレジットカードを発行しているのは、現在13社(5月末、モバイル決済推進協議会調べ)。QUICPayが登場した当初、QUICPayの親カードとして最も発行数が多かったのは、ジェーシービーのJCBカードだった。しかし現在最も熱心にQUICPayユーザーを増やしているのは、トヨタ系列のクレジットカード会社であるトヨタファイナンスだ。
トヨタファイナンスは2006年9月からQUICPayに本格的に取り組み始めた(2006年9月の記事参照)。QUICPayが使える加盟店を増やすのと並行して、QUICPayユーザーの数を増やすため、自社のクレジットカード「TS3 CARD (ティーエスキュービック)」をすべてQUICPay一体型に切り替えたのだ。これによって、トヨタファイナンス発行のQUICPayユーザーが急増し、3月には100万人を突破した。現在のQUICPay会員225万人のうち半分以上がトヨタファイナンスの会員だ(3月20日の記事参照)。QUICPayのメインプレーヤーは今やジェーシービーではなく、事実上トヨタファイナンスになったのである。
それでは以下、実際にQUICPayを導入した店舗の声を聞いていこう。
JR名古屋駅の中央コンコース沿い、金時計のそばにあるドラッグストア「アマノドラッグ」は、QUICPayを導入して2カ月程度経つ。駅構内にあるという立地条件もあり、同店の客層は、約7割が地元の人たち(ビジネスパーソンが中心)、3割が観光客だ。土日になると比率は逆転する。
QUICPayのほか、クレジットカードも扱っている。同店でQUICPayを利用するのは、1日7〜8名。客層としては、30〜50代の男性ビジネスパーソンで、時間のない朝に立ち寄り、ドリンク剤やお菓子をパッと買っていく、という人が多いという。
同店の客単価は現金が1000円くらいだが、QUICPayを利用した場合の客単価は300円弱程度と安い。逆にクレジットカードは、化粧品をまとめ買いするときに使われるケースが多く、客単価4000円弱くらいと高い。クレジットカードの利用は、QUICPayの約5倍、1日40人弱いるという。
今のところ、EdyやiDを使いたい、という利用客からの声はないそうだが、JR駅構内という立地条件もあり、将来的にJR東海の電子マネー「TOICA」を導入する可能性は高く、また期待もあるという。
JR名古屋駅の真上、JRセントラルタワーズの4階から10階を占める東急ハンズ名古屋店では、2006年11月1日からQUICPayを導入している。
同店で決済時に利用できるのは、現金、クレジットカードとQUICPayだ。QUICPayは利用件数の1%弱だが、毎月利用者は増えているという。単価は2500円前後、文房具や生活用品などの小物を買うケースが多いそうだ。一方、クレジットカードの利用件数は全体の23〜24%で、単価は6000円前後と高め。クレジットカード利用の内訳を見ると、トヨタファイナンスのカードを利用した決済の割合は確実に上がっており、トヨタの社員の利用が増えているのだろうと見ている。
QUICPayに期待しているのは処理の速さだという。「1円、2円の端数処理があるので、(QUICPayで)処理が早くなるという点は魅力です。レジ待ちの行列ができることも多いので」(東急ハンズ)
ちなみに東急ハンズは名古屋駅のほか、栄キタにも大型店舗を構えており、栄ではEdyを導入している。「(FeliCa決済のうち)何を入れるかは、地域性優先で決めています。栄はビル全体でEdyを入れたタイミングで入れましたから。(東急ハンズとして)全体で何を入れる、と決めているわけではなくて、商店街として何を入れるべきかを重視しています」(同上)
カフェドクリエは名古屋を本拠地とし、関東、東海、関西の10都府県に展開するチェーンのカフェだ。メンズ館店は、名古屋駅に隣接する「名鉄百貨店 メンズ館」の2階にある店舗で、6月21日からQUICPayの導入を開始した。
全国に約140あるカフェドクリエの店舗のうち、名古屋エリアにあるのは約40店。このうち、栄、伏見など6店舗でQUICPayを導入している。なお関東の一部店舗では立地によって、EdyやSuicaを入れている。
「一般的な喫茶店と同じく、朝、昼が混雑します。混雑時間にカウンターの処理スピードが上がるだろうことへの期待はあります。あとはやはり客単価。コーヒー1杯230円なのですが、今平均客単価が380円くらい。これが上がることに期待しています」(カフェドクリエ)
なお、カフェドクリエ メンズ館店の他にも名鉄百貨店ではレストラン街と、地下の食料品店街でQUICPayを導入しているが、全店でQUICPayとEdyの両方が利用できる共用のリーダー/ライターを採用している。
名古屋駅近くにあるファッションビルの「近鉄パッセ」は、地下は一般食料品売り場、地上階には若い女性向けの洋服や小物を扱うテナントが並ぶという、特徴あるビルだ。2007年3月に地下食料品売り場と書店で、5月に全店でQUICPayを導入した。全館で103店のテナントが入っているが、地下食料品売り場、書店、タワーレコードでQUICPayの利用が多いという。現在はQUICPay、クレジットカードを扱っているが、2007年9月以降iD、PiTaPaも導入予定だ。
近鉄パッセの場合、QUICPayの利用は1日平均40件程度。ユーザーは30〜40代男性と20代女性で6割を占める。
食料品売り場に限ると、現金の平均客単価が680円、クレジットカードが1230円なのに対し、QUICPayの客単価は600円。食料品売り場では、QUICPayを導入したことで新規のリピーター客が増加する効果があったという。
2007年3月にオープンしたばかりのミッドランドスクエアは、トヨタやグループ会社のオフィスが並ぶオフィスビルと各種テナントが合わさった複合施設だ。高級ブランドを扱う店舗や話題のショップも多数入っており、目下名古屋では最新のお出かけスポットという顔を持つ。
ミッドランドスクエアのテナントは高級ブランド店も多いので、QUICPay導入率は8割以上といったところ。カルティエやディオールでQUICPayを入れても、すぐに限度額を超えてしまうからだ(1回の決済の上限は2万円、2006年2月の記事参照)。「クレジットカードで困らないところは、無理してQUICPayにする必要はないのです。大事なのは、キャッシュレスで決済ができるところを増やすことですから」(トヨタファイナンス寺内氏)
数時間かけて名古屋駅周辺を取材したが、たしかにどこへ行ってもQUICPayのリーダー/ライターを見かけた。想像を超えて導入は進んでいたが、利用している人を一度も見なかったのもまた事実だ。現在は「店舗の導入は進んでいるし、QUICPayが利用できる会員も増えている、しかしアクティブユーザーはまだ少ない」という段階といえる。
なぜトヨタファイナンスは、これほど熱心に名古屋駅周辺でのQUICPay導入を進めているのだろうか?
トヨタファイナンスのカードは、トヨタの自動車を購入するときにディーラーで契約するケースが多い。またトヨタ社員は当然、トヨタファイナンスのカードユーザーであることが多い。トヨタの本社機能が名古屋駅に引っ越してきたことにより、トヨタファイナンスのカードユーザー、つまりQUICPayユーザーが名古屋駅周辺に大勢現れたことになる。トヨタファイナンスが名古屋駅周辺でQUICPayの一斉導入を進めているのには、こういった事情が背景にある。
FeliCa決済を普及させようとする場合、あるエリアを“面”で開拓する重要性は、複数の人が認めるところだ。「このエリア内はどのお店でも××が使えます」とアピールすることは、認知の向上や利用率のアップにつながる。トヨタファイナンスでは「名駅(名古屋駅)周辺はすべて開拓していく」(トヨタファイナンスカード本部加盟店部長の寺内勝彦氏)方針だ。
下の地図を見ても分かるように、名古屋駅周辺の店舗には面を塗りつぶすようにQUICPayが導入された。トヨタグループのオフィスビルを中心とする複合施設のルーセントタワーやミッドランドスクエアを筆頭に、地下街の「ユニモール」「エスカ」、駅周辺の百貨店である「ジェイアール名古屋タカシマヤ」「近鉄パッセ」は全店でQUICPayを導入している。このほか同じく駅周辺のデパートである「名鉄百貨店」では1階と地下全店のほか、各フロアの飲食店で(メンズ館・ヤング館を含む)、「松坂屋名古屋駅店」も1階と地下全店で、QUICPayを導入している。
「トヨタ系列の会社の社員が、ざっくり1万人いる」(寺内氏)という名古屋駅周辺は、エリアの規模から見ても、トヨタファイナンスのカードユーザーが多いという観点からも、非常に適していたのだ。トヨタファイナンスでは、名古屋駅周辺をまず重点的に開拓し、徐々に周辺へも拡げていく考えだ。「名駅(名古屋駅)周辺でまず“体験”してもらい、次は名古屋近郊で、スーパーやドラッグストア、コンビニといった生活エリアへ広げていきたい」(寺内氏)
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