観る人の想像力をかきたてるバーチャルな映像広告とは――Free Format郷好文の“うふふ”マーケティング:

» 2007年09月27日 15時29分 公開
[郷好文,Business Media 誠]

著者プロフィール:郷好文

 マーケティング・リサーチ、新規事業の企画・開発・運営、海外駐在を経て、1999年よりビジネスブレイン太田昭和のマネジメント・コンサルタントとして、事業戦略・マーケティング戦略、業務プロセス改革など多数のプロジェクトに参画。著書に「ナレッジ・ダイナミクス」(工業調査会)、「21世紀の医療経営」(薬事日報社)、「顧客視点の成長シナリオ」(ファーストプレス)など。現在、マーケティング・コンサルタントとしてコンサルティング本部に所属。中小企業診断士。ブログ→「マーケティング・ブレイン」


Ann's Fitting Show

 "only imagination is the limited."

 これはデンマークのデジタル広告制作会社viZooが、プロモーション理念として掲げるスローガンである。「想像力だけでは限界がある」――かなり挑戦的なスローガンだが、viZooのホログラフィーを観れば、たいがいの人は自分のイマジネーションが“限られていた”ことを思い知らされる。viZooの技術で制作される映像は、まさに「ビヨンド・イマジネーション」(想像を越えて)からだ。

 2007年9月21日より24日まで、新宿タカシマヤの1階に設けられた特設会場で「3D着せ替え広告 Ann's Fitting Show」と題した企画が開かれていた。ワールドが展開する女性向けファッションブランド「UNTITLE」が、モデルの杏(あん)さんを起用した広告企画だ。UNTITLEの秋冬ファッションを着こなした杏さんが、3D映像で登場するという(プレスリリース)

 とりたてて杏さんのファンではないし、UNTITLEDのファッションをチェックしているわけでもない。それなのにわざわざ観に行ったのは、その映像がviZooの「Free Format」だと知ったからだった。かねてより、凄い技術だと聞いていた。Free Formatは想像を超える映像なのか、実際に見てみたかったのだ。

The view of UNTITLED

 百聞は一見に如かず。先日、新宿タカシマヤで行われた「Ann's Fitting Show」に行ってきた。UNTITLEDのイメージカラーである黒で仕立てたブースの中には、さまざまな服に身を包んだ杏さんがいる。むろん、本人ではなく、バーチャルである。

UNTITLEの「3D着せ替え広告 Ann's Fitting Show」。杏さんがさまざまな服を着て現れる

 中庭に仕立てられたブース(というかボックス)は、間口7〜8メートル×奥行き10メートルくらい。そのウィンドウ越しに、杏さんがゆらりと現れる。到着したのは夕暮れ時だったので、ウィンドウに夕陽が反射しており、杏さんよりも映る見物の人影が気になった。しかし時間がたち、暗くなりかけたころに改めて見てみると「ほぉなるほど!」とうなるほど、実にリアルなのである。

 用意されているのは、「デート」「パーティ」「ワーク」「ホリデー」の4つのシーン。シーンごとに3着程度の服があり、ブース手前のタッチパネルでシーンと装いのイメージを選ぶと、杏さんが次々に着替えて登場してくれるというものだ。

ブースの全景(左)。タッチパネルを操作すると、杏さんがシーンやイメージに合わせて着替える(右)

 これまでに観たことのある、どんなホログラフィーよりも美しい。動きも映りも実にリアルだ。「あら、そこに杏さんがいるじゃない」「ほら笑ったわ」「手を伸ばせば握手してくれるかしら」――この感想はまったく言い過ぎではない。美しく、実体が手に届くリアルさなのだ。

ビヨンドできないわけ

 だがいまひとつ、杏さんの姿に躍動感がない。なぜだろうか? 映像はたしかにビヨンド・イマジネーション。次々と変わる装いにも目を見張らされた。歩く姿も笑顔も素敵だ。だが、なぜかイマジネーションがかきたてられないのである。

 「洋服の広告なんだから、コーディネイトが分かればいいの」女性ならそう言うかもしれない。男ゆえに鈍なのか、男だから想像たくましすぎるのか。残念ながら、杏さんの胸の上に“ビヨンド”できなかった。

 こんなにリアルなのに、かきたてるもの、ビヨンドさせるものが足りないのはなぜだろうか? そう考えて思い当たったのは「姿見えども心は見えず」。愛とか、ガッツとか、素顔とか……ホログラム映像からは、そうした彼女の心の動きや情念が伝わってこないのだ。

 4つのシーンでは、それぞれ杏さんの気持ちも佇まいも違うはずだ。これから初デートにゆくときの、そわそわ、ウキウキした姿。パーティへ出かける前、じっくりと時間をかけてメイクをし、華やかなグロスを塗る顔のアップ。「今日は客先で大切なプレゼンだ。よぉし、今日はやるぞ!」と、自分に気合いを入れるようなガッツポーズ。すっぴんでのんびりするホリデー……。

 杏さんの演技力をうんぬんしているわけではない(今秋ドラマ初出演だが)。バーチャルな映像だからこそ、リアルにきれいになってゆく姿や、素顔の杏さんを観たい。感情表現にこだわりたい。

 そう、ポイントはここにある。viZooのFree Format/3Dホログラフィのすごさは本来、「観る人の想像力をかきたてる」ところにあるのだ。他の事例を見ると、それが納得できる。

閉店後のウィンドウ越しに、着替える女性がいたとしたら?

 viZooの公式サイトではサンプルを見ることができる(参照リンク)。1分30秒ほどのサンプル「Free Format Teaser」だけ観てもゾクゾクすることは間違いない。街角の閉店後の店内に仕組まれたホログラム映像が、往来の人を立ち止まらせる。なぜなら若い女性が、そこで着替えを始めるからだ。

「Free Format Teaser」。着替えをする若い女性の姿が、ウィンドウの外から見える、という設定

 ホログラムの中の女性は、ジャージを脱ぎ、白く長い脚を見せてジーンズをはき、ファスナーを上げる。シャツを着て、トレーナーの腕をたぐる。またシャツを脱ぎ(!)、別のシャツに着替え、裾を伸ばし……“リアルな着せ替えシーン”に、道往く人は(男性だけでなく女性も)釘付けになっている。

 そのお店の従業員だろうか、リアルな男性が、着替える女性の横から表れ、釘付けの観客には目もくれずに、何気なくドアから外へ出ていくのには笑えた。

圧巻のDieselファッションショー

 もう1つFree Formatの例をご紹介したい。必見、必聴(音を出して観たい)、圧巻なのが、イタリアのファッションブランド「DIESEL」のファッションショー「Diesel Fashion Show」である(こちらもviZoo公式サイトで見られる)。全編11分、できればオフタイムに観よう。人類が幻灯機に触れた、あのときの感動を彷彿とさせる(これは幻灯機を知らない世代の“ビヨンド”なコメントである)。

 このショーを何と形容すべきだろうか。バーチャルからリアルへ、リアルからバーチャルへ。あの世とこの世で、生身と映写画像が自在に混じり合う。ショーとは、そして舞台とは何なのか? モデルは何を表現し、観客は何を観るのか? そもそもファッションとは何なのか? イマジネーションがどんどんかきたてられ、従来のショーのイメージがこてんぱんに壊される。実に圧倒的なショーである。

バーチャルな映像だからこそ“心”にこだわれ

 広告やブランド、企業イメージにはもちろん、そして商品にも、大なり小なりイリュージョン(幻想)がある。私たちはイリュージョン込みでモノを買っている。消費者の脳内イリュージョンは、ネット時代にデジタル・イリュージョンとなり視覚化され、さらにホログラフィックな脳外イリュージョンになった。ホログラフィは、店頭イベント以外にも、カタログ、企業ロゴやブランドロゴ、プレゼンテーション、メディア媒体に変化をもたらす。

 だがホログラフィを生かすには、商品画像だけではだめなのだ。人のしぐさや心の揺れを商品に重ねる必要がある。映像がバーチャルだからこそ、心にこだわらなければリアルには見えない。

 ちなみに、杏さんもいいが、長谷川潤さんのホログラムはもっと観たかったというのは、私の個人的な問題。これには持ち前の想像力で対処したい。

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